ヤギ
「うん。ほうきをかけて、あとふきんで部屋を拭いておいた」
「そうか。ところでワシの顔拭きを知らんか」
「もしかしてコレ?」
「そうそうそれ」
「ごめんなさい。ふきんだと思って」
「あぁそうか。じゃあ新しい顔拭きをだすわ。ちょうど良かった。それをふきんにしてくれ」
「はい」
ワシは顔を洗い、飯を用意する。
365日、何十年も同じ事のくり返しだ。
季節の野菜のスープに堅いパン、そして朝はヤギのチーズ。
ワシらは食事を始める。
「きょう!お前はヤギのチーズを食ったことがあるか?」
「ヤギのチーズって臭いが苦手」
「あぁそうか。それは新鮮なチーズか?」
「わからない」
「じゃあ、これを食ってみろ」
「これヤギのチーズなの?」
「そうじゃよ」
「いただきます!うん……、これ美味しいね」
「そうじゃろ。そうじゃろ。それが新鮮なヤギのチーズ。それでこっちが熟成したヤギのチーズじゃ」
「あっ、それ私の知ってるヤギのチーズ」
「ワシはこっちの熟成したのが好きだ。新鮮なチーズのほうが、お前は好きじゃろ」
「うん」
「じゃあ!熟成したのはワシ用。新鮮なのはきょう用じゃ」
「うん」
「ご飯を食べたら仕事?」
「そうじゃな。まずはヤギの世話じゃ」
「ヤギって昨日言ってた子」
「そうじゃ。ヤギは怖いか?」
「うん。ちょっと怖いかも」
「そうか……、まぁついてこい」
きょうはワシの後ろに隠れて、ついてきた。
そういえば、孫娘も始めはヤギに怯えておった。
「そこで見とれ。じっとヤギを観察してろ」
「うん」
ワシはヤギの世話をしだす。
ブラシをかけ、乳を取る。寝床の藁も交換した。
「終わった。行くぞ」
「ちょっと。ヤギさんに触ってもいい?」
「あぁ、いいぞ。ワシが見といてやる」
「うん」
きょうは、恐る恐るヤギに触る。
「ヤギさんって暖かいね。それに気持ち良い」
「そうじゃろ。触り心地がいいじゃろう。もっと撫でてやれ」
「良いの?」
「その子は撫でられるのが好きだからな」
「名前は?」
「ヤギじゃよ」
「違う。どう呼んでるの?」
「呼ぶときは、口笛じゃ」
(ぴゅー)
「うわ。おじいちゃんスゴイ!」
「スゴイか?」
(ぴゅー)
「スゴイ!それ教えて」
「まぁ~今度な。それよりチーズを作らないと、お前の食べる新鮮なチーズがなくなるからな」
「うん。チーズ作ろ!」
ワシらは家に戻った。
「どうやって作るの?」
きょうの目は輝いていた。
「まずはな。この梅の燻製をお湯で煮込む」
「胃のお薬じゃないの?」
「胃のお薬でもあるんだが、この梅の燻製はな。とっても酸っぱいんじゃよ」
「酸っぱいとどうなるの?」
「お湯で煮込むと酸っぱい汁ができる」
「うんうん」
「この汁をな。布で濾して、温めたヤギの乳に入れて、少し加熱するとチーズができるんじゃよ」
「ウソ!」
「本当じゃ。まぁ見てろ」
ワシは梅の燻製を煮た汁を布で濾す。
そして別の鍋で、ヤギの乳を温める。
そこに先ほどの汁を加えてかき混ぜる。
「ほら~よく見てろよ」
「うわ。ヤギの乳がお水みたいになってきた」
「そうだろ。そして中のホロホロしたのが、チーズじゃ。もう少しだな」
ちょうど良い頃に、暖炉から降ろし、布で濾す。
「おぉ。スゴイ。さっきのチーズみたいなのができた」
「これであとは冷まして食えば良い」
「ねぇおじいちゃん。あの熟成チーズは、これを置いておくの?」
「それはな。ちょっと違うんだ。熟成チーズは、レンネットという特別なものを入れるんだ。うちでは、乳が取れるから、だいたいこのフレッシュチーズを作って食べてる」
「じゃあ、あのチーズはどうしたの?」
「あれは買ったんだよ。たまにな。食いたくなるんじゃよ」
「ねぇおじいちゃんは、チーズが食べたいから、ヤギを飼ったの?」
「それは違う。実はワシは怠け者でな」
「ははは。おじいちゃん面白い」
「本当だ。怠け者なんじゃ。ヤギを飼ったのも、怠けたいからなんだよ」
「でもお世話がいるでしょ」
「まぁそうじゃが、ほらこの梅林広いだろ」
「うん」
「草はどうだ?」
「ボウボウじゃないね」
「そうだろ。誰が刈ってると思う?」
「おじいちゃんじゃないの?」
「あのヤギだよ」
「ヤギが草刈りしてくれるの?」
「ヤギは草刈りはせんが、草を食ってくれるんじゃ」
「へぇそうなんだ。でもそれなら、牛さんとか、羊さんでもいいんじゃない?」
「そう思うだろ。でもな。ちょっと違うんだ」
「何が違うの?」
「牛はデカいだろ。扱いにくい。ヤギは扱いやすい」
「羊さんは小さいよ」
「羊も良いんだが、低木や蔓性の植物をあまり食べないんだ。ヤギは食べる」
「へぇそうなんだ」
「でもな。それがたまに困るんだよ」
「なんで?」
「毒の草まで食ってしまうことがある」
「死んじゃうの?」
「たまにな。だから毒草を見つけたら、抜いておかんとな」
「梅の木は食べないの?」
「食べるよ。ほらだから、梅の木に柵がしてあるだろ。あれはヤギ対策なんじゃ」
「ふ~ん。でも残ってる草があるね」
「そうなんだ。あの草はな。ヤギが苦手なんだよ」
「結構難しいんだね」
「そうなんだ。怠け者になるには、頭を使う」
ワシが笑うと、きょうもつられて笑った。
「ねぇおじいちゃん!梅の枝が落ちてるけど、置いておいて良いの?」
「燃料に使うから、それは拾っておいてくれ。ヤギが食ったら困る」
「じゃあ。ワシが剪定をする周りで、枝を集めておいてくれるか?」
「うん。わかった!」
ワシは梅の木の剪定を始める。切った枝は近くに集めておいた。
そんな単調な毎日をくり返し、一月が過ぎた。
きょうも、梅林になじんできた。
ワシもきょうの世話に慣れてきた。
小さい子供など、役にたたんと思っていたが、きょうは、思いのほか、頑張ってくれた。
はじめは線の細い子だなと思っていたが、一月、枝を集める作業を続けただけで、ずいぶんたくましくなった。




