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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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二話(5)




 学園長への依頼完了報告を終え、志音が次に向かった場所はまたも自宅ではなく、校内敷地の三割以上を占める巨大施設の中。

 生徒間では《演習場》と呼ばれているその施設は、実習などの授業でも使われている『対魔法・対物理の加工がされたとても頑丈な実験施設』である。


 生徒同士での決闘などでもよく使用されていて、申請さえ出せば生徒でも自由に使うことのできる第二の体育館といったところだ。

 施設内は数十の個室に別れており、志音が呼び出されたのはその一室。【B−08】号室。

 部屋の番号に大した意味はない。どの部屋も機能や広さは同じだ。


「ここか……」


 リアーナから前もって伝えられていた暗証コードを入力し、室内へと一歩足を踏み入れる。

 予定通りなら、志音よりも先にリアーナが来ている筈だ。

 だが、志音がいくら室内を見渡しても、リアーナの姿を見付けることはできなかった。


 誰もいない。



「なんだ。用があるとか言っといてまだ来てねぇのかよ……」


 愚痴る。

 約束していた時間は四時半。だが現在、部屋の角に展開された浮遊ディスプレイには十七時と記載されているのだ。

 確かに志音が遅れてきた事も一つの要因としては成り立つのだが、そうであったとしても、先に帰るならメールの一つでも送るべきだ。


「いやまぁ、オレもアイツの連絡コード知らねぇけどさ……」


 頭を掻きつつ、志音はもう一度室内を見渡した。

 志音が入学して既に一年が経過したが、授業で何度か訪れることはあっても今回のように個人的な理由でこの部屋を利用するのは、実のところ初めてだったりする。


 実習中、教師や他の生徒が使っていた精密機械などがチラホラと視界に入る。

 実戦シミュレーターや環境変化装置だ。


 人工的に作られた《マナ》による《魔法》を駆使し、仮想の敵を造り出す装置だ。

 その生物の行動パターンや生態的特徴を完璧にコピーしている為、仮想の敵と言っても本物と大差はない。

 ソレを、数や状況、場所までも設定して、体験することが出来るのだ。人類の進歩と言えば聞こえはいいが、危険区へ入れば嫌でも体験出来ることを、最新鋭の技術を使って疑似体験しようとするのは、正に宝の持ち腐れとしか形容しようがない。


 授業中は完全に傍観者に徹していた志音は、当然触れたことすらない。

 だからと言うわけではないが、興味本意で少し触れてみる。


「……へぇ、化け物だけじゃなくて対人での戦闘も出来んのか。種類も豊富だな……無駄に」


 そして初期設定のアイコンに触れると、志音はある項目に目を奪われてしまった。

 『セーフティロック』。解除する事も出来る。要するに、こんなオモチャで命をかけた殺しあいが出来るということだ。


 志音はそのアイコンに触れる。それと同時に他の項目も弄る。


「……よし、こんなもんか」

『確認。……フィールド【草原】、重力設定なし、フィールドオブジェクトなし、時間【夜】、環境設定【自動変革】、味方NPCなし、対戦相手設定……【英雄】、ステータスレベルマックス、セーフティロック解除。……以上の設定で演習を開始します。よろしいですか?』

「あぁ」


 機械から流れ出したナレーションに了承の意を伝える。


『了承を確認。これよりシミュレートを開始します』


 すると、一瞬前まで八方を壁に囲まれ密室だった風景が一転、三百六十度見渡す限りの草原へと姿を変えた。

 青々と生い茂る草も、透き通った空気も、本物と錯覚してしまう程の現実味を帯びていた。

 耳を澄ませば、小鳥のさえずりや風の音、そして……若草を踏みしめる足音。


 志音は……ソレを知っている。


「…………」


 足音の主は『英雄』。

 志音と同じかそれ以下の身体を包むのは騎士のような無骨な甲冑。優男風の整った顔立ちで金髪の短い髪。右手には装飾の多彩な西洋剣、噂に名高い最強の英雄剣【エリュシオン】なのだろう。

