042話
カウンターの横から短い廊下を抜けると、そこはちょっとしたロビーになってて、その先に階段があった。
その階段の前で、リーズちゃんが妙にそわそわとした雰囲気ながらも、待っててくれてた。
「お部屋は三階になります。上級騎士の方などが来られた場合に泊まられるお部屋なので、コーニス様でもきっと御満足頂けると思いますよ」
ワタシが来た事に気が付いたリーズちゃんは、割と早口で案内の口上を言って向きを変えると、先に階段を登って行く。
ぬにゅう。ドニさんはああ言ってたけど、ホントはあんまり歓迎されてないのかなぁ。
可愛い娘にこういう紋切り型の対応をされると、ちょっとションボリしちゃうよ。
「ああ、うんと。口調は普通でイイよ。呼び方もマリーでいいし」
可愛らしいメイド風の服を着た後ろ姿に、試しにそう声を掛けてみた。
「へ?」
すると、ちょうど階段の半分に当たる折り返しの踊り場で、リーズちゃんが目を丸くして振り返った。
「本当にいいんですか?」
「や、ホントに普通にして下さいって感じ。別にワタシってエラ方さんじゃ無いしさ」
肩を竦めて答えると、リーズちゃんは身を屈めて、ワタシの耳元で囁く様な小声で話し掛けて来た。
「ありがと。でもウチのお父さんってそう言うの煩いから、部屋に入ってからにするね」
にゃる程。結構煩い人なんだね。
まあ家名があるんだから元々は士族家の出なんだろうし、客商売って事もあるから、煩くても当然か。
でも、嫌われてる感じじゃなくて良かった!
そのまま無言で三階へ上がると、ワタシ達は階段を上がってすぐ目の前の部屋に入った。
「はぁー、緊張したっ! 良かった、マリーが普通っぽい人で」
扉を閉めて開口一番、ホッとした感じのリーズちゃんが振り返った。
「当然だけど、私もリーズって呼んでね。でも本当にイイの? 従騎士様って衛士の隊長様達と同格だって聞いたし、それで偉くないって言われても説得力が無いよ」
緊張が解けたリーズは、表情がくるくる変わって、これもとても可愛い。
にゅふふふ。何か良い感じ。さっき迄と違って、仲良く慣れそうな雰囲気だわー。
「いやー、だって従騎士って言っても、流れの討伐従騎士だしさ、どっかに仕えてるワケじゃ無いんだから、気にしないでよ」
ワタシは扉から入ってすぐのダイニングっぽい部屋に入ると、適当な椅子に座って、部屋内を見回しながら答えた。
うんうん。言うだけあって良い部屋だ。
この部屋の続き部屋がリビングっぽいし、その先が寝室って感じかな?
