052話
「コンコン」
ホッとして一服していると、どうやらリーズが戻って来たみたいで、ノックの音が聞こえた。
「どうぞー」と声を掛けると、何か勢い良く扉を開けて部屋に入って来たリーズが、そのまま息を切らせてワタシの前までやって来たので、背中をさすって落ち着かせる。
「ご、ごめんねマリー、ちょっと、ドニ叔父さんの所に、行ってたんだっ」
はいはい。相変わらず元気な娘だよね。
取り敢えずは椅子に座らせて、レティの入れた紅茶を飲ませると、やっと落ち着いてきた感じのリーズが口を開いた。
「ねえマリー、本物の侍女の人が来たって本当っ?」
「ああ、うん。本当なんだよね。ちょっと変わってるんだけど、昔から付いててくれてるヤツでさぁ」
「凄いねー。マリーってホントに御落胤さんなんだね」
何かキラキラした目で話すリーズが可愛い。
でもリーズがこんな目をする時って、何かにとっても期待してる様な時だったよね。
それになんか、視線がワタシに合って無い気がするんですけど。
「ホホホ。お嬢様、こちらの元気な方は?」
うおっ!
いきなり背後から聞こえた声に振り向くと、何やらニマニマと妙な笑みを浮かべたレティが背後に立ってた。
こ、こいつ、何時の間にこんな所に移動してやがったんだよ。
気配まで消して忍び寄って来るなんて、どっかのヤバイ部隊のヒト達じゃあるまいし。
って、レティは元々はそっちの出身か。
「あぁ、うん。レティ、この娘はリーズって言って、この宿の娘で、最近出来た友達だよ」
ちょっとビックリしたものの、何とかレティにリーズの事を紹介すると、レティはすすっとリーズの前に移動した。
「レオンティーヌ・レスタンクールと申す、お嬢様の従者兼護衛の騎士で御座います。リーズ様、どうか宜しくお願いします」
慌てて立ち上がったリーズに対して、軽く膝を折りながら、騎士っぽい感じの大層な挨拶をするレティに苦笑する。
うわぁ。何かコレ、傍から見るとエラく仰々しいですわぁ。
キザっぽいって言うか何て言うか、見てるとかなり小っ恥ずかしい感じがする。
さすがにこれは恥ずいわ。今後はマジで気を付けよう、ホントに。
「あ、私はリーズ・ルーベルと申します。こちらの方こそ宜しくお願いいたします」
おんや。何かリーズってば、ワタシが昨夜教えたばかりの、淑女の挨拶所作を無難にこなしてレティに挨拶を返しちゃいましたよっ。
今日さっそく練習しちゃったのかなぁ。
騎士風の挨拶所作をカマしたレティも、この反撃にはちょっと驚いた感じですな。
しかし、挨拶が終わって顔を上げると、何故かリーズはそのままでレティに話し掛けた。
「あの、失礼ですけど、もしかしたらレスタンクール様って、文士のレスタンクール先生ですか?」
はえ? 何の話、ソレ。
「リーズ様、もしそれが『蔦薔薇の君』を書いた者のお話で御座いましたら、それは確かにこのわたくしで間違いはありませんが、わたくしの事はレティとお呼び下さる様にお願いしたく思います」
「ほ、本当ですか、レティさん!?」
レティの鼻に付くキザっちい喋りも気にした風の無いリーズが、何か嬉しそうに顔を上気させた。
「あ、あの、もし宜しければ、本にサインを頂いても宜しいですか? い、今持って来ますので!」
「無論で御座いますとも。お嬢様も宜しいですよね?」
「へ!? あ、ああ、うん。別に良いけど」
ワタシの返事を聞くや否や、リーズは「ちょっと行って来る!」と言い残して、また速攻で部屋を出て行った。
こ、これって、まさか・・・。
「にょっほほほほほ! 流石はひぃ様ですっ。たった2、3日で、もうあの様な可憐な少女を宿の部屋に連れ込まれるとはっ!」
バタンと扉が閉まると、レティのヤツが早速、まだ目をパチクリしてるワタシをからかって来た。
そっちは予想してたけど、リーズの方は完全に予想外だよっ!
「言っとくけど、別にアンタが想像する様な妙な関係じゃないからね? 普通に友達だからっ」
「ええ、ええ、判っておりますとも! ひぃ様の仰る『お友達』で御座いますねぇっ」
「勝手に下品な想像してろっての。それより、やっぱしあのレスタンなんちゃらって、アンタの如何わしい筆名なワケ?」
「如何わしい事など一切御座いません! あれは、そう、芸術なのですっ。ああ、素晴しきかな少女同士の愛の世界!」
人の気も知らず、恍惚とした表情で大げさに両手を挙げてその場でクルクルと回り出したレティに、ちょっとウンザリ。
って、そうじゃなくて!
