095話
ぬう、危ない所であった。
とっさに空中でグラスに口を付けて、中身を一瞬で啜ったワタシは、空になったグラスを左手の指で摘む様にホールドした。
思考加速魔法って便利!
「お嬢様、幾ら何でも少しはお行儀と言う物を考えた方が宜しいかと思いますが」
どこぞのマナー教師みたいな事を言うレティの指摘も気にしない~。
大事なのはお行儀よりも、一杯の素晴しいシャンパンの方ですよっ。
しかしナンですな。とっさにこんな事が出来る様になるなんて、ワタシってばまた随分と思考加速魔法に慣れて来ちゃったみたいだね。
「流石、と言うべきなのでしょうな。まさか一目で見破られるとは思いませんでしたよ」
ワタシの妙技(?)のせいで、登場直後にそのサプライズ度が薄まっちゃったデラージュ閣下が、隠蔽魔導具を解除しながら憮然とした表情で言った。
あぁ、隠蔽魔導具を使ってらっしゃったワケなのね。
すいませんねぇ、つい全自動でカウンターしちゃって。
「アンタはそう言う所が駄目なんだ。騎士として同格の強者の集まりに入れて欲しいなら、やって来ただけで敬意が払われるなんて思い上がっちゃいけないし、隠蔽魔導具などカウンターされて当然だと思うのが普通だ」
何か言い訳でもしようかな、と思ったのも束の間、間髪を入れずにギャロワ卿が閣下にお叱りを入れた。
おんや。これはまた妙な事になってるっぽいですよ。
どうやら閣下は酔狂にも、一騎士としての立場で此処に来た積りみたい。
叱られた当の閣下は怒る風も無く「ぬっ、確かにエルンストの言う通りだな」とか言って頭を掻いてるし、どう言う事なんでしょうね。
「御一同、今日私は一介の4級討伐騎士・アンベールとして此処に来た。直接魔物ドラゴン討伐に関わった者として、どうかこの場に入れて欲しい」
ほう、4級討伐騎士!
改めて見れば、閣下って騎士卿級って言ってもイイくらいの剣気を持ってるし、結構な使い手っぽい感じだ。
どう言う酔狂かは判んないけど、そもそも閣下達が戦ってた所に横入りしたのはこっちなんだから、そんな事を言われたら断れないよね。
「本当にそうなら、こっちは構いませんよぉ。ねえ、おっさん?」
閣下の騎士っぷりにちょっと驚きながらもフェリクスおっさんに振ると、おっさんはなんかぎこちない笑顔で応じた。
「おっ、お、おう。そう言う事なら二人共歓迎するぜ」
イカンなー、おっさんのクセに固過ぎだよ。
確かにデラージュ閣下は、準とは言え4位の官位を持つエラ方さんだから固くなるのも判るけど、頭を下げて入れてくれって言ってるんだから、笑って受け入れてやるのが騎士だと思うんだけどな。
思わず睨みつけると、おっさんは「しょうがねえだろ!」とでも言いたげな顔で見返して来た。この意気地無しおっさんめっ。
「悪いな。どうもこの男は昔からヘンに凝り性な所があるんだが、その癖に色々と下手っぴいなのでフォローが大変なんだ」
ギャロワ卿、改めエルンストさんがストレージと思しき魔導具から、5本のシャンパンとクーラーバケツを取り出しながらレティの方を見ると、レティは手際良くそれらをセッティングして行く。まるで阿吽の呼吸だ。
にゅうん。何やら従者同士、相通ずるモノでもあるんですかね。
ワタシって、それ程レティには迷惑を掛けてないと思うんだけどなぁ。
「これはまた、素晴しい手土産で御座いますな」
むしろ迷惑を掛けられ捲くりだと思ってると、おじ様がエルンストさんが出したシャンパンを指して感嘆の声を上げた。
あれ、ソレってもしかして、リューグですか!?
リューグってのはシャンパンの超一品モノのブランドで、王侯でも私事ではそうそう簡単には開けられない程の名品だ。
騎士が他の騎士達の集まりに顔を出す際は、手土産が必須なんだけど、まさか一本で大金貨一枚と言われるトンデモ級のブツが出て来るとは思わなかったよっ。
「そもそも、こちらは助力して貰った身。こんなモノでも持って来なければ、さすがにこの場は敷居が高いですからな」
ホントにいいの? って感じで閣下を見れば、閣下はそんな事をのたまって、一本の栓を開けて、個々のグラスに注いで回った。
にゅふふふ、嬉しいなー。
リューグなんて、ワタシだって殆ど口にした覚えも無い贅沢品だ。
こんな所で飲めるとは思っても見なかったよ。
注がれた超高級シャンパンの淡い黄金色の輝きに見入ってると、一旦はソファーに座ったエルンストさんがまた立ち上がって、閣下を指差した。
「こんな事を言ってるが、この男、半分くらいはマリー殿が魔法士協会の回し者なんじゃないかって探りに来たんだ。魔導具の話はその口切りさ。笑ってやってくれないか」
「オイッ、それを言っては私の立つ瀬が無いじゃないか!」
「私は『間違い無く違う』と言った筈だ。それなのに下らない疑心暗鬼で探りを入れようとするお前さんが悪い」
臣下のいきなりの裏切り行為に、オタオタと慌て出した閣下を無視するかの様に、ブンむくれって感じの表情をして、エルンストさんがそっぽを向いた。
うーん。この二人って、もしかしたらワタシとレティと同じ様な間柄なのかも知れないね。
エルンストさんが元は閣下に付いてた側仕えとか近習だったとしたら、この二人の関係にも肯けるし、さっきのレティとの阿吽の呼吸も判る様な気がする。
