093話
「単なる保険程度にしか考えて無かったから言って無かったけど、確かにそんな依頼書は持ってるよ」
もうジタバタしても仕方無いので、ワタシは罪状を宣告された罪人の如く、しぶしぶながらおっさんの言葉を認めた。
でもホントにワタシ、おっさんと二人で魔物ドラゴンに突っ込む積りだったんだよなぁ。
言っても信じちゃ貰えないんだろうけどさ。
ワタシはもう好きにしてくれやーって感じで、不敵な表情を作って腕を組んだ。
もうヤッちゃった事はどうにもなんないし、決闘でも何でもドンと来いってなモンだ。
しかしそんな態度のワタシに対して、おっさんは味わい深い表情のまま、溜め息を吐いてみせただけだった。
「こう言う時、妙な言い訳をしねえトコロがお前らしいよなぁ」
ぬう。何だか良く判んない反応ですな。
訝しげにおっさんを睨むと、おっさんは片手を放り投げる様にして、瞬間的に「やってられん」ポーズを決めた。
「俺だって全くの脳筋馬鹿ってワケじゃねえ。お前は魔法弟子だから、魔法士協会との付き合いだってあるんだし、今回の件じゃ魔法士協会の顔も立ててくれって言われりゃ、断れ無えって事くらいは判ってんだよ!」
おっさんはそう言い放って、やってられんポーズから、腕を組んでソファーに踏ん反り返る格好になってこっちを睨んだ。
「まあ押し付けられたってのは確かだし、しがらみだって色々あるけどさぁ・・・」
腕を組んだまま、片手で頬を掻きつつ考える。
魔法弟子は魔法師が任命する正式な助手で、騎士の世界で言う従騎士だけど、社会的なステータスはずっと上だ。
社会的なステータスが高いって事は、同時に社会的なしがらみも多いって事だから、魔法士の世界に詳しく無いおっさんが深読みしてるのかね。
「やっぱりなっ。だが今回、お前はそのしがらみに救われたってヤツだ。魔法士協会総裁陛下のお墨付きを持ってて、今回の討伐許可まで持ってるとなりゃ、幾ら小煩せえエラ方共でも誰も口は挟めねえ。雲の上の御方達の御取り決めってヤツに異を唱える事になっちまうからな」
ちょっと良く判らんって感じだったけど、面白く無さそうな顔のおっさんが吐いた説明ゼリフで、ワタシは漸く合点がいった。
あーあ、そう言う事かぁ。
「ソレってつまり、討伐依頼書を使ったのはヘルミネン侯と他ならぬおっさんってコト?」
「まあそう言う事だ。もっとも俺は、お前が魔法士協会総裁陛下のお墨付きを持ってるって事を追認したのが主で、後は大した事をしちゃいねえがな」
成る程な。それじゃぁ、おっさんはワタシを責められんわ。
おそらく、おっさんは「ワタシがオネエの指令で魔物ドラゴンの単独討伐に出た」事を公の場で認めてしまったんだと思う。
あの時ワタシは、オネエとボソボソやりとりをした直後にスッ飛んで行ったワケだから、普通に見たらそう見えるしね。
一度公けに認めてしまった以上、それに反する事を名目に相手を非難とか出来ないから、この場はワタシの勝ちって事になるけど、コレ、シャレになんない問題ですよ。
だって、魔物ドラゴンを討伐したのは「魔法士」って事に成っちゃうからだ。
「ま、コレを見てよ」
ワタシはインベントリから魔物ドラゴン討伐依頼書を出して、ローテーブルの上に置いた。
実はワタシが持ってる依頼書にも、オネエが持ってる(筈の)その写しにも、当のワタシのサインは入っていない。
貰った時は狂喜乱舞しそうだったけど、独りきりで倒し切れるかどうかも判らんのに、こんなのにホイホイとサインなんか出来ないもんね。
オネエにだって「単独討伐になった際の保険にしたいので、今はサイン出来ない」って、ちゃんと言ってあるんですよ。
「やられたっ!」
依頼書を見るなり、おっさんが顔を手で覆って仰け反った。
だろうな。多分オネエはおっさんに、ワタシがオネエの指示で魔物ドラゴン討伐に向かったんだと言ったんだろうし、情況から考えてそうだと判断したおっさんがまんまとノセられちゃったってトコかね。
エラ方さんがどうとか言ってたのもソレなら判る。
おっさんってば、雲の上から降りて来て政治屋共を丸め込んだオネエに、本部でイイ様にヤられちゃったんだろうな。
「それじゃ、おっさんはワタシの単独討伐を責められないねぇ。それどころか、ヘタすると総裁殿下に手柄を取られたって怒られちゃうんじゃない?」
もしワタシの考えが当たりなら、おっさんは「討伐士教会の代表者」として「魔物ドラゴンを討ったのは魔法士協会の魔法士」と認めちゃったコトになるから、普通なら怒られるどころの騒ぎじゃ済まないけどさー。
「ああ、くっそぉ! あのオカマ野郎!!」
頭を掻き毟って悔しがるおっさんが面白いです。
でもまぁ、そもそも悪いのはこっちだしね。何時までも意地悪するのもナンだ。
「ワタシは任務部隊の副指令格、兼遊撃手だよね? ワタシ達任務部隊の任務は『アリー個人と周辺の人士を含めたデラージュの護衛』だから、ワタシは双方の命を受けて魔物ドラゴンと戦った事に出来るよ。なんたって、ワタシってば『ギャロワ様が危ない~』って言ってスッ飛んでった形なんだからさ」
