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9/11

ウルトラ・フルキック

「驚いたよハテナ・ラヴミリアン・ジーナス…まさかお前がウルトノイドだったとは!!となると本物はどこだ?死んだか?」


「WOOOOW〜〜〜っ(ウルト…なに?本物?死んだ?なに言っちゃってるの?)」


「チッ、獣め、言葉さえ失ったか…」


 豪華なシャンデリアが怪しく明滅する、格式高いパーティー会場。かつて華やかな音楽が流れていた空間は今、異様な静寂と恐怖に包まれていた。床には、ラバーズのウィルスによる死の病に陥ってしまった大勢の人々が、折り重なるように倒れている。意識の無い彼らは、迫り来る脅威に対してあまりにも無力だった。


「WOOOOOOWッ…WOOOOOOWッ…!?(なになんなのッ…オレちゃん一体どうしちゃったの…!?)」


 その中央で、緑の異形――ウルトノイド・フルは、荒い呼吸を繰り返しながら身構えていた。

 彼の前に立ちはだかるのは、ティーダ王子の命を奪うことを目的とする2体の敵、この惨状を引き起こした対物ライフルの腕を持つ主犯のサイボーグ、意思の自由を奪われた娘…擬態型宇宙究極生命体の細胞を使い死人の記憶を複製し造り出された超人兵器第6号ウルトノイド『ラバーズ』。

 1体だけでも常人を遥かに凌駕する敵が、呼吸を合わせてフルを包囲する。

 2対1。状況は圧倒的不利だった。


「WOOOW……ッ!(クソ!今はやるしか無い……ッ!)」


 フルの喉から、獣のような唸り声が漏れる。

 本来の状況ならば、野性を剥き出しにして縦横無尽に暴れ回る戦い方ができるはずだった。しかし、今はそれが許されない。一歩でも下がれば、足元に転がる無抵抗な人々が敵の爪牙にかけられる。守るべき背後を庇うように、フルはその場に踏みとどまるしかない。


 泥濘の飛沫が、まるで祝福の紙吹雪のように昏き虚無と空間に舞い散る。

 その中心で、ラバーズは優美に、そして狂暴にその身体をくねらせていた。彼女がただ一歩を踏み出すだけで、濡れた双眸から、そして透き通るような肌の隙間から、濃厚な「色香」が霧となって溢れ出し、周囲の空気を甘く狂わせていく。

 彼女の手にする多彩なクナイは、まるで極上のダンスパートナーだ。


「キュゥ━━━━━━ゥッン!!」


 鈴を転がすような、しかしどこか背筋を凍らせる艶やかな笑い声が響いた瞬間、彼女の細い身体から爆発的なエネルギーが解き放たれる。

 フルの視線を釘付けにするその身のこなしは、戦闘という名の、あまりにも過激な舞踏(ステージ)。

 彼女が鋭く地を蹴り、一回転。

 引き絞られた肢体から放たれるのは、空間そのものを切り裂くような、重く、そして目にも留まらぬ速さの薙ぎ払い。縄鏢の軌跡を追うように、激しい濁流が奔流となってフルへと襲いかかる。

 シュルルッ、と空気を切り裂く音が響き、左側からクナイの鋭い刃が襲いかかる。その一撃一撃は強烈無比でありながら、どこか観る者を魅了するステップのようでもある。フルはそれを腕甲で受け止めるが、同時に右側から犯人の強烈な23×152mmB弾が脇腹を抉った。


「ガハッ……!」


 凄まじい衝撃と大きなダメージに吹き飛びそうになる身体を、フルは強靭な脚力で無理やり床に縫い付ける。ここで自分が倒れれば、この会場の全員が死ぬ。その執念だけが、彼の肉体を突き動かしていた。

 背中の艶髪が意思を持つ華の葉のように靡き、彼女の躍動に合わせて、さらに激しく、エネルギッシュに泥濘を巻き上げる。


 それを追い風に犯人はもう片方の腕の対物ライフルを抜き放ち、両腕から撃った二発の23×152mmB弾が遠心力を得て加速、フルの太腿部とアキレス腱を狙い撃ち断裂させる。


