四十四話 レプケの報告書その四
さあさあ皆様方、今日は世紀の一日への第一歩……言わば偉大なる夢のスタートライン!
朝からヴァーミナス様はアンヌ様に頂いた書類を繰り返し読み込み、服飾士の指導の元、地上のどこに出ても恥ずかしくない出で立ちになっております。
ジェリアータ様もアンヌ様の前ではめったなことは出来ないらしく、何事もありませんでしたぞ。良かった……本当に良かった!
アンヌ様も室内やドレスなど面会の支度を整えられ、意気込みは充分です!
「それでは、行って参ります!」
「よろしく頼みますわ」
「粗相のないようにな」
魔王様の光るお瞳が、心臓をキュッと引き締めてくださいます。これが戦場に赴く戦士の気持ちなのでしょうか?
貧弱な私にとっては貴重な体験ですな。え? 足が震えてる? き、気のせいですよ。気のせい!
前回のお手紙は執事の方にお預けしましたので、ご両親に直接はお会いしませんでした。しかし今日はアンヌ様のお母様に! お目通りするのでございますっっ。ヤバイ、緊張がMAXです~!
「し、失礼致します。ロクサーヌ・ド・サミキュリア・フォン・ムッカナン・ドルツストイア様に、お約束の品をお届けに参りました」
因みに本日も私はご命令の通り、変身を使い人間の姿で少年用の正装をしております。
「ようこそ、お待ちしておりました。早速ではございますがこちらへどうぞ」
いかにも執事、という貫禄たっぷりな渋い執事さんにお屋敷を案内して頂き、浮かせた鏡台と共に廊下を歩きます。
こ、これは……! なんと素晴らしいNA・I・SO・U! もったいぶりたくなる、この豪奢でありながら、洒脱にして優美な雰囲気!
言っている意味がまるで通じない? ええ、わかっております。しかしそれ以外に上手く言い表すことのできない、絶妙なバランスなのです。これがセンスの違いというものなのですね、私脱帽致しました。
あまりキョロキョロしては恥になってしまいますな、執事さんの後を可能な限り大人しくついて行きます。
――見せかけられていますでしょうか? え、挙動不審? そうでしょうとも、知っておりましたよ……トホホ。
扉を開いて頂き、次元の境界線を超えるような心持ちで一歩を踏み出しました。
「いらっしゃい、アンヌの従者さん。初めまして」
そこに居たのは、“とても美しく更にエレガントになられたアントワーヌ様”に良く似たご婦人でした。
「は、初めまして! お目にかかることができ、大変に光栄でございます」
「そんなに緊張しなくて良いのですよ。最近のアンヌはどんな様子かしら? 教えていただけない?」
「アンヌ様は健やかにお過ごしです、大使の務めを果たすために毎日勤勉でご立派なお方です」
「そうなの、元気なのは良いことね。あの子ったら手紙も書かないで婚約を決めてしまうのだもの、相変わらず我が侭でいけないわ」
「ご冗談を、アンヌ様は一度も我が侭を仰ったことはございませんよ」
「あのアンヌが? 冗談かしら? ふふ、あの子と話すのが楽しみね」
必死に言いつけられた言葉を思い出して、いっぱいいっぱいになりながら会話をします。そう、そして遠見の鏡を置けば良いのです。
あ、設定もしなくちゃ。手が震えたり噛んだりというのは、どーしよーもないことなのです。プルプル。
「よし、終わりました」
「まあ……レプケはとても手際がよろしいのね。もう終わってしまったの?」
うう、背後から聞こえた魅惑的な声音には、そこはかとなくノバティー様と同じ空気を感じます……私が怯えているだけかもしれないのですが。
「は、これにて作業は終わりましてございます。お邪魔致しました」
「あら、そんなに急いで帰らなくても良いではありませんか。お話も途中ですし、良ければお茶でもいかが?」
「せっかくのお話ですが、主人より直ちに帰還せよとの命がありますので、申し訳ございませんがお断り致します」
そうしてアンヌ様に言われた通りに、丁重にお断りすると、やはりアンヌ様に良く似た表情で眉根を寄せられました。
「残念だわ。でも仕方ないわね。でしたら次の機会にはきっと、お茶を振舞わせてくださいな」
「は、はい。もしそのような機会が頂けましたら、その際にはぜひお願い致します」
何度も練習した礼を見せて、退室の許しを頂いて下がりました……セーフ? セーフでした?
