043話
宿の夕食は中々に素晴しかった。
リーズも「普段は滅多にこんなの食べられないんだよっ、美味しー!」って喜んでたけど、メインで出た豚肉の焼き物なんて、リプロンのあの店に迫る味で、確かにドニさんが自慢するだけはあると思いましたよ。
しかもデザートはアップルパイ!
この時期にアップルパイなんてどうかなーと思ったんだけど、これが出色の出来で、思わず御代わりがあるかどうか訊いちゃった位だ。
冬の間に作成して保管してた、秘伝のコンポートを使ってるらしくて、それが決め手らしい。
勿論、御代わりは貰って食べましたとも!
いやー、ニコニコしながら食べてるリーズの姿も可愛らしくて、癒されたわー。
最後に顔を出してくれた店主のジャンさんも良い人っぽくて、ザリガニの調理にも太鼓判を押してくれた。
思わずチップを金貨で渡しちゃいましたよ。
美味しいわ、癒されるわで、もう大満足な感じだ。
「それでね、さっきの話なんだけど・・・」
お皿も全て下げられ、食後の紅茶を飲んで一服してると、リーズが恐る恐る話を切り出して来た。
うんうん。家名の話に繋がる話ね。聞きますよー。
討伐騎士に成りたいとか言ったら、絶対に怒って辞めさせるけどさ。
「その前に、ちょっと聞きたい話があるんだけど、イイ?」
うん、いいよーって頷くリーズにさっきからの疑問を訊いてみる。
「リーズってさ、今魔法を使ってるでしょ? それって何をやってんの?」
どうせ長い話になるなら、先に聞いておきたい話なんだよね。
だってワタシが結構注意して見てても、何やってるのか判んないし、聞ける物なら聞いてみたいと思ったんですよ。
「え!? ソレって判るものなんだ・・・何かマリーって凄いね。叔父さんだって気が付かなかったのに」
びっくりした顔のリーズが話した内容は、逆にこっちの方が驚く様な話だった。
何とリーズは、水系魔法も知らないのに、瞳の上に涙で薄いレンズを作って、それを制御する事で視力矯正をやってるらしい。
ドニさんに身体強化魔法のやり方を教わって、そのワザを自主開発したらしいけど、一体全体、何をどうしたら、そう言う発想になるのかな。
まともに魔法学の基礎もやって無い12歳の娘がそんな精密ワザを自主開発して、常時発動状態で制御し切るってのも凄い話だけどさ。
「普通さぁ、身体強化魔法のやり方を教わったら、目を強化しようとするんじゃないの?」
思わず呆れて訊いちゃう。だって、発想がヘン過ぎるしねぇ。
「それは駄目だよ。簡単に言うけど、それって身体を動かすシステムの一部に魔法で介入するって事だから、成長期にどんな悪影響が出るか判んないでしょ」
何を当たり前の事を、って感じで話すリーズの話に更に驚く。
ああ、これは確かに大事だわ。予感的中って感じですな。それも更に悪い方向に。
「ねえ、リーズってもしかして、お医者さんになりたいの?」
思った事を言ってみるテスト。ま、答えはほぼ判ってるけど。
「う、うん。魔法医になりたいの。それをさっき言おうと思ったんだけど」
ちょっと恥ずかしげに答えるリーズに、やっぱりそうかぁーとガックリする。
よりにもよって、平民どころか上級士族だって成るのが難しい、あの魔法医師ですかっ。
「3年位前かな? 私って本当なら流行病で一回死んでるの。でもウチに泊まってた魔法医の人が、ほとんど無償でサラッと助けてくれてね」
結構ダウナーな感じになったワタシを尻目に、リーズが話を続ける。
「父さんがお礼を言ったら『この子は結構な魔法力を持っておる。いずれ世に出れば、世の為人の為となろう。だから助けた迄の事』って言って、そのまま何も受け取らずに行っちゃったんだって」
はぁ。何かカッコ付けた時のししょーみたいな物言いだねぇ。
でもまぁ、そりゃ憧れもするか。
だけどコレ、どうするかなぁ。能力が無いなら聞き捨てられるけど、なまじっかソレがありそうだから、始末に終えないよな。
「魔法医なんて、普通は貴族様御用達でしょ? だから私、魔法医になって子供や魔物と戦う人を治して回りたいの」
