十八話
ムッカナンにある廃城の一つを封鎖し、勇者の命を奪う準備をしていたところ、ヴァーミナスから話があると城に呼び戻されました。
「アントワーヌただ今戻りましてよ、ヴァーミナス。ご機嫌麗しゅう」
ヴァーミナスは執務室で今日も書類に囲まれていました。魔法で同時に何枚もの書類を浮かせて確認したりペンでサインをしているので、文字通り囲まれていてまるで書類の障壁を張っているようですわ。
これできちんと処理ができるのなら、お仕事が早いのも当たり前ですわよね。
「ご機嫌ようアンヌ。さて、今日呼び出した理由なのだが、以前そなたが行きたいと言っていた赤い雨に傷つく者たちの慰問の準備が整った。いつでも行けるようになったそうだが、いつにする?」
「まあ、でしたらヴァーミナスのお仕事が終わり次第でもよろしくて? 善は急げと申しますし」
「大丈夫だ。我はこの書類を片付ける故、そなたは外出着に着替えて来るが良いだろう。……そうだな、一時間後に正門前の魔車で待ち合わせ、でどうだ?」
「一時間後に正門前、確かに心得ましてよ。お仕事頑張ってくださいませ」
労いの言葉と微笑みを忘れずに。女は仕事もせず我が侭ばかり、などと言わせてはなりませんもの。
それにしても、魔車とは……何かしら? 馬車、ではないけれど似たようなものなのかしら?
自室に戻り、レプケとマスユから慰問に当たって失礼のない衣装、髪型、化粧の有無……ディマにおける病人の方への配慮などをもう一度お浚いしました。
「ということですので、赤い雨により病まれた方の前では赤い衣装は避けてください。古来より、魔力が体を癒やして来た為、ずっと赤はお見舞いの定番だったのですが、“七日赤雨”以降は一般の方へでも赤は避けられております」
「ありがとう、だからこのネックレスは隠さなければいけないんですのよね。マスユ、今日の衣装は赤と反対色である緑、装飾品も緑で統一してくれまして?」
「もちろんにてございます、アントワーヌ様。御髪を結わせていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
マスユはいつも通り手際よく髪の毛を結ってくれました。
「出来上がりました。いかがでしょうか?」
「本当に、こんなにも髪を下ろしてしまって失礼に当たらないんですの? 信じられないのですけれど……」
鏡を見れば、以前は毎日ピンで隙なく纏め上げていた髪は両肩に緩やかにかかり、毛先は控えめに結い上げた後頭部へと再び留めつけてあります。
気を使う病院でこれでは、髪の毛が落ちやすくてそぐわないのではなくて?
「何度も申し上げましたが、ディマ国においては権力者、実力者のみが長い髪を晒すことが出来るのでございますよ。もしアントワーヌ様が纏め上げてしまわれたら、魔王様の婚約者が下女かと侮られてしまいます!」
レプケの再三の説明はわかるんですけれど……恥ずかしくて不安で仕方ありませんのよ。
もちろん、ヴァーミナスが膝まである長髪をそのままにして公式の場に出る、というのを見ればレプケの言うことが正しいのだとわかりますわ。
勉強した中でもディマ国の偉人の方は皆様、髪や髭、羽根に爪など至るところを伸ばしておられましたしね……うう、一人の時は邪魔だからと言い張れても、流石に公の場ですもの……我慢するしかありませんわ。
「アントワーヌ様ほどにお強くお美しい方でしたら、もっともっと結うのは最低限にして、殆どを流してしまわれても良いくらいでございますよ」
ボブヘアのマスユが渋い顔の私を励まそうとしてくれます。
城に限らず、メイドや使用人たちは一定以上に髪を伸ばすことも許されていない――それだけ大切な文化なのですもの。マスユの言う通りですわ。これでも控えめなんですから、私が譲歩できなくてどうするんですの?
「もう大丈夫ですわ、以降はその場に最適な髪型でお願いします。今日はこのままでよろしくてよ、早く着替えてしまわないと、ヴァンスを待たせてしまいますわね」
「畏まりました」
「それでは私は退室しますので、失礼致します」
慌てた様子でレプケがそそくさと出て行きました。レプケのような魔族にも、私が“女性”に見えるのかしら? 生物としての構造が違うので、魔族と人間では妊娠は無理だと習ったんですけれど。
そういえば振り返って見れば、公の場でお会いした魔族の男性に異性的な興味を示されたことがありましたわ。子孫が成せなくても、あまり関係ないのかもしれませんわね。夜会ではいつものことでしたので、全然気になりませんでしたわ。
美しく肌触りのいい生地のドレス……こちらではこれがドレスですけれど、私に言わせれば破廉恥なだけの布ですわ。体を堂々と見せつけるデザインに、『これは文化……』と心中で唱えて羞恥を押し殺します。
「完了致しました」
「ええ、素晴らしいコーディネートだわ。ありがとう、それでは手荷物を持ってくださる? 正門前に向かいますわ」
「畏まりました」
姿見にはハイネックの、丈が太もも半ばまでしかない鮮やかな緑のワンピース、薄い緑のハイヒール、手首には守護のブレスレットを着けた私が映りました。
これまでの私の淑女としての価値観を、根本から覆すような出で立ちですわね。女性の体を賛美するかのような装いは、足を見せることも淑女には相応しくないとする地上の社交界の考え方とは真逆。以前の私ならば何があっても受け入れなかったでしょう。
浮遊魔法で手鏡を浮かせて後ろを確かめると、髪飾りには小さな瑠璃と黒の蝶が二匹いて、背中がこれまた逆三角に開いてあります。
……今回はネックレスを隠す為に背中でしたけれど、恐らく次は胸元を見せることになるのでしょうね。
いえ、人間でも未亡人やお子様を産まれた方なら、そのような方はいらっしゃいますわ。私は未婚で子供も産んでいませんけれど……ああぁ、スカートがなんでこんなに短いんですの? 普段着より五センチは短いですわ……。
これでは歩くだけで下着が見えてしまわないか、心配で仕方なくてよ。もちろん、ハイヒールで体を隠して歩いたら間抜けに見えてしまいますから、努めて堂々と歩いてますわよ? 城の門付近での転移は禁止されていますので、歩いているのですわ。
「アントワーヌ様は恥ずかしがり屋さんなのですね」
「あら、私は人間の普通の羞恥心を備えているだけですわ」
「そうなのですか?」
発情期の備わったリザードであるマスユには、羞恥心などわかりませんわよね……当たり前だとわかっていますわよ。
そもそも階級を上げるごとに、女性のドレスの布面積が狭くなるだなんて、どう考えてもおかしいですわ。男性は身に着ける物に大きな違いはないのに……むしろ増えるくらいでしたのに……くすん。
何度となく嘆いたところで、ディマ国の文化にも私の羞恥心にも大きな変化はありませんのよ。
夜会の間はまだ気にしないで居られるのです、皆様同じように肌を見せる装いですもの。ただ今日は病院で……不適切ではないか、という淑女としての常識が私を苛みます。
そろそろ仕立て屋にも言い訳をし辛くなって来ましたし、いずれはあのお腹を出した恐るべき衣装を公式の場で着せられるんですわ――それが流行りと言っていましたから、これも覚悟しなければ。
長かった回廊はやっと終わりを見せ、正門をくぐりました。魔車は……?
衝撃のあまり、私の思考は石のように固まりました。