「WOOOOOOOOOW〜〜〜ッッッ!?」


 そこへラバーズの地を滑るようなスライディング、そして空中へと高く跳ね上がる軽やかな跳躍からの滑らかに流れるような連撃、すべての動きが、官能的な曲線を描きながらも、恐るべき殺意に満ちていた。

 守りに徹するフルの身体に、容赦なくダメージが蓄積していく。緑の装甲には無数の傷が刻まれ、その隙間からエネルギーが火花となって散る。


「ほら、野獣らしく暴れないのか?つれないなぁ…ちゃんと相手しろぉ…!」


 犯人はフルの自由が利かない状況を嘲笑うかのように、交互に波状攻撃を仕掛けてくる。

 ラバーズから滴る泥濘と、彼女が放つ甘美なプレッシャー。そのエネルギッシュな舞いに一瞬でも心を奪われれば、次の瞬間には、冷徹な刃によってその命を刈り取られることになる。


「WOOOWッ!(こんのぉッ!)」


 限界を迎えたフルの魂が咆哮した。

 赤い瞳の奥で怒りと使命感で燃え上がる。

 ただの「野獣」ではない。彼は人々を守るために戦う道を選んだ、ウルトノイドなのだ。

 フルは足元のティーダ王子を跨ぐようにして立ち塞がると、掌握粒子フールブリンガーを展開する。


「WOOOOOOOOOOOO!………(こんなことで沢山人が死ぬなんて間違ってるって言うんですッ!………)」


 フルの胸の奥で、三画エナジーコアから滲み出した欠片が、音もなく光を放ち始める。緑と白の粒子が宙に解けて、まるで田んぼに立つ晩風のように、ゆっくりと会場全体へ広がっていく——フールブリンガー。

 その粒子に触れた者は、まず息を吹き返す。崩れかけていた体に血の温かさが戻り、爛れた傷口が少しずつ塞がっていく。ウィルスが体に喰い込んでいた箇所では、粒子が蠢くように寄り集まり、それを食べるように中和していく。苦しげだった呼吸が、やがて静けさに変わっていく。

 一方、犯人とラバーズへと向かう粒子は、逆の顔を見せる。触れただけで動きが鈍り、立ち上げようとした体は重く沈み、蹴り足から伝わる粘りも、まるで乾いた土のように崩れていく。


「なんだこの水がまとわりつくような感覚は…?こんなものでオレを止められると思っているとは笑わせる」


「WOO……(それは知らん)」


 確かに戦闘にはさほど響かない程度の効力であったが、それでも確かにそれは相手の動きだけを、縛っていた。このフィールドを維持している限り、この中和も回復も止まることはない。

