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バイリンガル

ワシはそれからも、きょうに剪定の説明を続けた。

枯れた枝の見分けかたと、重なる枝の見分け方はできるようになったと思う。


気が付くと、日が暮れていた。

「じゃあ、戻るか?」

「うん」

ワシらは家に帰る。昨日までは一人暮らしだったが、今日からは家族が増えた。

家族と言っていいのかは、まだわからない。

明日になると、消えてるかもしれないし、これは夢かもしれない。

「ねぇおじいちゃん」

「どうした?」

「梅林では毎日枝を切るの?」

「いやいや。花が終わったこの頃に切ることが多い。切る時期は決まってるんだ」

「そっか」

「どうした?」

「ずっと上ばっかり見てるから、首が痛くなっちゃって」

「ははははは。そうだな。首が痛くなるな。まぁ時期に慣れるさ」


家に着く。

「じゃあ、飯の用意をしようかな。きょう、いままでどんなお手伝いをした事がある?」

「片付けと、掃除、洗濯はしたことがある」

「そうか……、じゃあ片づけを頼もうか?」

「わかった。じゃあ……何から片付けようか?」

「本を本棚にしまっておいてくれ」

「うん」

きょうは本を本棚にしまいだす。

「おじいちゃん。沢山本があるね」

「あぁ。木の育て方の本とか、剪定の方法とかな。いろいろある」

「すごい字が読めるんだ」

「あぁ……、きょうは読めないのか?」

「パパとママに教わったんだけど、まだ苦手かな」

「教わったって……、アルメニアカ語か?それともムメ語か?」

「両方」

「両方……。それはすごいな。うちはムメ語の本だけだ。まぁでも客はムメ人、サリチナ人、アルメニアカ人がいるからな。多少はわかるが、どれくらい話せる?」

「普通に会話とかはできると思う」

「なるほど。そうか……、じゃあワシが困った時は、話を手伝ってくれ」

「うん。おじいちゃんはムメ人だよね」

「あぁムメ人だ。ムメ語はペラペラだ。サリチナ語、アルメニアカ語は多少だ。商売で使うぶんくらいには使える」

「商売って何をしてるの?」

「あれ?知らないか。あのな、うちは梅林で、花の時期には入場料を取るが、それ以外の時期は、梅のお酒とか、梅の燻製、梅に生える苔とか、梅で作った商品を製造して販売もしてるんだ」

「そうなんだ。一人で?」

「まぁ。たまに従業員を募集するんだが、すぐに辞めちまう」

「そっか」



「本は片付いたようじゃな。スープもできた。食おう」

ワシはテーブルの上にスープとパンを置く。


「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

ワシらは無言で飯を食う。


「ねぇおじいちゃん。梅の燻製ってどんなの?」

「梅の燻製か。ほらこれだよ」

ワシは梅の燻製を手渡す。

「これはどうするの?」

「胃とか腸の薬だな」

「どんな味がするの?」

「とっても酸っぱい」

「梅の苔は?」

「梅の苔は染料に使うんだ」

「染料って」

「布の色をかえるのに使うんだ」

「へぇ。梅っていろいろできるんだ」


「そうだな。すごく酸っぱいから、加工しなくては使いにくいが、いろいろ使える」

「梅酒ってどうやって作るの?」

「梅に蜂蜜を漬けて置いておくと酒になる」

「蜂蜜美味しいね」

「あぁ家では蜂蜜も作ってるぞ」

「おじいちゃん、蜂なの?」

「蜂じゃないよ。蜜蜂を飼ってるんだ」

「すごい」

「蜜蜂だけじゃない。ヤギも飼ってる」

「蜜蜂とか、ヤギはやめないの?」

「ははははは。蜜蜂とヤギはやめないな。やめるのは人間だけだ」



「そっか」

「きょう。はちみつ好きか?」

「うん」

「ちょっとパンにつけてやろうか?」

「うん」

ワシは瓶からハチミツを少し取り、パンにつけてやった。

「ほら」

「ありがとう!」

きょうは目を丸くして、喜んでいる。

ワシは孫娘の事を思い出した。

あの子もこんな顔をしてハチミツを塗ったパンを食べていた。


「あぁ。ワシの孫娘が着てた服があるが、きょう。お前着れないか?」

「見せてくれる?」

「こっちだ」


ワシは使ってない部屋にきょうを案内した。

「あの服だ」

きょうは服をあわせる。

「たぶん。着れると思う」

「そっか……、もう使わないから、よかったら使ってくれ」

「着てみて良い?」

「ご飯を食べて、片付けてからな」

「うん」


ご飯を食べ、食事を片付ける。きょうはすぐに服を見に行った。

「じゃーん」

しばらくして、きょうが孫の服を着て、戻ってきた。

ワシは言葉を失った。

閉じ込めていた哀しみが溢れてきて、涙がこぼれた。


きょうは近くに来て、ワシの頭をなでた。

何も言わずに、ただ頭をなでた。

子供に、さっきまで見ず知らずだった子供に、

頭をなでられた。

不思議な安堵感と、胸をつく痛みが、同時にワシを通り抜ける。


「私、あの服着ないほうが良い?」

きょうはワシをじっと見た。

「いや……、着てくれた方が良いと思う」

「悲しくならない?」

「孫娘を思い出すが、それは別に悪い事じゃない」

「悲しいのは悪い事じゃないの?」

「あぁそうだな。悲しいのは、孫娘を愛した証だ」

「愛した証?」

「そう好きじゃない物を無くしても、悲しくならないだろ」

「そうだね」

「でも好きな物を無くしたら悲しい」

「うん」

「だから悲しいのは、大切なものがあった証拠なんだ」

「そうだね」

「でも辛いよね」

「あぁ辛い。でも大切なものが何一つないより、ずいぶんマシだ」

「うん」


それからもきょうは、服を何度も着替えては見せてくれた。

哀しみは徐々に緩慢になっていく。

ワシは一人の女の子を救おうとして、救われたのではないか。

そんな風に思えた。


空いていた部屋を片付け、きょうに使うようにいった。

「はじめての部屋だ」

ときょうは喜んだ。


きょうと孫娘の顔が何度も重なる。

別人だと、言い聞かせるが、心はいう事を聞いてくれなかった。


……

翌朝、目を覚ますと、水汲みがもう済んでいた。


「きょう!お前が水汲みをしてくれたのか?」

「うん。水が飲みたかったから、ついでに汲んでおいた」

「そうか。ありがとう。それに部屋がキレイになってないか?」


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