梅の酒
「種ってお酒を作るの?」
「パンも作るぞ」
「お酒とパンは違うよ」
「そうだな。でもな。パンを作る種でも、酒を作ることはできる。毎回成功するわけじゃないがな」
「失敗もするの?」
「そうだな。ワシが若い頃は十本漬けて五本成功だった。今は十本漬けて九本成功だ」
「なんで成功するようになったの?」
「ひとつは瓶の中に残った澱を取っておいたことかな」
「澱?」
「そう、下にちょこっと入れるんだ。これに前の種が残っているんだと思う」
「すごいね。おじいちゃん、発明家だ」
「いやいや、それほどでもない。これは実はな。本で見たんじゃ」
「そうなんだ」
「アルメニアカの古い本でな。色々聞いて回って、ようやくわかった」
「おぉスゴイ」
それから、ワシらは一週間仕込み作業を行い、ようやく今回の分の梅を漬け終わった。
「まだ残りの梅があるけど、これはどうするの?」
「もうハチミツがないからな。今度は燻製だ」
ワシらは燻製小屋に、梅を運ぶ。
梅を均一に広げ、煙でいぶす。
「あとはこれで待つだけじゃ」
「もうお仕事終わり?」
「そうじゃな。あとは片付けて、皆に給料を払わんといかん」
ワシは道具を片付け、皆に給料を払った。
そして手伝いは皆帰っていった。
「仕事終わったね」
「あぁ収穫作業と仕込みは終わった。あとは梅達の仕事じゃ」
「梅さん達が仕事してるの?」
「あぁ梅酒は酒の種とハチミツと梅が働いて、酒に変わる。燻製は煙と梅が働いて、燻製梅に変わる。人の代わりに、別の者が働いているんじゃよ」
「ヤギさんが、草刈りして、蜜蜂さんが、蜜を取ってくれてるみたいだね」
「そうじゃな」
「私、人だけが働いていると思ってた」
「まぁ、そう見えるな。しかしな。たとえばこの梅の酒でも、人が手を加えている部分なんて、ほんの少しなんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。梅はワシが育ててるか?」
「う~ん。ほっといたら育ってる気がする」
「そうじゃろ。ヤギが周りの草を食う。ワシは不要な枝を取り除く。それぐらいじゃ」
「本当だね。じゃあ、おじいちゃんだけじゃなくて、人って皆怠け者だ」
「そうだな。他の者に働かせておいて、自分だけが苦労しているみたいな顔をする」
「本当だね」
「ワシらは色んな者に助けられて生きてるんじゃよ」
「そっか」
「飯を食おうか」
「うん」
……
収穫と酒の仕込みを終えた頃、一人の大男が梅園にやってきた。
「いらっしゃい」
「梅の酒」
「梅の酒なら、しばらく待ってもらわないと無理だ」
男は戸惑っている。言葉がわからないのか。
「アルメニアカ?」
男は頷いた。
「おい!きょう!」
「は~い!どうしたのおじいちゃん」
「この男、アルメニアカ人のようだが、ワシは言葉がわからないんだ」
「梅酒の本を読んだのに?」
「あれも、方々を回って、訳してもらった。ワシは怠け者だといったじゃろ。だから話してくれ」
「うん」
……
「おじさん!こんにちは。私きょう」
「君はアルメニアカ語が話せるのか?」
「うん。お父さんがアルメニアカ人だったから、話せるのは少しだけどね」
「じゃあ、この酒はアルメニアカの梅の酒じゃないかって聞いてくれ」
「あぁ。それならアルメニアカの古いお酒の本を見つけて作ったって言ってたよ」
「やはり。そうか」
「どうしたの?」
「いや実はな。アルメニアカでは、この古い酒の作り方はもうしてないんだ」
「そうなんだ」
「あぁ、それでワシは酒屋なんだが、この酒を仕入れたい」
「仕入れって何?」
「仕入れというのは、うちにたくさん売ってくれという話だ」
「ちょっと待ってね」
「ねぇ、おじいちゃん」
「わかったか」
「この人、アルメニアカの酒屋さんで、この酒を仕入れ?したいって」
「仕入れ?」
「たくさん売って欲しいって事」
「なんでだ。アルメニアカの酒の作り方なのに?」
「それがね。その作り方では、今は作ってないんだって」
「そうなのか?どうやって作ってる?」
「ちょっと待ってね」
「あのおじいちゃんが、今はアルメニアカでは、どうやって酒を作ってるって聞いてる」
「あぁ今は他の酒に漬け込んで作ってるんだ。それだと梅の風味はでるがな」
「へぇ。そうなんだ。ちょっと待ってね」
「あのね。今は他の酒に漬け込んで作ってるんだって、それだと梅の風味はでるがな……だって」
「なるほどな。あぁわかった。売るのはいいが、安くは売らんぞと言ってくれ」
「うん」
「わかっただって、でも売るのはいいが、安くは売らんぞだって」
「それはもちろんだ。それで頼みがある」
「なに?」
「おじいさんの顔が欲しい」
「おじいちゃんの顔は売り物じゃないよ」
「そうじゃない。そうだ。瓶におじいちゃんの顔を入れたいんだ」
「ははははは。なんでおじいちゃんの顔を入れたいの」
「顔を入れるといっても、瓶におじいちゃんの横顔を入れたいんだ」
「わかった。ちょっと待ってね」
「おじいちゃん。安くは売らんぞって、言ったらもちろんだ。それで頼みがあるって」
「なんだ」
「クスクスクス」
「笑ってたらわからん」
「だって、変なのですもん。おじいちゃんの横顔を瓶に入れたいんですって」
「ワシの顔?あっはっはははは。そいつは傑作だ。どんな風に入れるんだ」
「聞いてみる」
「どんな風に入れるんだって?」
酒屋は一枚のスケッチを差し出した。
そこには瓶にワシの横顔が描かれてあった。
「こいつはすごいな」
「うんスゴイね」
「こんなのどうやって作る?」
「ねぇこんなのどうやって作るの?」
「私に知り合いがいる。その人に頼もうと思う」
「知り合いに頼むんだって」
「そうだな。それで値決めはどうする?」
「値決めはどうするって?」
「今の販売価格に加えて、瓶詰めの手数料を支払う」
「今の販売価格に加えて、瓶詰めの手数料を支払うだって」
「瓶詰めの手数料?ワシらが瓶に詰めるのか?なんでそっちでしない」
「なんでそっちで瓶詰めしない」
「それでは価値が減るんだよ。輸入してきたから価値があるんだ」