 しかしそれと同時に時間が長引けば長引くほどフル自身の生命を削る危険な能力でもあった。肉体を苛む激痛を、全て敵への怒りへと変換する。

 どれほど傷つき、どれほど不利な状況であろうとも、この命が尽きるまで、彼の野生の道化が折れることは決してないのだ。


「WOOOOOOOOOOOOWッ!!(仕掛けてくる!?守るのってええ!!)」


 人々に一本の指も触れさせまいと、迫る必殺を自らの肉体で受け止める。


「かかったなぁ破廉恥がぁ!!」


──ドッグォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッッ⁉︎──


 その瞬間、犯人の爆発反応装甲が約 5.184 メガジュールもの大爆発を引き起こした。

 犯人はフッと勝ち誇ったかのように笑う。


「WOOOOOOOOOOOOOOOWッッッ!!(辛いのよねぇッッッ!!)」


 バキィッ!?犯人の余裕がフルの拳によって崩れる。


──ドッグォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッッ⁉︎──


「WOOOWッ!!(うぉーりゃぁっ!!)」


 バキィッ!?ドゴォッ!!更に一撃、二撃。


「ガッ……!」


──ドッグォオドグォドグワァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッッ⁉︎──


「WOOOOOOWッッ!!(とりゃあっっ!!)」


 ドガァッ!?バギィッ!?ゴンゴンブチブチィッ!!凄まじい威力が一撃、また一撃と連続して襲いかかってくる。


「ゲッハァッ…!!」


──ドッグォオドグォドグワァオッグォオドグォドグワァオオオオオゥウウウウウウウウウウウウンッッッ⁉︎──


「WOOOOOOOOOOOOOW!!!!(もういっちょぉおおおおおお!!!!)」


 フルの攻撃の度に連鎖する大爆発、犯人は困惑した。


(やつはなぜこの爆発を気にも介さずに攻撃してくる!?)


 その答えはすぐに分かった。

 光だ、あのチカチカした目障りな粒子が爆発の威力と範囲を極度に狭めている。だがフルには確実に深刻なダメージが入っているはずだ。

 その答えは凄まじい執念だった。倒れてもカートゥーンキャラのように即座に立ち上がり飛んだり跳ねたり、風船のようなフールフェイクボールを爆弾のような音だけ出して犯人たちを牽制する。その姿は、英雄というよりも、笑顔を守るために命を燃やす本物の愚者そのものだった。

 

「WOWッ!WOWッ!WOWッ!WOOOOOOOOOO!!WOOWッ!!(このっ!このっ!このっ!こぉおおおおおおおん!!のぉおおっ!!)」

 

 ドシャッ!?ビギっ!!ゴンッ!!グワァアアアンッ!?

 むせ返るほどの爆炎の臭いが染み付き、泥臭く、しかし確実に犯人たちを押し返していく。


「このぉ!さっさとやられてしまえってんだよぉ!!」


 想定外の抵抗に、犯人が明らかな焦りを見せ始めた。どれだけ痛めつけても、目の前の緑色の道化師は倒れない。それどころか、背後の人々の肉壁になっていることなど気にも介さずそれどころかいつまでも自身を仕留められていない犯人に対してケラケラと愉快そうに笑うその様子とは裏腹に、その道化師はますますその闘志を研ぎ澄ませていくのを感じる。


「チッ!ラバーズに命じる!!死ぬ気でそいつを殺せぇっ!!!!」


 焦燥に駆られた犯人は、恋愛(ラバーズ)のカードを首を絞めるように握り潰し、フルへの突撃を命じた。


「キュッ、キュッ、キュッ、キュゥゥゥ━━━━━━━━━━━━━━━ッッッ!!!!!!」


 カードの強制命令権に御されているラバーズは、その身に宿る超常的なエネルギーを限界まで吹き上げ、猛然とフルへと突っ込む。その突進は周辺一帯をも消し飛ばすような威力に見えた。


「っ…_____WOOOO…(っ…_____おいで…)」


 フルは身構え、真っ向から受け止めるべく足を踏ん張る。

 しかし、その激突の直前、奇妙なことが起きた。


「……キュッ━━ァ……」

 

 突撃していたラバーズの動きが、唐突に狂った。勢いよく踏み出した足がもつれ、彼女のエナジーコアが激しく鼓動し、その体から色が、放たれていた禍々しいオーラが、目に見えて霧散していく。

 エネルギーの、完全な枯渇だった。

 擬態型宇宙究極生命体の種を持つウルトノイドの超常的な力も、無限ではない。激しい戦闘の連続と、犯人のフルを仕留めきれなかった計算違いが、その肉体に致命的なエネルギー切れを引き起こしたのだ。

