082話
代官公邸のある高級住宅街を歩く。
本来であれば日中も静かな筈のこの辺りの道も、今は荷物を満載した荷馬車だの何だのでごった返してて大騒ぎだ。
実際に魔物ドラゴンが出ちゃったんだから、一般の人達は逃げ支度になるのが普通だと思うけど、これって多分、昨日からそうだったって事だよね。
「ランスの街もこれまでか」「デラージュ閣下が攻勢を掛けられているそうだが」「とにかく街を離れないと」
早足で道を歩く人達の声を聞けば、誰も彼もがかなりの焦り様で、明日にもこの街が焦土にでもなる様な雰囲気ですよ。
まあ、気持ちは判るけどねぇ。
魔物ドラゴンって言えば、十年くらい前に東聖王国の辺境で出た事があるんだけど、その時は城塞都市が二つ、地図から消えてるんだもんな。
あのテの化け物には城壁なんて通用しない上に、銃どころか大砲やバリスタでも掠り傷一つ付けられないから、大抵の人間はただ逃げ惑うしか無い。
でも魔将って連中は、人が多い方多い方へと移動するから、皆が同じ方へ逃げればそっちを追って来るんで、逃げ方も考えないとマズいんだよね。
西聖王国の人達って、本当に魔物に慣れてないんだなーと、つくづく思う。
まだ手足が無かったヴィヨンでの討伐時にカタを付けてれば、こうは成らなかったんだから、討伐士協会の責任は重大だけど、魔物に対する考え方がアマいからそんな事に成るんだよ。
結局、魔物が出難い地域に住んでる人らって、頭の中が平和なお花畑って事なんだろうな。
ここがマルシルの城塞都市だったら、2日もあれば組織的な避難なんか終わってるし、十年前の東聖王国の話だって、急襲された一つ目はともかく、二つ目は住民避難後に魔物ドラゴンを釣り出して、城塞都市ごと葬り去る罠にされたんだしね。
「はぁ」
何か溜め息が出ちゃう。
もしこんな状態で、今日の攻勢とやらが頓挫したら、一体どれ程の騒ぎになるんかな。
本当だったら、さっさとトンズラしちゃいたい所なんだよなぁ。
そんな事をウダウダと考えながらも歩いてると、気が付けば目的の建物の目の前に出てた。
「魔法士協会ランス支局」って、入り口前の大きな石碑(?)にデカデカと刻んである建物は、見上げるくらいにデカイから馬鹿でも判る。
上も高いけど、横も凄いですよ。
何て言うか、大きな敷地一杯に巨大な四角い石の塊があるみたいな感じで、威圧感がハンパじゃ無いです。
「関係者以外、立ち入り禁止!」と言う高札が立ってる入り口も、如何にも排他主義の魔法士協会らしい雰囲気で、憂鬱ポイントが高い。
この中に入るのって、何かイヤだよなぁ。
ワタシが此処に来たのは、朝早くに魔法士協会の呼び出し状を持った使者が代官公邸に来たからだ。
「支局長閣下からの直々の呼び出しです。指定の時刻に必ず出頭するように」
何処も変わらずと言った、高圧的な使者の態度にウンザリしたけど、それに部隊の人達がキレて、ジュリアンさんが対一の決闘に持ち込んだ挙句、ボコボコにして土下座させてて笑った。
みんなして笑いながら見物してたし、フェリクスおっさんまで大笑いして見てましたよ。
おっさんが言うには「こんなのは何時もの挨拶みてぇなモンだから気にするな」と言う事らしい。
魔法士協会に負けず劣らず、討伐士協会も結構コワい所だよなぁ。
使者の人、トラウマにならなければイイけどねぇ。
「お嬢様、立っていても仕方がありません。中に入りましょう」
敷地の前でまごまごしていると、今まで侍女らしく沈黙を保って付いて来てたレティがせっついて来た。
はぁ。なんかレティのヤツは気合が入ってるし、仕方が無いから行くかね。
コイツは昨夜からとても機嫌がイイ。
昨晩の夕食だって、協会の人達と一緒になってエラく豪勢なパーティ料理まで作りやがって、「紅蓮の翼退治記念」とか銘打って大騒ぎでしたよ。
しかも何だか知らない内におじ様と意気投合しちゃってて、おじ様が「執事長」で、レティが「侍女頭」をやるって事で勝手に盛り上がってやがるし。
全く。昨日の小芝居はなんだったんでしょうねぇって感じだ。
