079話
車窓から見えるランスの街並みは、中心街だけあって大層立派だ。
リプロンに匹敵する程に石造りの豪華なお店が建ち並び、その建物同士の隙間は殆ど無い。
最上階の部分だけが造りによって若干異なるくらいで、高さもほぼ同じだから、何か石造りの長大な城壁の間を動いてる様な錯覚を覚える。
大通りと思しき道も、リプロン程では無いにしろ、かなり広めだ。
もっとも、大規模スタンピードが至近に迫ってると言うのに、街には妙な活気があって、それなりに広い道もかなり混雑してるんだよね。
おかげで協会御自慢の自走車もゆっくりとしか走れなくて、こっちはゆったり街並みを見物できる余裕があるんだけど、ランスがこれ程の街だとは思わなかったよ。
ま、古い街だとは聞いてたし、こんな感じで当たり前だと言えばそうなんだけどさ。
ワタシは何となくマルシルの王都を思い出して、誰にでもなくフフッと笑った。
なんだかんだ言っても城壁内の土地は限られてるから、古い町になればなる程、建物はどうしても上に伸びるし、建物同士も密着して来るのは道理だ。
しかも飛行する魔物対策もあって、街中は建物に結構厳密な高さ制限がある。
マルシル王都もそうだったけど、こう言うのってやっぱり何処でも同じなんだねぇ。
「まるで巨大な城だよね、この街って」
なんとなく独り言を口に出すと、前の運転助手席に居る軍曹さんが、クルっとこっちに振り向いた。
「古い街ですからこんな感じですよ。昔っから城壁を延ばそうって話だけはあるんですがね、そこまでの予算は無ぇってこって、何時もその問答止まりで終わっちまってるでさぁ」
この街の出身だと言ってた軍曹さんの言葉に、成る程ねぇと肯く。
そりゃ定期的に代官が入れ替わる王領の街だもんな。
代官は長期の計画なんてまずやりたがらないし、余程次官がしっかりしてないと、城壁の延長なんて大事業は出来っこ無い。
「しかし思ったより雰囲気はヤバいみたいですぜ? みんな逃げ支度だ」
軍曹さんに言われて、忙しなく行き交う人達を見れば、確かに大きな荷物を抱えてる人が目立つ。
言われてみればそんな感じだけど、って言う事は、デラージュ閣下は旗色が悪いって事なのかな。
魔物を退ける力を持たない一般の人達は、そう言う事を割りに素早く見抜くから、人々が逃げ出し始めたとなると、こりゃ本当にワタシの出番があるのかも知れないね。
「軍曹、もうすぐ准士官に成るんだから、その口調は改めた方が良いよ」
色々な人が乗ってるからか、運転席のジュリアンさんが、軍曹さんの言葉使いに注意する声を上げた。
「へっ? ああ、いやぁそうなんですけどねぇ。あっしは生まれが悪いモンですから、そいつは豚にモーって鳴けって言ってる様なモンでしょ」
運転するジュリアンさんに窘められたものの、ほとんど悪びれる感じが無い軍曹さんの言葉に、その場の全員が笑った。
なーんかこの二人って、いつも掛け合い漫才をやってる様な所があって、笑えるんだよね。
何気なく懐中時計を見れば、午後の4時前を指してる。
支局の大扉が閉まるのは午後5時だから、この分なら時間を気にしなくても良さそうだ。
そもそも、急に呼び出したのは支局の方なんだから、気にする必要も無いんだけどさ。
支局から伝令が来たのは、アリーとの至福の昼食を終えて一旦部屋に戻った所で、午後も3時をかなり回ってる頃だったんですよ。
何だか知らないけど「早急に話したい事があるからさっさと来い」って感じの内容だったから、二つの部隊の人達が一様に「何様だっ」って怒り出しちゃって、伝令の人を責め捲くるわ、本部に報告するって息巻くわで、結構な騒ぎになっちゃった。