ワタシがちょっと考え込むと、リーズが何かトンチンカンな事を言い出した。
魔法医は大抵は貴族の臣下だから、もしそんな事やったら色々と敵に回しちゃって、シャレになんないと思うけど。
今までも思ってたけど、この娘、色々と必須の社会知識が欠如してるんじゃないのかな。
「まあそりゃ、魔法医が討伐戦の前線に出てくる事なんてほとんど有り得ないけどさぁ」
取り敢えず、リーズを傷付けない様に、当たり障りの無い事を言って様子見。
「でしょでしょ? 実際にこの町でも、衛士隊にだって魔法医なんて居ないんだよ。そもそも開業魔法医すら、この町じゃ居ないし」
キラキラとした目で話すリーズは可愛いけど、これは結構憂鬱になる話だよなぁ。
子供の夢の延長線上で、魔法医とかって言ってる様にしか聞こえないしさ。
大体、本物の医者に成るのだって大変なのに、魔法医なんて、それ所の騒ぎじゃ済まない。
医者と言うより専門的な魔法士なんで、初めから平民お断りだし、普通なら勉強する事すら許されないんだよ。
「でも、難しいって、父さんに言われちゃった」
リーズはそう言うと、ちょっと目を伏せて、テーブルの上で手をギュッと握った。
ううっ、可愛い娘が悲しげにしてるのってツラい。
でも、ちょっとでも上位社会を知ってる人なら、絶対に止めるよなぁ。
ああもうしょうが無いっ。押せる範囲内で押しておくか。
「あのさぁ。魔法医って結構な高位魔法士だよ? 医者と言うより魔法士なんだから、平民お断りの貴族の世界だし」
取り敢えず、まずは脅しから入ってみる。
「うん。知ってる。調べたから。でも、全く不可能じゃないよね?」
リーズは「心外だ」って顔で立ち上がり、学院の魔法課程が必須な事から、各地の魔法大学院の事、更には魔法士協会の概略まで、滔々と説明して見せた。
うにゅう。リーズって頭イイ上に行動力もあるなぁ。外見は凄い可愛いけど、中身は知性の塊みたいな娘だよ。
今の世の中で、平民で12歳の一学園生がそれだけの情報を集めて整理して、分析出来るってダケで凄いわ。
「平民お断りだから、ドニ叔父さんが私の推薦をしてもイイって言ってくれてて、学費も援助してくれるって言ってくれたんだけど、父さんが大反対しちゃって」
うわっ、ドニさんも余計な事を!
どう見ても素人の入れ知恵だよっ。魔法士の世界を知らないなら、黙ってれば良いのに。
そんな話になってるなら、もう一切遠慮無しのド真ん中しか投げられないじゃんか。
銭金の話なんか問題じゃない。
魔法士の世界は、圧倒的な権力で白い物を黒くしちゃう貴族共が蠢く、魑魅魍魎の世界だって事が問題なんだよ。
くっそー、こんな可愛い娘相手にきっついド真ん中をブン投げないといけないって、何の罰ゲームだっての。
「いや、そう言う話じゃ無くてさ」
ワタシは仕方無く、ちょっとだけ気配を出して、リーズの目を覗き込む様に見た。
「え・・・」
案の定、ワタシと目を合わせたまま金縛りになったリーズに、これ以上無いって位のド真ん中を投げる。
「魔法士の世界は貴族の世界だ。つまり、リーズは貴族になりたいって言ってる様なモノなんだよ。そりゃお父さんだって無理だって言うさ」
一切誤魔化し無しの本当の所を一気に言い切ると、リーズの顔色が一瞬で変わった。
普通の女の子が、僅かでもワタシの剣気なんて向けられてるんだから、それだけで多分、口も利けない状態だと思う。
その上でこんな事を正面切って言われれば、気を失って倒れてもおかしく無い。
でも、もう脅しとか言ってる場合じゃ無いし、ここはこのまま畳み掛けるしかないよねっ。
「リーズ、君は社会知識が無さ過ぎるんだよ。君がやろうとしてる事は、魑魅魍魎の貴族連中に正面からケンカを売る様な事なんだ」
「だって貴族連中から見れば、君は彼らが占有する魔法の世界の権益を奪い取ろうとする敵にしか見えないからね。これがどう言う事か判る?」
リーズの顔色はもう真っ青に近い。
頭の中は動いてるっぽいけど、この状態で声が出せるかなぁ。