ワタシがそう言うと、掻き毟ったお陰でボッサボサになった頭のまま、おっさんの動きがピタっと止まった。
「そう言われるだろうと思いまして、既に書類は用意しております」
フッと横から入って来た言葉で気が付くと、何時の間にかおじ様がワタシの隣に座ってた。
ううーみゅ。
4フィート(約120cm)くらい離れてるけど、瞬殺圏内に入られても気が付かないって言うのは、ワタシってば何時の間にか、おじ様を身内認定しちゃってるみたいだなぁ。
「随分と用意がイイな、ドバリーさんよ」
「魔物ドラゴン討伐依頼書」と銘打たれた書類を出したおじ様に、おっさんが恨む様な視線を向けた。
「マリー殿が飛び出して、閣下が後を追われましたから、任務部隊としては作戦の範疇と判断致しましたので」
何時もながらの飄々とした感じのおじ様に、流石のおっさんも毒気を抜かれたのか、受け取った書類にサラサラとサインを入れた。もち、ワタシもその後でサインを入れる。
「おいマリー、これでまた俺はお前に助けられちまったってコトかぁ?」
「逆じゃ無い? ワタシがおっさんに借りを作っちゃったから、返しただけだと思うよ」
「あ? ああ、まあそうなるか。だが俺は、お前とのあの協定はぶっちゃけどうでも良かったんだ。獲らせてやろうとすら思ってた。何しろ借りが溜まりに溜まってやがるしな」
ちちぃっ。おっさんのヤツ、魔物ドラゴン戦でワタシのサブ(手下)をやる積りだったのかよ。
オネエの依頼書の件で罪悪感とか感じてたワタシが馬鹿みたいだ。
「はぁ」
なんか力が抜けちゃって、自動的に口から溜め息が漏れた。
疲れるって訳でも無いし、安堵って感じでも無いし、何かちょっと不思議な感じだね。
「まあ色々とありましたが、取り敢えずは目出度し目出度しと言った所でしょうし、此度の作戦の成功を祝って、祝杯でもどうですかな?」
おじ様の言葉にローテーブルの上を見てみれば、何時の間にやらグラスとシャンパンが置かれてる。
にゅうん。おじ様って、こう言う所は本当にレティとイイ勝負だよなー。
「どの道、もう支度も終わる頃でしょうし、我々もそろそろ祝賀ムードに入っても宜しいのでは」
「まあそうだな。今の書類で協会のメンツも立つ事になるし、目出度し目出度し、か」
何となく全員の力が抜けた感じの空気の中、ボサ髪のおっさんが、おじ様に促されてシャンパンのボトルを手に取った。
「ああソレ、ちょっと待って」
ワタシはおっさんからシャンパンのボトルを奪い取ると、そっと囁く様に魔法を掛けた。
冷却の魔法は「熱を奪う魔法」だけど、こう言う場合には「物の動きを落ち着かせる魔法」の方が効率的に中身を冷やせる。
勿論、ソレは持論自説の類だからまだ人には言えないけれど、少なくともコレならボトルがキンキンに冷える事無く、中身だけを冷やせるからね。
「そういう所を見るとお前って、討伐従騎士と言うより、魔法弟子なんだよなぁ。正直、どんな魔法を使ってるのかすら判らねえ」
多分冷却の魔法を使おうとしたんだろうおっさんが、お手上げのポーズでおどけてみせた。
「正直、ワタシはどっち付かずで居たいんだよね。双方から貰える肩書きは嬉しいけど、やろうと思ってる事を考えたら、それ以上は邪魔って感じかな」
こんな時だし、ちょっとは本音で喋ってもイイよねと思って隠してる事を口に出すと、何故かおっさんもおじ様も、急にビックリした様な表情で固まった。
「えっと。その反応ってちょっと酷くない?」
全く。ちょっと本音で喋り出しただけで、こんな海千山千の強者達が固まるなんて、一体ワタシをナンだと思ってやがるんでしょうか。
「何しろ、他ならぬお前がやろうとしてるコトだからな、誰だって身構えちまうのも無理は無えだろ。で、ナンなんだ? やりたい事ってのはよ」
「少々異端の魔法研究だよ。話すと長くなるから此処では言わないけど、ちょっとワケ有りでさ」
二人の内、早くも固まりから抜け出たおっさんの質問に、サラサラっとした感じで答える。
流石に「自前魔法症の研究」だの「本当の火系魔法の研究」だのなんて、そうそう口に出せるコトじゃないからねぇ。
「双方の協会から追われかねない程の異端研究ですかな?」
「トンデモ無い利権が発生しかねないから、ある意味ではそうかな。そもそも法に触れる触れないと言うより、法の埒外の話だしねぇ」
おっさんに遅れて固まりから抜け出したおじ様にも、外郭だけながら、ちゃんと答えた。
なんかこの二人には、まるっとしたウソは吐きたくないんだよな。
特にこう言う場では尚更だ。
「成る程な。お前の天才っぷりにビビって今まで気が付かなかったが、お前にもお前の目標だの、ブチ当たる壁だのってヤツがあるんだな。それが判っただけでもヨシとするか」
中身が冷えたせいか、何時の間にか汗でビッショリって感じになったシャンパンの栓を抜きながら、おっさんが笑った。
本日もこの辺で終わらせて頂きます。
読んで頂いた方、有難うございました。