ワタシとしては、所詮は一介の従騎士だし、別に気にもしなかったんだけど、特に怒ってるジュリアンさん達に訊けば、何でも彼らはランスにおいては正式にワタシの戦場従者となったとの事で、この作戦中は常にワタシの側に居る役を仰せつかったらしい。
ううーん、それはまた大仰な話だよね。
タダの8級討伐従騎士風情に戦場従者なんて、随分と大それた話だよ。
でもそんな事を言ったら「マリー殿の御活躍を間近で見る事が出来る権利を勝ち取った様なモノなので、むしろ御褒美だと思います!」とかって返されちゃって、ちょっぴりダウナーな気分になったのは内緒だ。
ちなみに、色々と面倒臭いので、ワタシの呼び名はマリーに統一して欲しいと言ってある。
だって何時までも「コーニス殿」とかって呼ばれちゃうと、何かヘンにエラくなっちゃった様な感じで気味が悪いしねっ。
「しかしある意味で丁度良いと言った所でしたな。マリー殿は7級へ書き換えられる必要がありましょうし」
ひとしきり前席の漫才めいた会話が続いた後、左隣に座るおじ様がこちらを見て言った。
そう。何故かおじ様まで一緒なんだよね。
「あのラブランとか申す阿呆が余計なちょっかいを出して来ないとも限りませんからな」
とか言って、かなり出来そうな感じの騎士二名を連れて付いて来ちゃったんだけど、仮にも支局長代理の騎士卿閣下を「阿呆」呼ばわりってどうなんでしょうか。
後席に座ってるレティのヤツが「ガルルルッ」って感じに威嚇する中、おじ様は気にも掛けない様子で涼しげな雰囲気だ。
うーん。コイツってば、何故かおじ様がワタシに絡む度にこうなんだよな。
なんでこんなにおじ様を敵視するのかねぇ。
どう考えても、おじ様はワタシに敵意が有る様に見えないし、変に擦り寄って来てるワケでも無いんだけど、おかしなヤツだ。
「ワタシが8級をクリアした事を良くご存知ですね」
同様にレティを無視しながら尋ねると、おじ様はにこやかに微笑んだ。
「御令嬢をお助けした際に、トカゲ共を50は斬り捨てたと聞いております。流石に8級証程度はそれだけでお終いで御座いましょう」
ああ、言われてみればそうだよな。
おじ様の言う通り、ワタシの書き換えたばかりの8級証はもうカンストしちゃってる。
トカゲ野郎は25ポイントとかって話だから、50も食っちゃうと連体破とか関係無く、7級に上がる為に必要な900ポイントを軽々超えちゃう。
8級からは結構時間が掛かると思ってたのに、なんだかなーって感じ。
もっともトカゲ野郎なんて、普通ならそうそう群れではお目に掛かれないし、例え見つけたとしても、普段ならワタシでも単独で突っ込もうなんて考えないもんな。
ある意味ラッキーだったのかも知れない。
ワタシが成る程と言った風で肯くと、おじ様は同じく肯いた後で話を続けて来た。
「しかしお気を付け召されよ。あのラブランと言う男は結構な狸ですからな。おそらくバルリエ卿は居られないでしょうし、どの様な仕掛けがあるやも知れませぬ」
ふんむ。どうもおじ様はこの出頭要請に付いて、何かの心当たりがある様な感じだね。
「そうですね。でもワタシの様な従騎士風情に貴族サマが積極的に関わって来る事は無いと思いますけど?」
「お墨付きの件一つ取っても、阿呆共が貴女に色々な難癖を付けて来る事は想像に難くありませんよ。用心なされるに越した事はありません」
おじ様の言葉にちょっと驚きながらも、ワタシはおじ様に深々と肯いて見せる。
やっぱりおじ様は件のお墨付きの話を知ってた、と言うか、そのお陰で巻き起こるだろう騒動まで予見して付いて来てくれたって感じだよね。
今にも噛み付いて来そうなレティの唸り声を聞きながら、ワタシは支局での騒動を思って、ちょっとゲンナリとした。
「ほへぇ」
何かバカみたいな声が出ちゃうけど、ランスの支局はリプロンの支局より小振りとは言え、やっぱりデカい。