「ああー、もうっ! そうじゃなくて、リーズはアンタのお下劣小説の愛読者なのかって訊いてるのっ?」
「お下劣かどうかはともかく、まず間違いありませんよ。ひぃ様ぁ」
ちょっと声が大きくなっちゃったワタシに、クルクル回りを辞めたレティが、ニヤニヤしながら答えた。
ウソでしょ?
なんかもうズガーンっと頭をブッ叩かれた感じだ。
だってコイツの本って、ものすっごいお下劣エロエロな内容で、最初の数ページを読んだだけで顔が真っ赤になっちゃう様な本なんだよっ。
そもそも、ワタシがコイツの裏稼業を知る切っ掛けになったのは、サラに一冊の本を渡されたのが原因だ。
まぁその時、サラのヤツに散々苦情を言われちゃったんだけど、何の事かとその本を読んだら、コレがすんごい内容でさぁ。
その名も「伯爵令嬢の化粧室」ってヤツなんだけど、なんと、それに出てくるユリリンな二人の主人公の特徴が、どう見てもワタシとサラだったんですよ。
もう細かい描写で外見的特長を書き捲くられちゃってて、一瞬、何か新手の嫌がらせかと思った位だ。
しかも内容はすっごいハードな官能ビアン小説で、ホント、読んでて顔が火を噴きそうになっちゃったよ!
そりゃあ、幾らサラのヤツだって怒るわ。
「まさかと思うけど、マリー、貴女は私にこう言う関係を求めてる訳じゃ無いでしょうねっ!?」
とかって念押しまでされちゃったもんな。
勿論、ブンブンとありったけ首を横に振って答えたけど、いやぁ、あの時は流石にアセり捲くりだったわ。
全く、なーにが芸術だっての。アレが芸術だって言うんなら、そこらのフン転がしの方がよっぽど立派な芸術家だっつーの!
なんかまだ色々とからかう様な事を言って来るレティを無視して溜め息をついてると、大層な装丁の本を抱えたリーズが帰って来た。
「リ、リーズ! もしかして、リーズまでコイツと同じ様に腐った妄想世界の住人なのぉ?」
思わず訊いちゃったワタシに、しかしリーズは、何かちょっと怒った様な態度を返して来た。
「何言ってんのよ、マリー! レスタンクール先生の本は高尚な芸術作品なんだよっ」
プンスカな感じで椅子に座ったリーズを他所に、ワタシは頭を抱えた。
ああ、コレはダメだぁ。
この可愛らしいリーズが、レティの腐り脳味噌の淫乱妄想世界にそこ迄ハマってるなんて・・・。
「リーズ様、悲しい事なのですが、お嬢様はわたくしが余技でやっております文芸活動に御理解が無いのです」
「そんなっ!? だってレスタンクール様と言えば、シルバニアの年間グランプリにまで輝いた文芸大家の作家様なのにっ」
「酷くお怒りになられて『もう二度とこんな物を世に出すなっ!!』と、目の前で本を焼かれてしまった事もあるのです」
「ひ、酷い! 酷すぎるよ、マリー!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏すワタシを他所に、二人の会話が続いて行く。
はぁぁぁ。シルバニアの女王までそんなお下劣趣味だったなんて、初めて知ったよ。
世の中って恐いなぁ。
「マリー、聞いてるの!? 幾らレティさんが自分の侍女だからって、そんな酷い事するなんてあんまりだよっ!」
テーブルに突っ伏すワタシの上半身を、ゆっさゆさと揺らして抗議するリーズに負けて、ワタシはぬぼーっと起き上がると、リーズが持って来た本を奪い取った。
「こんな超過激淫乱官能本をリーズまでが文芸とか言っちゃうなんて、世も末だよ!」
取り敢えず絶叫!
ついでに揺らし攻撃の仕返しにジト目でリーズを睨む。
ところが、何故かリーズの剣幕は全然変わらなくって、プンスカした表情もそのまんまだ。
ぬう。コレが世に言う「洗脳」ってヤツなんですかねぇ。
「マリーっ、絶対に何か勘違いしてるよ! その本読めば判るから、今読んでみてよっ」
しかも、今此処でエロ小説を読めなどと仰ってきちゃいましたよ。
ええー? 見なくても判ってるよ、そんなのさぁ。
でも、ぬぬぅって感じに睨み返すリーズの迫力に負けて、ワタシは仕方無くページを開いた。
んん? なんだコレ?
