090話
「しかし、本当に今日は凄まじいご活躍でした。私も討伐士として長いですが、あれ程の強者を見たのは初めてでしたよ」
おじ様は向かい側のソファーに座ると開口一番にそう言って、何か本当に素晴しいものでも見るかの様な目でワタシを見た。
にゅ、にゅう。テレるなぁ。
アリーの愛車の中で、討伐戦の間中、おじ様がワタシを見てたって事は聞いてたけど、そんなして言われちゃうと、どんな顔をしていいのかも判んなくなっちゃうよ。
「いやぁ、完全に偶然の産物と言うか、偶然を生かしたと言うか、そんな感じなので、そこまで持ち上げて頂かなくても・・・」
何となくおじ様と目を合わせ難くなって、ワタシは部屋の中を見回した。
ここは初日にも来たおじ様の執務室だ。
魔物ドラゴン退治記念で今夜も宴会と言う事になったのはイイけど、準備に時間が掛かるので、それまでの時間潰しにっておじ様に誘われちゃったんですよ。
「はははっ。持ち上げられるのはやはりダメですか。しかし今日のマリー殿の戦いは、討伐に携わる者としてとても興味深い物でしたので、色々お聞きしたい事があるのですが」
「どうも褒められる事には慣れて居ないものでダメなんですよ。すいません。でもそう言うお話なら、お付き合いさせて頂きます」
ちょっと嬉しそうな顔になったおじ様を見て、心の中でそっと溜め息を吐く。
ホントは討伐話は遠慮したいけど、騎士として興味があると言われれば退くに退けない。
この前のフェリクスおっさんの煙り芸もそうだけど、ワタシだって知らない技を見たら、絶対に一度は訊いてみるもんね。
「いや、それは有り難い。しかしオマリー卿の指導はさぞかし過酷だったのでしょうなぁ。私なら弟子がこれ程に育ったのであれば、それこそ褒め捲くると思いますがね」
前は居なかった副官っぽい人が紅茶を入れてくれたので、ワタシがお礼を言って口をつけると、おじ様が妙な事を言って来た。
うーん。確かにししょーは厳しかったけど、ワタシが褒められる事に慣れていないのは、主に父上とその御付連中のせいなんだよなぁ。
世間では子供は褒めて伸ばせって言うのに、もー小さい頃から毎度毎度、顔を合わせるたびにお小言の連発で、褒められるどころか、まともに話を聞いて貰った事すら記憶に無いくらいだ。母上とは仲が良かったけど、クロ君が大きくなるまではあまり会う機会が無かったし、レティは昔からあんな調子だったしね。
あんな環境でまともな人間が育つワケないよなぁ。
って、ワタシはまともじゃないってコトかいな。
「ししょーは厳しかったですが、そのせいでは無く、これはワタシの生い立ちが原因ですね」
取り敢えず、ししょーの事は弁護しておこう。
あれでも少しは褒めてくれる時もあったし、嘘吐きだろうがなんだろうが、ししょーが居たからこそ今のワタシがあるんだしさ。
それにあのヒトって、どーも嫌いになれないんだよな。似たもの同士って言うか、そんな親近感もあるしねぇ。
「成る程・・・判る、と言ってしまうのは簡単ですが、ご苦労されたのでしょうなぁ」
感慨深げに肯くおじ様に心の中でゴメンと謝る。
でも、嘘は言って無いよね?
嘘なのは御落胤ってコトだけだから、後の想像はおじ様の自己責任ってコトで宜しくお願いしますって感じだ。
「そう言えば、御令嬢はもうお休みになられたとか?」
二三度肯いて顔を上げると、閑話休題って所か、おじ様がアリーの話を振って来た。
「ええ。流石に戦場を突っ切ってワタシを迎えに来たのは応えた様で、お風呂を出たらすぐ寝ちゃいました」
「そうですか。まぁ、素人では無いと言うだけで、初めての大規模戦場だったのでしょうし、年齢から考えても当然なのでしょうが、あの素晴しい自走車の舞いに同行させて頂いた私と致しましては、何か不思議に感じてしまいますな」
不思議そうな顔で笑うおじ様に、これまたゴメンと心の中で謝る。
アリーが寝ちゃった最大の原因はワタシだからだ。
あの後、ワタシは自走車メンテの終わったアリーと仲良くお風呂に入って、本当の意味で打ち解ける事が出来た。
極々一部分だけとは言え、ワタシだって魔法工学をやってる身だから色々と話してみたら、二人の研究には結構重なる部分があったりもして、かなり盛り上がっちゃったんですよ。
「判ってくれるのはお姉様くらいですっ!」って抱き付かれちゃったりして、もー至福の一時でした!