車両用の門を超え、停車場で降り立ったのはいいけど、これでジュリアンさん達の先導が無かったら、絶対に迷ってたよ。
兵士の人に聞けば良いんだろうけど、略章とは言え、ブレイブと協会部隊佐官章を付けてる人間のやる事じゃ無いもんな。
付けろって言われたから付けた(佐官章は借り物)んだけど、貴族じゃあるまいし、こんな子供が付ける物でも無いと思うんだけどねぇ。
ちなみに時間は午後4時半丁度ってところだ。
自走車で来た割に結構時間が掛かったのは、現在、スタンピード討伐の司令部が近くの衛士隊本部になってる影響で、そこを迂回して来たかららしい。
レティと一緒に後列に座ってた、出来そうな騎士の人らを残して、ワタシ達が身内用の入り口から支局の建物内に入ると、中は随分と静かな雰囲気だった。
いや、静かと言うよりも、まるでお通夜の様にシーンと静まり返ってる感じだ。
しかし、途中で現れた案内の人に先導されてエレベーターで三階に出ると、驚いた事に、本来ならば貴族用のフロアであるそこは、全ての仕切りや備品が取り外され、唯のだだっ広い空間になってた。
しかも、何故か大勢の職員達がそこに突っ立ってる。
うむう。静かだと思ったら、職員の人達はみんな此処に居たんだね。
なんでかなぁ、と不思議に思ってると、奥から例の代理野郎がこちらに向かって歩いて来た。
「ふんっ。従騎士風情が大層な御一行様と言った様子だな。一体何様の積りかね」
代理野郎が口を開くと、立ってた大勢の職員達が代理野郎を基点として左右に分かれる。
うーん。コレ、もしかして代理野郎が、何かの威嚇目的で職員達を動員したんじゃないのかな。
ちょっとイヤな雰囲気だと思いながら、返答する為に前に出ようとすると、それを片手で制して、おじ様がワタシ達の前に出た。
「お言葉ですが、コーニス殿は協会本部からの依頼を正式に受託され、現在は上級佐官相当の職責に有り、本部主導による大規模作戦の副指令と成られておりますれば、事務官や武官が随行するのは当然の事で御座いましょう。閣下の方こそ、代理の身でありながらその様な物言いは本部、ひいては総裁殿下に対する侮辱と捉えられますが、宜しいので御座いますかな?」
おじ様が何かの宣告をするかの様に返答すると、代理野郎の顔色が見る見る真っ赤に染まって行く。
うわぁ。どう考えてもおじ様のセリフって挑発にしか聞こえなかったんだけど、この阿呆、それに乗っちゃうみたいですよ。
「黙れぃ、下郎! お前などの指図は受けぬぞっ!!」
「いやはや、下郎などとは罪人如きが大きな口を叩きますなぁ」
「貴様、憲兵如きにこの私がどうにか出来るなどと思うなよっ?」
「残念ながら、わたくしはその様な者ではありませんよ。ただ単に、明後日に発効する貴殿の逮捕状を持っておると言う事だけですな」
もうワタシなんかそっちのけで、代理野郎がおじ様に噛み付き続ける中、おじ様の口からちょっと驚きのセリフが出た。
騎士卿の逮捕状を持ってるって事は、要するにおじ様って第二軍のヒトじゃ無くて、最低でも協会本部が第二軍に送り込んでる軍監って事だ。
結局の所、おじ様はワタシに付いて来たと言うより、自分の仕事をしに来たんだね。
逮捕前の事情伺いって感じかな。代理野郎が職員を揃えたのも、自分を弁護させる為だったのかも知れない。
でもこうなったら全部ブチ壊しだよ。
これってさ、おじ様はこうなるのを予想して、ワタシをダシに使ったって事だよね。
うーん。アレのしぶちょーとソレーヌさんの件じゃないけど、ワタシってば、これまた全然関係無い所に首を突っ込んじゃった感じですよ。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、有難う御座いました。