 突進の威力を完全に失い、ただの抜け殻のようにふらつくラバーズ。 完全にエネルギーが尽き果てる。 休眠の為、再び擬態状態になりその場に卒倒する。

 フルはその肩を優しく抱きとめる。


「WOOW…(よくがんばったね…)」


 フルのエナジーコアから放たれたフールブリンガーがまるで眠る子供に毛布を上から掛けてあげるかのように優しく包み込んだ。


「最初から勝つとは思っていなかったが…腕一本でも道連れにすればいいものを!役立たずが!!貴様も!コイツも!!俺の邪魔をする者は、皆死ねばいいっ!!」


「WOO……(お前だ……)」


 人の尊厳を平然と踏みにじる犯人の凶行を前に、ウルトノイド・フルはただ静かに佇んでいた。怒りを露わにすることなく、その緑色の禍々しい相貌がゆっくりと敵を捉える。

 フルの全身から、言葉にならない、しかし確実な「静かな怒り」が立ち上っていた。オーラが陽炎のように揺らめく。

 その足元には、なす術もなく傷つけられた人々の姿と、運命に人生を狂わされた少女の姿があった。


「WOOOOWッ……!(いつもいつも人を弄んでッ……!)」


 声には出さない。ただ、野生の肉食獣が獲物を定めるかのように、鋭い眼光で犯人をじっと睨みつけた。 その顎から漏れ出る荒い呼吸音が、かえって彼の底知れない怒りの深さを物語っている。

 フルは地を蹴った。

 本能のままに拳を叩き込み、爪で引き裂くような荒々しい猛攻で犯人の目をグシャリッ、と貫いた。


「オレの対核爆弾用装甲頭蓋(アンチアトミックヘッド)の防御力は世界一ィイイイイイイイイイッッッ!!」

 

 しかし、犯人相手には一筋縄ではいかなかった。爪がヤツの脳へ届く前に核シェルターなどに使われている材質を幾重にも合わせた装甲によって阻まれたのだ。

 対物ライフルがフルの肉体を捉え、激しい火花が飛び散る。

 ドサリ、と地面に叩きつけられるフル。


「ゲハッ……!」


 痛みに悶え、苦戦を強いられる。犯人は勝利を確信したかのように、ゆっくりと歩み寄り、トドメの一撃を振り下ろそうとした。

 だが、影武者♂自身の魂は死んでいなかった。

 死線の中で、突如、犯人の思考回路がエラーを起こし始める。


「な、ななな、ん、ん、んだだだだだ、!!??!、!?!??、?」


 この状況に理解が追いつかない中、辛うじて動作した原因究明機能が働くがそれを知った犯人は愕然とした。


(視神経有機性パーツから麻酔成分が検出されただと!?)


 先ほど犯人の瞳を貫いたフルの手の中には麻酔が入っていたであろう香水瓶がその役目を終えたかのように木っ端微塵に割れていた。


「ババババババカナァアアアアア!??、?、!??、?!?、、、?!!!」


 犯人のわずかな隙───振り下ろす瞬間のがら空きになった脇腹を捉える。


「WOOOOWッ!(ここからいなくなれっ!)」


 フルは文字通り地を這うような体勢から、不意を突く鋭い一撃を放った。執念の拳が敵の弱点へと突き刺さる。予期せぬ反撃に、犯人の体勢が大きく崩れた。突破口は開かれた。

 左脚を大きく外側から回すように前方に踏み出し、力強く地面を踏ん張った瞬間、フルの足元に、愚者を象徴する七色の光のグリッド線の余波がブワッとアーチ状に広がる。


「───WOOOOOO…ッ!!(───ハァアアアアア…ッ!!」


 咆哮とともに、禍々しい光のエネルギーを纏う脚が「ウルトラフルキック」の閃光と共に鋭く迸る。

 

「WOOOOOOOOッ!!(セイッハァアアアアッ!!)」


 逸って襲いかかってくる犯人。しかし、フルは恐れることなく一歩を踏み出す。一気に跳躍したフルは、空中からすべての怒りとエネルギーをその脚に込め、必殺の急降下キックを叩き込んだ。光のキックが火花を散らしながら敵の攻撃を弾き、次の瞬間、フルの重い蹴り込みとともに、ウルトラフルキックとそこから放たれた光線がサイボーグの超硬質の腹部を深く貫いた。


「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOWッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」