 ソレをコチラへとかざし、キメ顔で一言。


「我が名は『英雄』ルシオン・ヴェルフェゴール。悪を断ち正義を貫く神の使者だ!」

「…………はぁ?」


 真顔で返してしまった。

 それも仕方ない事だ。何せ志音の知る『英雄』と、たった今シミュレーターが再現したかつての『英雄』が、何一つ共通する要素がないほど『違かった』のだ。


 志音の知る『英雄』は、黒髪のロングで甲冑は付けていないし、英雄剣【エリュシオン】もあんなにじゃらじゃらしていなかった。

 そして何より、志音の知る『英雄』は間違っても自分を『英雄』と自称するような、自意識過剰なナルシストではない。


「光栄に思うがいい。お前はこの英雄剣【エリュシオン】の錆びになれるのだからな!」

「…………」


 期待外れ。志音は心底思った。

 無能な人間の作ったガラクタに期待した自分が愚かだったのだと……。

 それと同時に……、志音の中に言い知れぬ程の怒りが沸き上がる。


 自分は……コレを目指したのかと……。

 答えは否だ。


 タイミングのいいことに、この演習室という場所は、完全な密室。

 《魔法》で加工された壁から外に音を逃がすことはなく、窓やカメラも無いので、今この場にいる志音以外にこの光景を見るものはいない。

 どれだけ騒ごうと、どれだけ暴れようと、どれだけ……志音が『本気』を出そうと、他人に目撃されることはないのだ。


 だから、怒りのままに……。


 志音は背負っていた剣袋を手にとり、袋を剥ぎ取る。


 現れたのは、一点の曇りもない純白の刀身。

 あらゆる障害を一振りで凪ぎ払う事の出来る、最強の剣。


『実戦シミュレートを開始します』


 『英雄』を名乗るNPCが地を蹴る。

 速い。

 志音の目ですら追えない速度だ。


 だが、それが『無意味』だということを……志音は知っている。

 呟く。


「消し飛ばせ……」


 右手に構えた『ソレ』を、誰もいない正面に横凪にふるう。

 それだけの動作で十分。


 瞬間、志音のもつ剣を中心に激しい力の奔流が、まるで大型の竜巻のように暴れ狂う。

 一瞬後には、志音の発した言葉通り、志音を起点に前方の全てが消し飛んだのだ。

 だが、終わらない。

 まだ敵を殺していないのだから当然だ。


 常人ならば知覚することさえかなわない、真後ろから無音で放たれる凶刃の一閃を、志音は右手の剣で難なく受け止める。

 すると、攻撃を放った側である敵の凶刃が、志音の握る剣との接触部を起点に亀裂が入り広がっていく。

 英雄剣を模している剣だ。本物には敵わないまでもかなりの強度は誇っている筈だ。だがそれすらも、志音には関係ない。

 そのまま志音は身体を翻し、数回も斬り結べば……敵の持つ自称英雄剣はアッサリと刀身を失ってしまう。


「……本物の切れ味はどうだ?」

「…………」


 本物。そう、志音の持つソレは……目の前であっさりと折れてしまったレプリカではない、本物の英雄剣【エリュシオン】なのだ。

 本物の前では、良くできたレプリカも、そこら辺のなまくらも同じ。刃溢れどころか傷にすらならない。

 それが本物なのだ。


 英雄からの返事はない。機械の作り出した人形なのだ。感情を持たないのは志音もはじめから知っている。

 だが、それでも続ける。

 籠手を、甲冑を、切り捨てていく。


 この剣の前では、あらゆる物理的障害は意味を成さない。

 刀で紙を斬るようなもの。

 装備を全て失った『英雄』を前に、志音は苛立たしげに剣をふるい続ける。

 周りの地面を消し飛ばし、脚を斬り飛ばし、両腕も容赦なく切り捨てる。


「…………皮肉、だな」


 首筋に突き立てた剣先。

 逃げ場も抗う術も失った人形を見て、志音はかつての自分を思い出していた。

 何も出来ないくせに……、無様に抗い続けた少年の姿を……。


「……くそ。嫌なこと思い出しちまった……」


 躊躇いはない。

 志音は『英雄』の首をはねる。無感情な瞳で、怒りを押し殺した冷徹な一閃で……。


『バトルエンド。おめでとうございます、アナタの勝利です』


 もとの密室空間へと景色は戻る。

 シミュレーターが陽気なBGMと共に勝利報告を何度も繰り返していた。


 だが勝った張本人である当の志音は、ゴミを見る目でシミュレーターを睨んでいた。


「こんなオモチャで強くなれるなら……苦労しないっての」


 ため息混じりにその場に座り込む。

 そして思い出したように、周りへと視線を巡らせる。志音をこんな下らない場所に呼んだ張本人が来ていないか確認するためだ。


