十五話 スズカ視点
信じられない。
目の前でかき消えた映像は、紛れもなくアンヌが魔王の婚約者になったと伝えていた。
なんで……嘘……言葉を失ってぼう然とする私に話しかけてきたのは、スターシアだった。
「今の……アンヌよね? あれ、どういうこと?」
あれというのはもちろん魔王の婚約者になったのはってことだと思うけど、私にもわかる訳ない。
エミリオはどうかと横目で窺うと、まだ魂が抜けたままだった。
「もしかしてアンヌは魔王側に寝返ったの?」
ニニラの疑問に答えてくれる人はここにはいない。……私たちは驚きから立ち直れないまま、その日予定していた山に住み着いたという魔物の討伐を翌日に先送りした。
「どうしても予測の域を出ないけど、アンヌと魔王が何故婚約したのか仮説を立ててみない?」
食事が終わるか終わらないかのタイミングで、みんなに提案する。こんな精神状態じゃ、危なくてまともに戦うことも出来ない。
「それに何の意味があるの?」
「私たちの、傲慢に言うなら少なくとも私の気持ちが整理出来るよ。悪いけど、今のまま魔物討伐に出たら全員怪我じゃ済まないと思う」
「賛成だ」
エミリオが賛成するなら反対する必要はない、と元から反対していた訳ではないのだろうスターシアは話し合いの姿勢になってくれた。
「じゃ、まずアンヌの意思で婚約したのかどうかってところが大切だよね?」
唐突に話し出したニニラの提議から、一人ずつが自分の意見を言っていく討論会のような形になった。
「うーん、確かに。だと操られている可能性は限りなく低いのかな?」
私としてはアンヌが私たちを裏切るなんて考えたくないんだけど――エミリオ。彼のしたことが原因なら、アンヌの怒りや悲しみは当然のように思えた。
「私はそう考えるわ。アンヌは呪いや精神魔法には滅法強いし、操られている人間があんなに明瞭に話したり笑ったり出来る?」
「――出来ないね。私の知ってる魔法では自我を保ったまま精神を操作することは無理。誘導くらいなら可能だけど、アンヌには無効化されるはず」
「うん、アンヌが自分の意思で魔王側に付いたのは一旦決定ね。次は何故? 目的は? ってところかな」
一番年下に見えるニニラが進行していることに誰も意義を唱えない。
ニニラは快活な見た目とは裏腹に交渉や駆け引きが上手く、今まで何度もニニラの機転で助けられてきたんだって。私も何度か目にしてるけど、人の弱味や褒められたいところを上手にくすぐるんだよね。
森の民の中では半人前で、弓も下手で魔法の才もない半ば家出少女ならしいけど、弓の腕は私の知る誰よりも上手だし旅暮らしも一番長い、頼もしい存在だ。
「僕は、復讐の為じゃないかと思う」
「それは自虐? 冷静に理論的に判断してる?」
「自虐は多少あるが、アンヌの性格と――出て行ってしまった経緯を元に推測すれば、似たような結論にならないか?」
「確かに、アンヌなら復讐しようとしてもおかしくはないね」
実際問題、アンヌは気が強いし自分と対立する敵や悪に容赦しない一面がある。
「そうかもしれないけどー、ちょっと復讐から離れて、他にはどんな理由があり得るか考えてみよ?」
「他にだったら、アンヌは戦争を仲介する大使になっていたわよね? 戦争を止める為、というのは?」
「おお~」
スターシアの意見に三人で頷いた。
「それ、すっごく納得出来るよ! もしアンヌが平和の為に婚約したのなら、誰も裏切ったとか復讐とか関係ない話になるよ。ねっ?」
わざと言い聞かせるように同意を求める。だって、もしアンヌがエミリオに復讐しようとしているなら、私はアンヌと戦わなくちゃいけなくなる。そんなの嫌だ。
「そうだな、復讐でない可能性もある」
けれど、同意してくれたのはエミリオだけだった。
「そう思いたいのはわかるわ。けれど私は、復讐と平和のどちらかの理由でアンヌが魔王と婚約した、と仮定するなら――確実に復讐の為だと思う」
「言い難いけど私もそう思う。アンヌなら復讐を選ぶんじゃないかな? って――二人を悪く言いたい訳じゃないよ。たださ、オーク討伐の時のアンヌを知ってたら……ねえ」
スターシアとニニラの意見は当たり前なものだった。どちらかといえば、私た
ち二人は悪者になりたくないが為にそう思おうとしていたんだ。
……アンヌが平和を愛するのと同じだけ、自分の定めた悪や敵に容赦がないから。私はアンヌの敵になりたくなかった。
「……だね。でもさ、復讐の為でも平和の為でも私たちのすることには変わりないんじゃない? アンヌに謝って……赦してもらわないと」
「それだけは確かだな」
「うん、建設的な意見が出たところでまとめだね。アンヌの目的や理由を知る必要はあるけど、なんであろうとアンヌに謝罪して赦しをもらう――アンヌと話し合う機会を持つ、が次の指針で良いかな?」
全員が頷いて、食事は終わり解散した。話し合ったことで驚きからは立ち直れたと思う。少なくとも明日は大丈夫、と胸を張って言える。
宿のベッドの上でアンヌの心中を推し量ろうとして、なんておこがましいんだとまた罪悪感が湧いてくる。……私にアンヌの悲しみや怒りがわかるはずがない。
アンヌと二人、よく似ていないことで笑い合った夜を思い出した。