 突き刺さったウルトラフルキックから溢れ出す光線のエネルギーの奔流が犯人の体内へとダイレクトに送り込まれる。激しく火花を吹き、苦悶の声を上げる犯人。


「バババババブァブブルルルルルルガガピーッ!、!?、!、!!、、、、??、!!!??、!」


 フルは容赦なくウルトラフルキックを力強く引き抜く。直後、フルは背後の敵に背を向けるようにして、華麗に前方へとジャンプし、静かに着地した。

 背後では、体内から溢れ出る光線のエネルギーに耐えきれなくなった犯人が、激しい火花と白煙を上げながら悶絶している。

 フルが脚を大きく右回りに一回転させ、まるで剣を鞘に収めるかのように左腰へと引きつけたその瞬間───。


「馬鹿な…っ、私は…っ!!忠臣だぞっ!?最後の…プランを…ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━!!!!!」


 ドッカァアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!!!背後の犯人は、凄まじい爆発音とともに木っ端微塵に吹き飛んだ。激しい爆炎が会場を赤く染める。

 爆風のなか、フルは荒い息を吐きながら、静かにその場に立ち尽くしていた。

 しかし、勝利の余韻に浸る時間は一瞬すらも与えられなかった。


「ガハッ……!?」

 

 爆炎の光に照らされる中、フルの全身を激しい痙攣が襲う。

 胸部のディメンショナルドライヴ「エナジーコア」が狂ったように鼓動し、制御を失った光のエネルギーが緑色の生体鎧から激しく噴き出した。長期間擬態を解除しなかったことによるエネルギーの制御感覚を忘れ去っていたフルの身体は、戦いが終わった瞬間に、自らの細胞を急速に蝕む呪いへと変わる。


「あ……が、はぁっ……!」

 

 全身の骨が軋み、筋肉が焼き切れるような激痛。まるで命そのものを強引に吸い上げられているかのように、急激な衰弱と老化現象がその肉体を襲った。

 フルの姿を維持できなくなり、生体鎧が陽炎のように揺らぎながら解けていくと、影武者♂の姿が現れた。


 彼の肌は血の気を失って真っ白に変色し、呼吸は浅く、激しく喘いでいる。膝の力が完全に抜け、影武者♂の身体は冷たい地面へと崩れ落ちた。


「クソ……なんだ、これ……」


 視界が急速に狭まり、暗闇が広がっていく。

 地面に伏せた指先一つ動かすことすら叶わない。薄れていく意識の中で、自分の心臓の音がひどく弱々しく、今にも止まりそうに打っているのを感じていた。

 自分の真実を見失うたびに、死へと近づいていく。ということを。

 誰もが赤子のように眠っている静寂のなか、影武者♂は限界を迎えた肉体の痛みに耐えかねるように、そのまま冷たいタイルの上で完全に意識を失った。

______________________


 荒れ果てた夜会会場の片隅。

 深く重い目覚めだった。

 視界がひどく霞む。しかし、頭の下に感じる柔らかく温かい感触と、鼻腔をくすぐるカワイ子チャン特有の甘く清らかな香りで、自分があのラバーズと呼ばれていたあの女の子に膝枕をされていたのだと気づく。


「う?……わッ!?」


「よかった……気がついたのですね」


 ラバーズは自身の胸にそっと手を当てる。

 跳ね起きるようにして彼女から距離を取った。状況への気恥ずかしさと混乱が頭を支配したのも束の間、次の瞬間、世界が反転するほどの激痛と渇きが彼を襲った。


「が、あ、……ッ……!!」


 喉が焼ける。胸の奥からせり上がる、心臓を直接抉られるような地獄の苦しみ。死の危険を知らせる本能が、光を求めて狂ったように暴れ狂う。視界が真っ赤に染まり、理性が砂の城のように崩れていく。