「じゃあ遠慮無くそうさせて貰うけど、ウチの父さんがすっごく脅すのよ? 代官様よりずっと偉い雲の上の大貴族様達の信認を得てる方だとか、将来は騎士爵様に御成りになる様な方だとか、お陰で超緊張しちゃった」
いやんなっちゃうって感じの仕草も可愛らしいリーズに席を勧めながら、見えない様にちょっと溜め息。
ぬうん。またドニさんも色々と余計な事を吹き込んでくれたよなぁ。
別に爵位とか目指してないんだけどねぇ。
インベントリから水筒を取り出し、テーブルの上にあったグラスに注いで、リーズにも渡す。
「あ、有難う。って、ワタシ、飲み物を持ってくるの忘れてた!」
ああ、うん。そうだとは思ったよ。
どうでもいい宿じゃ無ければ、大抵の宿は最初に何か飲み物のサービスがあるからね。
「でもコレって冷たいんだ。その水筒って魔導具なの? 凄いなぁー。やっぱり従騎士様だもんね。平民とは持ち物からして違うんだねぇ」
ワタシが気にしてないよーって感じに言うと、リーズは謝った直後に、口にしたレモン水に驚いて、即座に話題を変えた。
いやー、何かホントに学院の下級生のコと話してるみたいだわー。
クルクルと変わる表情の様に話題も変わるリーズにしばし付き合う。
リーズって、頭の回転が速いタイプの様で、話をしてても一々余計な説明とかしなくて良いから楽だ。
半刻(約30分)も経つと、ワタシ達は随分と打ち解けた雰囲気になって、明日、服屋や靴屋を案内してくれる約束も出来た。
しかしこのコ、ちょっとした仕草とかが本当に可愛い。話してるだけで癒されるわー。
クロ君もそうだけど、ワタシってホントに可愛い年下に弱いよなぁ。
「でも最初にあんな挨拶をされちゃったら、誰だって緊張するよっ? 見た目もすっごい美形だし、何処の王子サマかって思ったもん」
話が最初の挨拶の事になって、リーズがちょっと頬を染めながらも、ちょっと怒ってるんだぞって態度で言って来た。
やー、なんかすっごく可愛いですよ! 頭ナデナデしちゃいそう。
「ああ、アレね。うん、ゴメン。でもさ、リーズだって士族の家系なんでしょ? だったらあの程度で緊張しない様にした方がイイと思うよ」
やっぱアレは一般向けはダメかぁと思いながらも、ちょっと思った事を言ってみるテスト。
「それって家名の事? でもウチの場合は完全に『なんちゃって』だからさぁ」
二杯目のレモン水に口をつけたリーズは、ワタシの言葉にちょっとキョトンとした顔をした。
「元々、ドニ叔父さんとだって正確には血縁なんて無いの。叔父さんのお父さんの、出奔したお兄さんの結婚した相手の連れ子が、ウチの父さんってダケなんだよね」
ほえ? どこが「なんちゃって」なのかな。良くある話だと思うけど。
ちょっと疑問だよな。
なんちゃって士族って言うのは、大抵は何の根拠も無く、勝手に家名を名乗ってるヤツを指す。
でも話を聞く限り、リーズのお父さんであるジャンさんは本当にルーベル家の人の様だし、ドニさんが居る以上、この町に家名を登録していないとは思えないから、正式な家名持ちで間違い無い筈だけど。
「だからウチの父さんって、叔父さんにも結構なコンプレックス持っててさ。最初に此処を建てる時に『従兄弟同士だから』って莫大な援助して貰ったのをすっごく恩義に感じてるのよ。お陰で叔父さんが来ると何時も大変な扱いで、なんか叔父さんも恐縮しちゃってさぁ」
捲くし立てる様に喋るリーズにうんうんと頷きながら話を聞くけど、疑問は尽きない。
町の営業許可を取れたのも、こんな一等地を確保できたのも、協会幹部であるドニさんの力が大きい筈だ。
そもそもドニさんは、今回4級に上がったって事だから、前から5級討伐騎士だったワケで、平民どころか普通の役人から見ても、本来なら簡単に口も利けない様な官位に相当する人なんだよね。
勿論ジャンさんが義理堅い性格って事もあるかも知れないけど、この身分至上主義の世の中じゃ、人前で頭が上がらないのはむしろ当然だと思うんだけどなぁ。
