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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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二話(4)




 午後からの座学も終わり、部活動や用のない生徒は、早々に帰宅する放課後。

 普段ならその波に混ざり、放課後の自由な時間を学生らしく……友人と寄り道などして過ごす志音なのだが、今日に限っては違った。


 早朝に受けた依頼『迷い猫の捜索』という、英雄育成学園にしてはかなり緊張感のないモノの依頼主が、この学園にいるからだ。

 もちろん学生ではない。

 こんなくだらない依頼内容ならば、誰かに頼らずとも自分で解決出来るのが当前だからだ。



 なので、依頼主は消去法的に教職員という事になる。

 しかも猫一匹の捜索にすら、時間を割くことが出来ない程忙しく、報酬に『授業の単位』を用意できる権力の持ち主。


 志音は今、その人物が指定した時間に……学園長室の前に立っていた。

 中に入らないのは、入る事を許可されていないから……という訳ではない。

 個人的な理由で『入りたくない』からである。


「…………はぁ」


 諦めは肝心だ。

 志音はちゃんと自覚しているのだ。


「……よし」


 そして

 ノックもせずに、その扉を開いた。


「入るぞ」


 室内はわりと普通だ。

 応接用の高級な机とソファ。壁には歴代の学園長の写真が飾られ、本棚には学園内の資料や魔術書の数々。広さは教室の半分もない。

 そして、その最奥。

 椅子に腰掛け分厚い魔術書に目を通していた若い男性、見た目二十代前半の男が……その視線を志音へ向けた。

 夜神やがみ 創正そうせい。この《聖エインリーゼ学園》の学園長にして、数年前までこの学園史上最強の生徒会長として三年間を過ごした男。


 整った容姿、長い銀髪を首後で一つ結びにし、寡黙な雰囲気の中に確かな炎を宿すように、……その一人から注がれるプレッシャーは半端なものではない。

 眼鏡から覗く深蒼の瞳は、まっすぐに志音を捉える。


「ノックくらいしたらどうだ……」

「…………面倒だ。それに時間の無駄」

「それと、放課後とはいえ『今は』生徒と教師だ。この場でくらいは敬語を使え」

「はっ、虫酸が走るな……」

「…………」

「…………」


 互いの視線が交わる。無駄な会話は必要ない。


 志音はこの男が嫌いだ。

 別に悪い人間だというわけではない。生徒からは深く信頼され、仕事も正確無比。実力史上主義なこの学園内でも結歌以上の発言力を持っている。

 顔は良いので女子からは人気だし、男子からも憧れの的だったりする。

 そのくせ、ソレをはなにかける事もなく、クールで知的なイケメンと見られている事に自覚してすらいない。


 志音もこれといって嫌いな場所があるわけではないのだが……、どうしても好きにはなれないのだ。


「……用件は?」

「朝に連絡した依頼についてだ。何度も言わせるな」

「敬語」

「…………」

「敬語もわからないか? さすが、落ちこぼれはひと味違うな」

「生憎、落ちこぼれで困ることはないんでな……。それより、依頼の件だ」

「ふん」


 言って、依頼書と頭に乗った猫を机の上に置く。


「こんなくだらない依頼を出したのが、まさかあの学園長さまだったとはな……」

「そんなくだらない依頼を単位欲しさに受けた生徒が、まさかお前だったとはな」

「…………うるせえ」

「敬語は?」

「うるさいです」


 バツの悪そうな表情を浮かべる志音を無視し、創正は志音の取り出した依頼書に目を通す。


「確認した。ご苦労だったな……。帰っていいぞ」

「言われずとも、こんな場所さっさと出ていかせて貰いますよ」

「ついでに魔獣の討伐でもやっていれば、報酬を弾んでやって構わなかったんだが……」

「…………」


 少し考える。

 危険区に侵入した際、数十匹単位で魔獣を狩った志音。

 報酬を望むなら報告してもよかったのだが、ソレを証明しろと言われれば証明する術を志音は持っていない。

 魔獣の死体のある場所に行ってもいいが、それまで創正と行動を共にしなければならないという事を考えると、志音としては虫酸が走る。


 それに、こういう時……志音は『自分の得になる事実』を言わない。


「猫一匹を捕まえる過程で、なんで魔獣退治なんてしなけりゃならねぇんだよ……」

「……それもそうだな」

「登校中にたまたま捕まえたんだ。それ以外にアンタの期待するような情報はない」

「……下がっていいぞ」

「邪魔したな」


 ガチャン


「…………」


 志音のいなくなった学園長室内。

 志音の気配が完全に消えたことを確認すると、創正は猫を抱え上げ……、二つの鈴がついた首輪を外した。


 瞬間。猫を中心に幾重にも重なる数十を越える魔方陣が空中に浮き上がる。

 そして、変化はすぐに訪れる。


 人間のように手足はスラリと伸び、子供のような未発達の肢体を包むのは、東洋の島で遥か昔に着用されていた『和服』という服に似た着物。動きやすいようにスカートにあたる布部分は短めで、その下にはスパッツを履いている。

 数秒後、先程まで猫だった小さな体は、まるで人間の女性のような容姿へと変わっていたのだ。

 だが人間にはない、真っ白な髪の中にピョコンと生えた猫耳、腰辺りでスラリと伸びた尻尾。一見コスプレに見えないこともないそのパーツは、紛れもない本物である。


 獣人種。普通の人間と比べて数は遥かに少ない種族だが、身体能力や潜在《マナ》量などは人間を遥かに凌駕しているし、それぞれ動物が有する特徴や能力を生まれつきその身に宿しているため、生存本能や危機回避能力、狩猟本能など、人間よりも遥かに優れた人種ともいえる。


「今の奴が以前から話していた夕凪 志音だ。予定通りなら、実力の一端くらいは見れたはずだろう。……どう思う? ミヤビ」


 ミヤビと呼ばれた少女は、創正を一瞥すると、応接用のソファに深々と座り込む。


「志音か……」

「あぁ」

「ふむ。悪くないの。実に悪くない。【狂狼】の群を相手に臆することもなく、わしを守りながらたった一人で一掃しよった。文句の付けようのない強者じゃ。……じゃがあの目、あの生き方は……かなり危ういの」

「……同感だ」

「本当に良いのだな? 間違えばあの若僧…………死ぬかも知れんぞ?」


 そう言ったミヤビの目は、言葉とは裏腹に、とても楽しげに歪んでいた。


「構わない。落ちこぼれが一人消えたところで、困る奴はいないさ。……それに、奴はそう簡単に死んでくれるほど……やわな人間じゃない」

「うむ。では……手筈通りに」

「……ああ」





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