ただねぇ。盛り上がったのは良かったんだけど、凄い勢いで喋り捲ったアリーがお風呂を出たら、のぼせたせいか倒れそうになっちゃって、そのまま寝室へ行っちゃったと言う要らないオチまで付いちゃったんだよな。トホホ。
「おじ様を乗せてたので緊張したんじゃないですかねぇ、あははは」
乾いた笑いで誤魔化して、強引に話題を変えようとすると、おじ様はフッと例の嫌味の無い含み笑いを見せながら話題を変えて来た。
「ところで、突然妙な事を訊く様ですが、魔物ドラゴン討伐の際にブレスの盾に使っておられたアレは、使い魔か何かなのですか?」
おおっと、話題が変わったと思ったら、いきなり核心的な質問が出て来ちゃいましたよ!
使い魔ってのは、低級な魔法生物を魔法で縛って働かせるってヤツで、魔法師級の連中には割りとポピュラーなワザだ。
この程度の高低ってのはオツムの出来ってワケじゃ無く、存在その物の強弱を指す。
クーちゃん達の様な程度の高いヤツは、魔法力さえあれば自力で物質化出来るし、例え物質化した身体を失っても、全く本体には関係無いのに対して、程度の低いモノだと外的要因でも無い限りは物質化なんて出来ないし、身体を失えば、場合によっては本体その物まで消滅しちゃうんだよね。
「まぁそんな所です。一応秘匿必須の魔法ですので、詳細は口に出来ませんけど」
模範解答乙! って感じに答えると、おじ様はさもありなんと肯いた。
「成る程成る程。オマリー師直伝の魔法技って所ですな。しかし正直に言いますが、私は同時に数体もの使い魔を操りながら戦う剣士を見たのは、それなりに長い人生でも初めてでしたので、結構驚いたのです」
「数体のゴーレムを同時に操りながら剣技を振るい捲くったと言うなら驚きですけど、ワタシはししょーを見慣れてますからねぇ」
ゴーレムって言うのは魔法で動かすロボットで、大きさにも拠るけど魔法力をバカ食いするから、普通は一体しか使えないし、その上で剣技やその他の魔法ワザまで使ったら、人外サンどころか本当の化け物だ。
大仰な事を言ってまたまた無理矢理に閑話休題を図るワタシに、おじ様は微笑んで肯きながらも、ちょっとヤバそうな紙に何かを書き始めた。
ぬう。ソレはなんですかね。
「後はですな、思考加速下での動きを見慣れている私ですら一瞬見失った跳躍の際に、魔物ドラゴンに何をされたのですか? あれを境に、一挙に魔物ドラゴンを畳み掛けようとされた様でしたが」
あれ? コレってもしかして取調べですかね。その紙って、結構な報告書っぽいんですけど。
おじ様は書く手も見えない様な凄いスピードで紙に何かを書き連ねながらも、こちらを向いてニコニコしてる。
うーむ、何か凄いワザだわ。笑顔のおじ様が急に怖くなって来ちゃいましたよ。
「実はそれも秘匿魔法技術なんですけど、おじ様には見せますよ。コレを魔物ドラゴンの口の中に突っ込んだんです」
一瞬、ちょっと引き気味になりながらも、ワタシはインベントリから爆炎地雷を一個出して、ローテーブルの上に置いた。
流石に何もかも秘匿するワケには行かないし、この程度なら見せたって構わないと思ったんだけど、爆炎地雷を手に取ると、おじ様の表情が一気に変わった。
ありゃ、ちょっとマズかったかな。
「これは! いや、流石にこれは見なかった事にさせて頂きます。マリー殿、これをレティ殿以外の誰かに見せられた事はありますかな?」
真剣な表情に様変わりしたおじ様が、身を乗り出して訊いて来る。
ぬう。これってやっぱ色々とマズいブツなのかな。
ほぼ全てが自作だからどうでもイイと思ったのに、おじ様の様子が只事じゃない感じだ。
「レティにも見せた事はありませんが、何か問題があるのですか?」
「これは人造魔石でありましょう。私は偶々以前に見た事があるのですが、門外不出と言って良い程の高度な魔法機密です。くれぐれも見せる人物は限られます様に」
ワタシの疑問に即答したおじ様が、真剣な顔から怖い顔になった。
ぬにゅう。そんなの全然知らなかったよ。
って言うか、だったらこれの開発者であるコーネリアさんって何者なんだ?