「だから、マリーの件だって朝から大変だったよ!『お前は今日から暫くはコーニス様の侍女になったと思ってお仕えしろ』とかって言い出すしぃ」
ブッ、ゲホゲホ。ちょっと飲み物が気管に入っちゃったよ。
侍女とか、マジで勘弁してぇ。
「いや、マジで、そんな身分じゃないから勘弁して・・・」
苦しみながらも涙目で言うと、リーズはまたキョトンとした表情になった。
「えっと、何か変な事言っちゃった? 侍女ってそんなにヘンな話なのかなぁ」
キョトンとしたままのリーズに、侍女って言うのはそう言った官職の女官を指す場合か、貴族のお側使えをする身分ある女性を指す場合かの大抵どちらかで、違う場合はそうは呼ばないんだって説明すると、納得した様に頷いた。
「うわぁ。さすがは御落胤さん、貴族社会に詳しいんだね。凄いなぁ」
納得したかと思ったら、なんかキラキラした目で斜め上の回答を返すリーズに、ちょっと頭痛を感じる。
うーん、ワタシって世間知らずだけど、一般人からすると貴族社会の方が知らない世界だから、こんなモンなのかなぁ。
でも世間知らずのワタシから見ても、なんかリーズって、社会常識がかなり欠如してる様に感じるんですけど。
「でもさ、養子縁組とか、士族だと普通にある事だし、別に血の繋がりに拘る必要は無いよ。家名があるなら、最大限に利用するべきだと思うけどねえ」
貴族社会の話から話題を逸らす為に、さっきの話を蒸し返して、ちょっと説明をしてみる。
と、途端に表情の変わったリーズが食いついて来た。
「やっぱり士族ってそうなの? 叔父さんも同じ様な事言ってたけど・・・」
ああ、ドニさんにも色々聞いてるのか。
ドニさんってアレで結構真っ当な騎士家の出だって聞いてるから、このテの話を聞くには結構うってつけの人なんだよな。
「ドニさんがどっかの騎士家の出だってのは知ってるけど、自由騎士に成った後で協会に身を寄せたって話だから、新たな騎士家を創った様なモンだし、リーズだって何かで身を立てた場合、新たなルーベル家を創ったって形で認められる筈だよ?」
「ホ、ホントなの、それ!」
ドニさんに聞いてる話を解説する感じで話すと、リーズはテーブルに身を乗り出して、更に凄い食い付きを見せて来た。
こりゃ、何かあるなぁ。
大した事じゃ無ければ味方になってあげたいけど、今のワタシじゃ出来る事も少ないし、せいぜい金銭援助くらいが関の山だしねぇ。
「へ? あ、うんうん。嘘偽りなしの本当。正式に家名を持ってるって、結構大きな話なんだよ。身分を持ってるって事だからね」
「チリン、チリン」
ワタシがそう言うと、何かタイミング良く鈴の音が聞こえた。
見れば入り口扉上の脇に小さなベルが付いてる。
これって呼び鈴じゃん。こりゃまた本格的なお部屋ですな。
泊り客に客が来たりとか、部屋の外で何かあった場合にコレが鳴るんだよね。無論、従者が対応する事が前提だけど。
「うわっ、コレ多分父さんだ。そう言えば、マリーに夕食をどうするのか聞いて来いって言われてたんだった!」
ハッとした様子のリーズに聞くと、食堂でも部屋でもどっちでも食事は取れるらしい。ただ、部屋の場合はやや遅めの時間になるって話だ。
ワタシは迷わず部屋で取ると言ってから、ソワソワしてるリーズを引き止めた。
「リーズは夕食、どうするの?」
「え? 私は後で適当に食べるけど」
うんうん。そう言うと思ったよ。
「だったら一緒に食べない? 侍女ならこういう所では一緒に食べるもんだよ」
実際の話、貴族が宿屋の部屋とかで食事をする場合、侍女や側近の人が同席する場合は多い。
ぶっちゃけ、毒見も兼ねてるんだけどさ。細かい事まで言う必要は無いよね。
「ええっ、そうなの!? やったー。それじゃ早速父さんに言ってくるよ!」
言うが早いか、リーズは喜びも露に立ち上がった。