「どう? 何か下品な描写とかそんなのあるっ?」
アレ? アレレ? 何これ。
ページを開いて出て来た文章は、読んだ瞬間に顔真っ赤って感じになるかと思ったら、意外にそうはならなかった。
それ所か、エロっぽい表現のエの字も無い。
「なんだコレ!?」
思わず顔を上げると、してやったりって表情を満面に湛えたレティのヤツが口を開いた。
「最近、わたくしの名前を捩った様な筆名で、悪質な官能小説を書く輩がおりましてねぇ」
ぐぬぬぬぅぅぅっ。コレってなんか、レティのヤツに思いっきりヤられた臭い。
こ、こいつ、もしかして置いてきぼりにした件をまだ根に持ってやがったのかよっ。
「マリーが先生とその悪質な輩を一緒にしてたって事ですか?」
「どうやら、この御様子ではそのようで御座いますねぇ」
「マリー、誤解が解けたんだったら、レティさんに謝らないとダメだよ?」
レティのニヤけ顔を見た瞬間、真っ赤になって俯いたワタシの頭の上で勝手に話が纏まって、リーズがワタシに懲罰を課してきた。
くくくっそぉぉぉ、レティのヤツゥゥゥ!
顔を俯けたまま、音が出そうな程歯軋りをするワタシに、流石のレティもこれ以上は危険と思ったのか、リーズに見えない机の下で足をポンポンと叩いて来た。
和解のサインだ。
うにゅうっ。腹が立つけど、そもそも最初にレティを捨てる様なマネをしたのはこっちなんだから、何にも言えないぃぃぃ。
「まあそれはともかくリーズ様、御本はこれ一冊だけですか? サイン位でしたら、お持ちの全ての本にさせて頂きますが」
和解のサインは本物だって事をワタシに示す様に、レティがリーズに人参をブラさげる様な事を言うと、素直なリーズはすぐにそれに乗った。
「ほ、本当ですかっ! い、今すぐ持って来ますっ!!」
レティの話を聞くや否や、さっきと同じ様にまたダッシュで部屋を出て行く、素直なリーズが可愛い。
はぁ。何か、何も知らないリーズを巻き込んじゃったっぽいよね。
こんな意趣返しを食らうなんて想定外だったから、しょうがないんだけどさぁ。
「にょほほほ。ひぃ様、コレで置いてけぼりの件は帳消しにして差し上げますよぉ」
リーズが居なくなった直後、まだ俯いてるワタシに、レティがシレっとして声を掛けてきた。
「大体、最初の御約束を反故にしてまで、このレティの忠誠を確かめられたワケですから、この位の罰はあっても当然ですっ」
うわぁ、レティってば、あんなどーでもイイ話を真に受けてやがったのか。
実はワタシが山中にバカな事をやりに行く際、コイツに速攻でバレたんで、その時に陰謀仲間に引き入れた経緯があるんだよね。
で、その時に「出奔する時はレティも連れて行くから安心してよ」とか何とか言った記憶が確かにあるんだけど、まさかあんなその場凌ぎのウソ八百を信じてるとは思わなかったよ!
「お判りですか、ひぃ様? 臣下と言う者は利で動く者では無いのですから、利を説かれても丸で無意味。臣下には臣下の行動原理があるのだと理解して頂けなければ、これから先も相当苦しむ事になりますよ?」
「ああ、もう、判ったってば。だけど、誰にだって現実の生活ってモンがあるでしょ?」
「その現実の生活とやらが余技の範疇で出来る者だからこそ、臣下が名乗れるのです。そうでなければ、それは唯の寄生虫と言うモノですよ」
シレっとした顔で言い切るレティに、文句の一つも言ってやりたい所だけど、とてもじゃ無いけどそんな事は言えない。
だって、もしワタシが誰かに仕えるとしたら、全く同じ事を考えるに決まってるし。
「例えばデラージュ殿は、遅きに失したと言えども、その事に気づかれたのでしょう。つまり、かの御仁は『未だ誰にも仕えた事など無かった』と言う事です」
「何か、エラく判った様な事を言うよね」
「判った『ような』ではありません。判って居るのです。一々説明が必要ですか?」
妙に自信たっぷりなレティに、ワタシは突っ伏したままで右手で「肯定」のサインを出した。
ま、くやしいけどしょうがない。同じ状況なら、ワタシだって似た様な事を言っちゃうだろうからねっ。
全く。1本どころか100本位取られた気分だよ。
「・・・で、どっちがアンタの本当の顔ってワケ?」
ちょっとだけ顔を上げてジト目で睨むと「おお、恐っ」って感じで、ちょっと飛び退ったレティがニヤりと笑った。
「そう言った方面の芸術はリンディーヌ・ラスタウールと言う名で書いておりますので。どちらも本当の顔で御座います」
何ソレ! 紛らわしいにも程があるわっ!!
ワタシは再度テーブルに突っ伏すと、真剣な疲れにドンヨリとなった。
でもまぁ、どうやらコレで、レティとは完全に仲直り出来たようだし、取り敢えずは良しとするかな。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、有難う御座いました。