 いない。


 そう思った志音は、やはり甘かった。

 不意に目にとまったのは自分の影。志音を照らす室内の光源のわりに……影が濃く感じたのだ。


「……まさか」


 その影に空いていた左手でそっと触れると――。


 ズプッ


 まるで粘度の高い液体のような感触をともない、志音の手はみるみる影の中へと沈んで行く。

 普通は当たり前だが、影に手を突っ込むなんてことは出来ない。

 当然だ。影とは光が当たらない場所。そこに物理的な概念は存在しないのだから。

 だが、極希に……今回のような例外もあったりする。


 志音が影を操る《魔法》を使う高位魔法使いだった場合か、あるいは……、志音の影に高位魔法使いが潜んでいるか。


 勿論、志音は影を操れるほど膨大な《マナ》を宿していない。なので、必然的に答えは後者ということになる。


ガシッ


 志音は何かを掴んだ感触を頼りに、力任せに無理矢理引きずり出す。すると案の定……一人の少女が釣れた。


「…………見つかりましたか。気配は完全に殺せていた筈なのですが……」

「どういうつもりだ? 後輩」


 影から上半身だけを引きずり出されたリアーナが、気まずげに視線をそらした。

 志音も志音で、いつから潜んでいたかなんて野暮な質問はしない。

 見られた。それは覆しようのない事実だということを悟っているからだ。


「……み、ミテマセンヨ……」

「そのセリフって、何かを見た奴しか言わないらしいぞ?」

「…………」

「それと、記憶を消すには、脳に直接衝撃を与えればいい……とも言うな」

「ぼ、暴力は……反対です!」

「……はぁ、冗談だ。……だが、オレの言いたいことくらいはわかるな?」

「他言無用……ですか」

「出来れば早々に忘れてくれるとありがたいんだが……、まぁ無理か」


 無駄だと悟る。

 リアーナの瞳は、まっすぐに志音の右手にある剣へと向かっていた。

 数秒前まで、その力を披露してしまった剣。


 英雄剣【エリュシオン】へと。


「それ、本物……なんですね」

「……」

「否定しないのですね」

「どうせ否定しても信じないだろ……」

「当然です」


 リアーナは【エリュシオン】をまじまじと見て、考えるように腕を組んだ。


「先輩」

「……なんだ」

「可愛い後輩を育てたくないですか?」

「生憎、オレの知り合いに「可愛い」後輩なんていないんだが?」

「…………。わかりました、可愛いは取り消します」

「オレに可愛くもない後輩のお守りをしろって言ってんのか? あり得ないな」

「……、……最低ですね」

「何とでも言え」

「では、単刀直入に言わせていただきます。私の修行に付き合っていただけませんか?」

「嫌だって言ったら?」

「……今見た全てを他人にバラします」

「お前の言葉を信じるようなバカが果たして何人いることやら……」

「ルゥフリアーナ先輩」

「……」


 いました。

 志音は、リアーナの情報を鵜呑みにするエイラ……という光景を簡単に想像できた。


「……ちっ」

「……舌打ちしても無駄です。どうしますか?」

「わかったよ。その代わり……」

「……?」

「五日だ。五日間、行動を共にして……もしめぼしい成果が出ないようなら他を当たれ」

「充分です。……それに、私……弱くは無いですから」


 知っている。

 だからこそ、嫌なのだ。


 志音から見れば、リアーナという少女は磨けば光る原石のようなものだ。

 朝に会ったときには既に、リアーナの実力の一端を目にしている。


 この少女は強い。それが思い上がりや自意識過剰ではないことを知っている。


「……では、明日の五時に迎えに行きますので、よろしくお願いします」

「……早すぎないか?」

「当然です。期間が短いのですから、その分時間を延ばさなければ意味がありません」

「真面目だね……」

「それと、……一言だけ言わせていただきますが、私……先輩のこと――」



「……大っ嫌いですから」



 志音は確信した。

 これから面倒な事になるのだと……。


「さいですか……」


 志音はため息を溢す。

 修行をみることが面倒だということもある。だが、それだけじゃなく……。


「…………嫌い、ねぇ」


 出口へと去っていく少女の背を見て、志音は自分を「大っ嫌い」と言ってのけたリアーナに――



 不覚にも興味を持ってしまったのだ。


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