でもね、本当にやる気があるんなら、こんなの気合で退けて欲しいんだよ。
「つぶ、され、る?」
おおーっ。
振り絞る様に声を出したリーズに、心の中で拍手しながらも、同時にその心を鬼にして続ける。
脳筋なやり方で悪いとは思うけど、こんな程度の圧力が退けられないなら、貴族共と戦う事は出来ないんだよ、リーズ。
「それどころか、最初から門前払いだよ。まず相手にもして貰えないだろうね」
ワタシの答えに、リーズが奥歯をかみ締める様な表情になった。
ぬにゅう。コレはもしかしてイケるかも知れませんよぉ。
んじゃ、最終段階かな。
「でももし、それでも成りたいって気合があるなら、君は三つの事を早急にやる必要がある」
そう言って、ワタシはその条件を出した。
まずはルーベル本家の意向を知る事。士族なら、これは絶対に外せない。下手すると一門全部を丸ごと敵に回しかねないからね。
次は貴族社会の知識を得る事。平民が貴族の事なんて知る事は難しいけど、魔法医になろうって人がこのままじゃお話にならない。
最後はお父さんの説得だ。
これが出来るなら、ワタシがリーズを高等学院の魔法課程に送り込んでも良いと言うと、リーズは固まりながらも目を丸くした。
さて、どんだけ気合があるかな?
クソ貴族やバカ貴族どもを向こうに回して、戦う気があるのかな?
それでもやるってのなら応援する積りだ。
何せ、実質ワタシと同じ様な事をやろうとするんだからね。シンパシーを感じない方がおかしい。
ま、最悪はししょーに頼んでもイイし、サラに任せてもイイよね。どっちもこの娘なら欲しがるだろうし。
お金なら、丁度アブク銭が唸ってる所だしさ。
「ううっ!!」
ワタシが思いを巡らせていると、リーズが気合と共にワタシの呪縛を切った。
「ハァハァ。マ、マリーって何者なのっ!? 御落胤さんって、そんなに魔法の世界に詳しいのっ?」
え、そっちですか?
呪縛を退けたリーズが、顔を高潮させてテーブルに身を乗り出し、ワタシの顔をガン見してきた。
感情的な事より知的好奇心の方が優先されちゃうなんて、アンタはししょーかっての。
「一応、ワタシも魔法士の端くれなんだよね」
なんかキラキラした目で期待していらっしゃるリーズさんに、ちょっと力が抜け気味になりながらも、ワタシは討伐士章と一緒になってる魔法士章を出した。
「す、凄い・・・ドニ叔父さんだって、騎士学校を出る迄貰えなかったって言ってたのに・・・」
テーブルの上に置かれた初位の魔法士章を、食い入る様に見つめて固まったリーズに、ちょっと引く。
なんでこんな斜め上の結果になるのかなぁ。普通はまず怒ったり泣いたりする所だよねぇ。
「え、えーっと、取り敢えず、やる気だって事でイイの?」
頭を掻きながら声を掛けると、リーズがそのままの姿勢でうんうんと頷いた。
うにゅう。こりゃダメだ。ひょっとするとリーズってししょーと似たタイプの人なのかも知れない。
「じゃ、ワタシが明日の朝、お父さんにルーベル家の話を聞いて来るよ。リーズだと訊き難いでしょ?」
もうこっちで話を作っちゃうしかないかなーって思ってそう言うと、やっとリーズが顔を上げた。
「え? マリーがお父さんと話すの?」
ほへ? ちゃんと頭は動いてらっしゃったんですか。
「リーズがその話をお父さんにしたのって、最近じゃないでしょ? だったらお父さんだって、本家にお伺い位は立ててると思うよ」
「そ、そうなの? だって・・・」
「士族ってそう言う物なの。基本的に貴族の臣下なんだからさ。勝手は出来ないんだよ」
なんかわたわたし始めたリーズを押し切って、今日の所はって感じで、席を立たせた。
「明日の約束忘れないでね? じゃ、また明日」
もう時刻も遅いからってそのままリーズを部屋から追い出すと、ワタシはお風呂に入る準備を始めた。
ま、リーズはどうやらイケそうだし、明日は結構忙しくなりそうだ。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きます。
読んで頂いた方、有難うございました。