相当緊張していたのか、頭が痛くなりながらも、屋敷を出て人が居ないことを確認して沈下を唱えました。
あのお方がロクサーヌ様……地上の貴族社会で誰よりも発言に力があるお人。
ディモルト城に帰り着き、まず息を吐き出しました。ふひえ~、と。
「お待たせ致しました、ご命令を遂行してただ今戻りました」
すぐに転移をして、今度は報告です。あれ、何だか何を喋ったのか殆ど記憶がないような……?
「お疲れ様、レプケ」
「どうであった。報告をしろ」
「はい、ロクサーヌ様のお部屋に鏡台を設置し、アンヌ様のご健啖をお伝えした他には何一つ話さずに戻って参りました」
「そう……流石だわ、お母様にかかれば誰もが口を滑らせてしまうという評判ですのに」
なるほど、それで何かに誘われても絶対にすぐ戻って来いと……確かにあれでは滑らせたくなるでしょうな~。
きっといざお茶を飲んでみたら、気さくでしかも話が弾むのですよ。あ、思っていたのと違って良い人――と思ったらもう術中にはまっている!!
――的なお約束の奴ですな。
「よくやった。それではこの後の面会時にも役割を果たせ」
「畏まりました」
ええ、今後の展開次第では企画屋レプケ最大の目標……即ち、花嫁争奪結婚式デスマッチ、その開催を許して頂かなくことにもなるでしょうからな! フッフッフ。
結婚式の暁にはどちらが勝つかの胴元になって、ガッポガッポ儲けさせて頂きます! もちろん警察には内緒ですぞ~?
アンヌ様にお話してはまた、とんでもないと反対されてしまうでしょうからな。しかァし、試合のない結婚式なんてパレードのないテーマパークです。いよいよという時になって中止だと知った時のガッカリ感ときたら……!
「いつもありがとう。あなたが居なければ、私は今日を迎えられなかったでしょう」
そんなに澄んだ瞳で見つめられると、罪悪感と魔王様の視線が……痛たたた。
「大げさですぞ、アンヌ様。私はごく当たり前のことしかしておりません」
因みに、本来の役割はヒートアップした魔王様とアンヌ様のお父様の間に割って入るという命知らずな役目です。
こんな恐ろしいことをさせられるのですから、ギャンブルに一喜一憂するディマを見てほくそ笑むくらい構わないと思うのですよ、はい。
「そうかしら? でも、いいえ。この話はまたにしましょうか」
「アンヌ、ちょっと良いか? もしなのだが……」
その後は魔王様がアンヌ様に質問をして、私は事なきを得ました。
きっとお二人ならば、この先に待ち受ける試練も乗り越えてくださるでしょう。私にできることは、ささやかなお手伝いと見守ることだけです。
最近ではアンヌ様もヴァーミナス様を意識し始めたのが、私としてはとても嬉しいです。
だから、どうか婚約報告でお父様に試合を認めてもらうチャンスが巡って来ますように! まだ結婚式以前に婚約を認めてもらわなくてはならないとのこと、仲裁や命を張るくらいは任せてください!
そう、万が一機会が一度もなければ直接お母様に手紙を差し上げても良い……方法はいくらもあるものです。
フッフッフ……待っていなさい、結婚式!
それでは皆様方、私の訪れるかもわからない奮闘ぶりをどうか見守ってください。以上、今回の報告でした。