ついでにギガリッパーの調理の話も訊いてくれる様に頼むと、判ったと言って、足早に部屋を出て行く。
うーん、元気な娘だよなぁ。
でも、ちょっと気になることがあるんだよね。
ワタシはバカみたいな魔法力を持ってるから、実は結構気が付き難いんだけど、リーズは間違い無く赤を超える魔法力を持ってると思う。
橙に近いんじゃないのかな。
しかも、今さっき迄、何か簡単な魔法を使ってた感じがしたし。
ドニさんに何か教わってるのかも知れないけれど、だとしたら、さっきの「何か」は結構大事の予感がするんだよ。
まさか自分も討伐騎士を目指したいとかって言い出すんじゃ無いだろうなぁ。
幾ら何でも、それはちょっとって感じだし、もしそうなら説得して辞めさせるしか無いかな。
「トントン」
とか思ってたら、ノックの音ですよ。もう帰って来たのかぁ、早いなぁ。
「どうぞー」って声を掛けると、飲み物が載ったトレイを持ったリーズが、扉を開けて息せき切って入って来た。
「なんか、父さんも、その積りだった、らしくて、もう用意はしてあるんだって。後半刻(役30分)経ったら、持って行くって、言ってたっ」
そんなダッシュで報告に来なくても良いのに、律儀な娘だよね。
ワタシは立ち上がってリーズを椅子に座らせると、取り敢えずレモン水を飲ませて落ち着かせた。
その際に肩に手を置いて、一応リーズの魔法力を確かめてみる。
間違い無い。このコ、魔法士としては全く未開発の素人に近いけど、魔法力自体はほぼ橙に近いモノを持ってますよ。
「そうそう、ギガリッパーのお肉ってすっごい美味しいらしいよ! 本当にあるなら、明日の朝にでも貰って、夕食に出すって」
うおっと、リーズの魔法力に感心してたら、とっても素敵なお話がっ!
「やったぁ! ギガリッパーの肉なんて売るほどあるし、今すぐにでも出せるよっ」
ワタシが喜色満面って感じになってそう言うと、リーズは白馬に乗った王子様を見る様な、キラキラした目でワタシを見た。
「凄い! ギガリッパーを討伐したのって、本当にマリーなんだ! お話に出て来る英雄みたいっ!!」
ゲゲェッ、しまった! つい嬉しくなって余計な事を言っちゃったよ。
ゲッホ、ゲホゲホ。それ以上は勘弁して下さいませ。鎧屋のおじさんの一件で、もうワタシの精神的ライフはゼロよっ。
「あ、ああ。まあそんな話は置いといて、さっきの服とか靴の話をしたいんだけど、イイ?」
うひぃーって感じで、強引に話題を切り替える様に頼むと、リーズがきょとんを通り越して、ポカンとした顔になった。
「勿論イイけど、ヘンなのっ。普通はもっと自慢するんじゃないの? 恐い話はイヤだけど、ちょっと聞きたかったかも・・・」
ポカンとした顔のまま、リーズが呆れた様な言い方で聞いて来る。
「今日、ここに来るまで色々とからかわれて来たからさぁ。ホントにその話は御免蒙りたいって感じなんだよ」
リーズには悪いけど、どれほど呆れられようとも、ワタシの要求する所は唯一つでございますです、ハイ。
「ああ・・・なんか判るよ、ソレ。ここって田舎だからみんなニュースに飢えてるんだよね。スタンピードなんて、本当だったら大変な事になる所を、マリーが何とかしちゃったんだから、町中総出で英雄に祭り上げちゃってもおかしく無いし」
リーズがまた、いやんなっちゃうって感じの仕草をしながら苦笑した。
うへぇ。こりゃ外に出る時は、隠蔽魔導具が絶対に必須だわ。シャレにならん。
田舎町もこの規模になると新聞くらいありそうだし、写真は無くても似顔絵位は出回ってる可能性はあるから、用心に越した事は無い。
しかしナンだね。話題も変わった事だし、夕食までは生活用品調達の話でも訊き捲くるかな。
リーズはワタシといる事が仕事だって言うし、その程度は笑いながら付き合ってくれるだろう。
本日もこの辺までにさせて頂きます。
読んで頂いた方、ありがとうございました。