もっとも、こっちもこっちで可愛いアリーと料理の食べさせっことかして、かなり堪能しちゃったんだけどね。
作法もクソも無い宴会じゃなかったら、そんなの出来いもんな。
小さなお口でむぐむぐと食べるアリーが、とっても可愛かったですっ。
「とても不思議なのですが、何故討伐士協会に使いを出すと、使者が重症を負わされるのですかね。野蛮人共の思考など判りたくもありませんが、理由をお聞きしたい物ですな」
入り口で魔法士章と書状を見せたら、とってもエラそうな男が出て来て、案内すると言い出したので付いて行くと、開口一番から嫌味の応酬になった。
「さぁ? ワタシは討伐士協会の者ではありませんし、討伐士協会にお尋ねになっては如何でしょうか」
「己を知らず、分も弁えぬ者とは恐ろしい物ですな。虚勢を張るのも子供らしくて面白いとは思いますが、将来に悔恨の涙を流しても知りませんよ」
「それは石の塊に引き篭もって、外が見えない方々に言われてみたら如何でしょうか。存外面白い物が見えるかも知れません」
どうやらこの案内人は貴族の様で、これみよがしに金の印章指輪を嵌めてる。
バカだよなぁ。生まれついての貴族なら、普段は印章指輪なんて着けないのが嗜みなのに、ソレで威圧してる積りなのかな。
何処の山出しかは知らないけど、こんな阿呆、田舎と言われるマルシル王都の支局でだって笑い者だ。
「一言申しておきますが、くれぐれも閣下の御前でその様な不遜な口を叩かない様にしなさい。貴女など、閣下の前では塵も同じですよ」
どうやら目的の部屋に着いたようで、男が扉の前で立ち止まって警告を発して来た。
うんうん。塵も同じねぇ。
だったらお前だってそうなんだろうよ。
「!!!」
インベントリに左手を突っ込み、5つの印章指輪を裏向きに嵌めて目の前で振ってやると、男が愕然とした顔でよろめいた。
「貴方のお顔は覚えました。仰られたお話、大変興味深くて、とてもではありませんが早々には忘れられそうにありませんね」
フフンと鼻を鳴らしながら左手を再度インベントリに突っ込んで、指輪を外す。
インベントリ内操作って本当に便利!
「あ、いやっ、そ、その様な戯言は、すぐにお忘れになられるべき、かと・・・」
愕然とした表情のまま、しどろもどろに返事を返す男が、それでも何とか扉を開けたので、ワタシはお礼を言って中に入った。
いやぁ、流石に金色指輪5連発はキくわぁ。
貴族の印章指輪ってのはかなりの魔法仕掛けだから、例え端くれでも魔法士なら大雑把な真贋くらいは判るだろうと思ったんだけど、凄い効き目ですな。
何故かは知らねど、レティから受け取ったブロイの印章指輪も本物だったしね。
「あらあら、また随分と見目麗しい方なのねぇ」
中に入り、短いウェイティングスペースを抜けた瞬間、いきなり声を掛けられて、ちょっとビックリする。
見れば如何にも「オネエ」って雰囲気の男が、豪奢なソファーに座ってこっちを見てた。
今度の強敵はオネエかよって思ったけど、これはちょっと只ならぬ雰囲気ですよ?
豪華絢爛な応接室(?)にはその男一人で、他には従者もメイドも誰も居ない。
オネエ野郎はどう見ても生粋の貴族、それもかなりの高位貴族と思われる感じなのに、従者どころか他に人っ子一人居ない部屋に居るなんて、ヤバいにも程があるよ。
不敬になるのでレティは部屋の外に置いて来てるから、ワタシも一人なワケだし、コレ、何かまたハメられた臭い気がするな。
「いきなり失礼だったかしら。でもワタクシ、貴女とはざっくばらんなお話がしたいのよ」
オネエが続けて声を掛けて来た。
うーん。貴族にオネエっぽいのが多いのは常識だけど、コイツってば唯のオネエ野郎じゃ無いよ。
隠蔽魔導具をカウンターしてこっちの素顔を見てるらしいけど、直感が告げる通りなら、このオネエはそんな程度は児戯に等しい、ハンパじゃない人外サンだ。
うにゅう。こりゃまた難題が降って来そうな予感がするねぇ。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、ありがとうございました。