「普通の人造魔石ならば箱型の筈です。丸く削り出す方法も無い事はありませんが、これはそんな紛い物では無く、初めから球形に作られた物である上に、私が全く知らない技術で内部に魔法陣まで抱え込んでおるではありませんか。魔法士協会の最奥に通ずる、途轍も無い品と言って間違いは無いでしょう」
人造魔石って、普通は薄い真鍮とかで作った箱の底に魔法陣を書いて作られるから、確かに珍しいなとは思ってたけど、それ程の物とは思わなかったよっ。
驚いておじ様を見れば、おじ様は目を瞑った上に黙って首を振ると、そのまま爆炎地雷をワタシに返して寄越した。
受け取った爆炎地雷をインベントリに仕舞い込むと、ワタシは溜め息を吐いて紅茶を飲んだ。
「家に伝わる製法で作った物だったのですが、それ程の物とは思っていませんでした」
「で、ありましょうな。さもなくば貴女に叙任された騎士でも無い私如きに、軽々しく見せられる筈がありません」
取り敢えず、今のは無かった事に致しましょうとおじ様が言われたので、ワタシも即座に肯く。
副官の人も呼び出されて部屋を出て行った後だったし、ワタシとおじ様が黙っていれば問題は無いしね。
でも、何時も優しげなおじ様があんな怖い顔をするなんて相当のヤバ物だよな。
誰にも言わない内に判って良かった!
「ブレスが当たって倒れたかの様に見せかけ、隙を突いて一瞬だけ魔物ドラゴンの魔法障壁をレジストして懐に入り、一気に勝負を掛けた・・・と、これでどうでしょうか?」
ホッとして紅茶に口を付けると、おじ様が「こんなん出ましたけど~」って感じで、報告書っぽい紙を見せて来た。
ぶふっ! 思わず噴出しそうになっちゃったよっ。
ソレって、相手に見せちゃって良いモノなんですかね。
「いや、別にそれで構いませんが、こちらに見せても良いものなのですか、それって」
「普通なら口頭で述べるだけですが、場合が場合ですからな。そもそも、私はマリー殿を騙す様な形で報告書の作成に入ってしまいましたので、そのお詫びもあります」
ちょっと神妙な顔になったおじ様が弁解めいた事を言ってくるけど、別に騙してはいないでしょ。
おじ様は最初に「討伐に携わる者として」と言ってる訳だから、軍監だってその範疇に入るし、気が付かない方が悪いんだよ。
ま、ワタシは気が付かなかったけどさ。
「別に騙されたとは思ってないですよ。わざわざ目の前で妙技を見せて頂いたワケですし」
「そう言って頂けると嬉しいですが、仕事とは言え、余り心象を悪くしてしまっては、将来にマリー殿の下へ行けなくなってしまいますからな」
本当に騙す積りなら誰だってもっと巧くやるし、しかもわざわざ目の前で報告書を書いたりもしない。
最初っからそんな気が無いのは丸判りだ。
おじ様は多分、マズいと思われる部分だけを外そうと考えてたんだろうけど、予想以上にワタシがやった事がヤバかったから、捏造に切り替えたんだろうね。
「何か色々と申し訳無いです」
ワタシが謝りつつも頭を掻くと、どう考えても捏造だよなーって感じの報告書をポイっと置いて、おじ様が笑った。
「後は白剣が凄かったと言う事で終わらせておきましょう。なに、白剣と言えば総裁殿下の持つ黒剣と対を成す剣ですから、誰も疑いますまい」
なんだかなー。おじ様は笑ってるけど、討伐士協会本部の軍監サマが、こんな堂々と報告書を捏造しちゃってイイんですかね。
しかも、ワタシが当初考えてた言い訳とネタが同じだし。
でも、こっちとしてはとても有り難いことだ。少なくとも、ワタシが言うよりおじ様が書面で言えば、説得力が段違いなのは間違いない。
ワタシは少しホッとして、紅茶の残りを飲んだ。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、有難うございました。