「あー、信じて貰えるかは判りませんけど、ヘルミネン閣下の件なら、ワタシはあの方の手下ってワケでは無いですし、当然ながら女王陛下とも繋がりは無いに等しいですよ」
二人の関係はともかく、ワタシは誤解を解く方が先だと思って、取り敢えず正直な所を口にしてみた。
だって実際にワタシってば魔法士協会の手先ってワケじゃ無いし、オネエだってランス支局掌握に忙しくって、南部連合に横槍を入れる程の余裕は無い筈だもんね。
でもワタシの言葉を聞いて真面目な顔になった閣下は、続けて話そうとするワタシを柔らかく手で制した。
「いやいや、そもそもランスは魔法士協会にやってもイイと思っていましたよ。南部連合に魔法士協会を引き込むチャンスでもありますからな」
にゅう、困った。こりゃ閣下は誤解を確信してる様な感じですな。
考えて見れば、ワタシってば魔物ドラゴン討伐の際にあんな名乗りを上げてるワケだし、ヘルミネン侯なんて大物まで出張って来てるんだから、討伐士協会と組んで南部連合を成立させようとしている閣下達から見れば、魔法士協会が本腰を入れて横槍を入れて来たって思う方が自然だ。
しかも「やってもいい」なんて言質を足られかねない言葉まで口にするって事は、かなりの本気度ですよ。
不味いなぁ、どうしようかな。
「まあ、突然ヘルミネン侯の様な大物がやってくれば、誰だって疑うのも当然ですが」
すると横からおじ様が入ってきて、さっきの「討伐士協会版」の魔物ドラゴン討伐許可書を出した。
「この様な物もありますれば、そもそもマリー殿が魔物ドラゴンに立ち向かう事は、討伐士協会としても頼んでおった事なので御座いますよ」
「なんと! それでは元々、討伐士協会の仕切りだったと言う訳ですか」
さっきサインしたばかりの書類が、もう効力を発揮しちゃったよって感じで、それを見た閣下が目を丸くして驚いた。
「お嬢様は魔法弟子なので、魔法士協会の方の顔も立てねばならないのですが、実際はただそれだけであって、他意は無いので御座いますよ」
閣下が驚いた直後、畳み掛ける様にレティまで口を出して来た。
顎に手を当ててうーむと唸る閣下だけど、こうなったら、さしもの閣下も思い込み(誤解)を修正せずにはいられないと思う。
なんたって、おじ様の討伐士協会参与って肩書きはそのくらい大きい。
閣下は勿論ワタシの正式な参戦なんて知らなかった(後付なんだから当たり前だ)だろうけど、おじ様がそう言って書類まである以上、信じざるをえないだろう。
たった一枚の紙切れに過ぎないけれど、そう言うものが有るのと無いのとじゃ説得力も違うしね。
助かったと思って安堵すると、そこへまだ立ったままのエルンストさんが更なる追撃をかけて来た。
「だからそう言っただろうがっ。マリー殿がわざわざ魔法士協会総裁陛下の名を出したのは、我々に対する注意喚起であって、お前さんが考える様な妙な宣告もどきでは無い。だがそんな下らん事より、お前さんはマリー殿に一番に言わなければイケナイ事があるんじゃないのか?」
ブンむくれと言った感じの顔から、やや機嫌が悪い程度の顔になったエルンストさんの言葉はちょっと頭が痛い。
ワタシはカッコ付けで女王陛下の名を出しただけで、別に「魔法士協会も南部連合や今回のスタンピードの動向は注視してますよ」なんて言う深い意味は入れて無いもんな。
もっとも、そう取って貰えると有り難い事は確かなので、何も突っ込まないでおく。
ヘタに突っ込んで、ワタシが閣下の考える様な「女王陛下は南部連合運動を不快に思う」なんてメッセンジャーだと思われるのもマズ過ぎるし。
しかし「言わなきゃなんない事」ってナンでしょね?
「ああ、その通りだな。最も大事な事なのに、すっかり忘れていたよ」
頭に疑問符を付けたワタシがキョドってると、閣下はそう言った後で、ワタシに向かっていきなり深々と頭を下げた。
「あの時は助けて頂いて有難う御座いました。正直に言って、もう駄目かと思った所でした」
へ? と思ったのも束の間、さしものニブいワタシにもピンと来た。
エルンストさんと一緒に魔物ドラゴンと戦ってたのって、閣下だったんだ!
「撤退戦を始めるに当たって、ドラゴンもどきの牽制役が要る事になったものの、私の相方を務められる様な騎士がもう払拭していてな。私は独りで行くと言ったんだが、この男が『ならば私が行く』と言い出したんだ」
閣下の行為をフォローする様な事を言うと、エルンストさんも新たにソファーに座り直して、一緒に頭を下げた。
うわっ、ちょっ、マジで辞めて下さいよっ!
思いっきり泡を食ったワタシがそんな事を言うと、漸く二人共頭を上げてくれて一安心。
しかし、普通なら雲の上の御方と言っても過言じゃ無い様な閣下が、その命を賭して魔物ドラゴン討伐に突っ込むなんて、一体全体どう言う事なんだろ。
ちょっと驚いちゃったけど、色々な事が絡んで謎だらけって感じの今回の大規模スタンピードの内幕も聞けるかも知れないし、これは是非とも聞いておきたい話だよね。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、有難うございました。