「大丈夫……大丈夫です、My star」


 苦しみに悶え、床を掻きむしる彼の身体を、ラバーズは怯えることなく優しく包み込んだ。その声はどこまでも穏やかで、慈愛に満ちている。


「私のエネルギーを……吸ってください。そうすれば、その苦しみは消えますから……」


 彼女は自らの黒頭巾の衣服の襟元を緩め、白く柔らかな首筋を惜しげもなく曝け出した。


「いや、いや…いや、いや……だめ、で、しょ……ッ」


「貴方は意識を失った後も沢山の人の生命を救ってなお…多くのエネルギーを分け与え続けてくれました…私はもういっぱい回復しました…だから、貴方に、返します…いえ、必ず返すのです。」

 

 辛うじて残った理性が拒絶を叫ぶ。彼女を傷つけたくない。だが、目の前に差し出された艶褐の肌、そこを流れる至高の血の誘惑は、渇血の衝動に駆られた彼にとってあまりにも致命的だった。ドクドクと刻まれる脈動が、彼の本能を直接呪縛する。


「イッッッッ、や、そ…れもうッ、人間じゃ、な…いっ!?、ヒュッ!!……」


 ボクの中のオレが言う。


───喰らえ、生きるのなら


 理性の糸がぷつりと切れた。


───もう、耐えられない。


 彼は獣のような衝動のままにラバーズへ飛びかかり、その細い肩を組み伏せた。


「あ……っ」


 かすかな吐息を漏らす彼女の首筋に、鋭く伸びた牙を躊躇なく突き立てる。

 肉を貫く感触。直後に溢れ出してきたのは、今まで味わったどの菓子よりも甘美で、濃厚な生命の奔流だった。彼は狂ったように、貪るように、その艶褐の肌に噛みついたまま執拗に血を啜り続けた。

 ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らし、我を忘れて彼女の血を奪う。ラバーズは痛みに眉をひそめながらも、彼の背中にそっと手を回し、優しく撫で続けていた。


「はぁ、……ぁ……、……っ」


 どれほど時間が経っただろうか。地獄のようだった渇きが次第に潤され、狂気に満ちた衝動が凪いでいく。

 吸血を止め、牙を引き抜くと、彼女の艶褐の首筋には生々しい牙の痕と、一筋の紅い血が伝っていた。

 完全に渇きが収まり、信じられないほどの充足感と甘い余韻が身体を包み込む。


「具合は、どうでしょうか…?」


「……ああうん大丈夫!元気100倍ア○パ○マ○!ってね☆…………………スゥウウウウウっ、フゥウウウウウっ…その…助けて頂き誠にありがとうございました、あとっっっ!!乙女の肌に傷をつけた事、大っ変っ!申し訳ございませんでした………っ」


 深々と頭を下げる影武者♂(王子と婚約していた令嬢が大胆に肌が見えてしまっているほどのボロボロのドレス姿で側から見たら誰かに乱暴された被害者にしか見えない)にラバーズはきょとんと目を丸くして首を傾げた。


 …オレちゃん人間じゃなくなっちゃったのかもしれない。

 あ〜〜〜やってもうた事案だよコレぇー!!オレちゃんの人生終了!?マジか嫌だー!!やめろーっ!!死にたくなぁい!(社会的に)死にたくなーい!?(社会的に)死にたくなぁあああああああああいっ!!(社会的に)。

 混乱の最中、この状況をどう切り抜けようかと思考を巡らせる。

 しかし、劇的な変化に頭と身体が追いつかない。満たされた安堵感とともに、今度は一気に全身の力が寝返るように抜けていく。


「あれっまたなんか______」


「大丈夫ですよ……おやすみなさい、私のお星様」


 視界が急速に闇へと落ちていく中、最後に聞こえたのは彼女の優しい囁きだった。

 倒れ込む彼の身体を、ラバーズは愛おしそうに、そして、どこまでも優しく抱きしめるのだった。

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― 新着の感想 ―
最後まで楽しく読ませていただきました! まず、勢いがすごいです……! 最初は思わず笑ってしまうような掛け合いやテンポの良さに引っ張られて読み進めていたのですが、その奥にある世界観や登場人物たちの背景…
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