030話
「はぁ、あのおばちゃん、イイ人っぽいけど、結構キクよな」
漸くおばちゃんから開放されたワタシは一息ついて、目の前のソファーに座った。
「ああ、アレは俺の姉なんだ。旦那と二人でここの食堂を切り盛りしてる。悪いヤツじゃないんだが、ああいう性格でな」
しぶちょーも反対側のソファーに座る。
部屋を見渡すと、狭いながらも奥にはベッドもあって、普通に客間って感じの部屋だ。
「お前さんには暫くこの部屋に居て貰おうと思ってる。こっちにも色々理由があってな。今、変なトラブルは御免なんだ」
しぶちょーはシガレットケースを懐から取り出すと、ワタシを見てまた仕舞った。
別に煙草ぐらい良いよ。
そんな事より、面倒臭い物言いの方を何とかして欲しい。
ツンデレって言うの? 取り敢えず助けてやるから恩に着ろ、位の事を言えば良いのに。
「要するに、オレを匿おうって事か。あの寄騎はそんなにヤバい奴なのか?」
ワタシがそう言ってやると、しぶちょーは肩を竦めた。
「ああ見えても、あれでヤツは代官の右腕だ。お前さんはそんなのと斬り合おうとしたって事なんだ。後は判るよな?」
右腕ねぇ。そりゃ手配どころの騒ぎじゃないわな。ヘタすると、ここを出た途端に問答無用で撃たれる位の事はあってもおかしく無い。
「どうやら相当な迷惑を掛けちまってる感じだな」
「まあな。それで、だ。いい加減、その隠蔽用魔導具を解いてくれないか。顔がぼやけて見えるのは疲れる」
ああ、成る程ね。その程度は流石に見切れるのか。
でもまあ、今のワタシの素顔を見て腰抜かすなよ?
ワタシはニヤっと笑うと、隠蔽魔導具をオフにする。
「お前さん・・・
しぶちょーが絶句した。
どうだ、この妖精ヅラを食らえい! はっはっはっ!!
「・・・一体何処の御落胤だ? いや、さすがにその容姿じゃ、表を堂々とって訳にも行かないか」
ん、御落胤? いいね、そのプロフィール! 早速貰っちゃう事にしよう。
「ま、何処の、なんて簡単に答えられるワケないでしょ? 男言葉使ってるんだって、用心の為なんだし」
もうイイやって感じで、言葉も戻す。なんか傲岸な小僧を演じるのも疲れて来てたし、ちょうどイイや。
「ああ、それもそうか。聞いたら聞いたで、命が危うくなったりしそうな感じだしな」
呆けた様な顔のまま、しぶちょーが頭を掻いた。
いいねぇ、こっちのペースだ。このまま押してみるか。
「で、ワタシになんか話があるんじゃないの? さっきの寄騎をヤれってんならイイけど、それ位、そっちだって出来ると思うけど?」
一気に踏み込む。ワタシの物言いにちょっと引いたのか、しぶちょーが渋面を作った。
「凄い言い草だな、お前さん。本当にアイツをヤれるのか? 判らなかったかも知れんが、アレはああ見えても、5級程度の腕はあるぞ?」
はぁ、また疲れる物言いだな、こりゃ。
「本気で言ってんの? ワタシは5級位なら簡単だよ? 見て判らないなら言ってあげるけど、しぶちょーは4級に近いでしょ? そんな事も判らない討伐騎士なんて居ないって」
あれ? なんかしぶちょーが額を押さえて、俯いちゃったよ。そんな頭痛がするコト言ったかなぁ。
「俺は一応4級討伐騎士だ。近いってナンだ、近いって!」
そっか、4級持ってたのか。
でもなー、ししょーは別格として、例の殺し屋から見ても、しぶちょーは一枚とまでは言わないけど、半枚くらい落ちる気がするんだよね。
お気楽な支部長生活のせいかな。
「だからさぁ。今、ワタシ達が話してるコトって、ガチで魔物とやってる本物なら、言わなくても判るような話でしょうが。でもあの寄騎は判んないの。この差は大きいよ?」
騎士の気配も判んないシロートのクセに、貴族の権威を振り翳して小遣い稼ぎしてるクズなんか、マジで死んで良しだよ。
「なあ、お前さん。一体、今までどんだけの修羅場を潜って来たんだ? 俺には正直、お前さんの気配が掴めないんだ。気配が消せる程の討伐騎士なんて、騎士卿(金章討伐騎士)ならまだしも、俺にはほとんど思い当たらないんだがな」
あ、そーか! ワタシってば、普通人装う為に気配を消してたんだっけ。
今更ながらに気が付いちゃいましたよ。
気配の消し方って結構ムズい部類の技で、ししょーに教わった時もすぐには出来なかったもんね。
まー、三日で出来たんだけど、その時もなんかししょーが頭抱えてたから、世の中ではかなり難しい技術なんだろうと思う。
でも、結局は魔法ワザだから、ワタシにとってはそれ程難しい技じゃない。
「コレでどー?」
ワタシが気配の押さえを解くと、しぶちょーの顔色が急に変わった。面白い様に身体に緊張が走ってるのが判る。
「・・・お前さん、本当に何者なんだ? 取り敢えず、この気配は消してくれ。シャレにならん」
なんかまた、しぶちょーが額を手で抑えて俯いちゃったよ。
んんー、別にワタシ、悪いコトしてないよね? 言われた通りにして嫌がられるってのも、結構傷つくんですけど。
「何者って言うほど、凄いヤツじゃないよ。今だって、ししょーとヤる事考えたら、ガチだとほとんど勝算無いし」
ちょっと傷付いたけど、ワタシはしぶちょーのリクエスト通り、気配を元に戻して、話を続けた。
しぶちょーがあからさまにホッとした感じになって、更に傷付く。
ぬにゅう。こやつに女の子の扱いってお題で、一刻程度説教してやりたくなって来た。
「お前さんのししょーってのはダレだ?」
こっちの気も知らないで、しぶちょーがししょーの事を訊いてくる。
なんだかなぁ。折角まあまあなツラ構えしてるのに、これじゃ独身っぽいのも頷けるわな。
「オマリー・ブーツェンって、昔、聖王国親衛騎士団にいた人だけど?」
よっぽど怒ってやろうかと思ったけど、通じなさそうだから辞めて、ワタシは素直に答えた。
指輪もしてるし、誤魔化す理由も無いからね。
「オマリー卿・・・まさか、あのオマリー卿か?」
あれ? この人、ししょーの事知ってるのかな?
ちなみに、ホントは「卿」ってのは、騎士爵の人を呼ぶ場合で、爵位を持たない騎士を○○卿とは呼ばない。
ただ、慣習でそう呼ぶ場合が多いのと、討伐騎士に限って4級であれば正式にもそう呼ばれる事は多いんで、しぶちょーはそう呼んでるんだと思う。
ああ、騎士団内の呼称ってのもあるよね、そー言えば。
「しぶちょーって、ししょーの事知ってるん?」
取り敢えずは訊いておこう。知ってるとしたら、この人って旧聖王国絡みの人って事だし、色々とししょーのネタが出てくるかも知れない。
「ああ、聖王国親衛騎士団にいたオマリー卿だったら、何度かお会いした事があるし、強さも知ってる」
「そんなトシには見えないけどなぁ。ししょーって、かなりの年齢行ってる人だよ?」
「俺は昔、聖王国親衛騎士団で従騎士をやってたんだ。ガキに毛の生えた程度の頃だったが、オマリー卿には、それは憧れたモンさ」
ホントの話だったら、正体は魔法師だよーってバラしてやろうかと思ったけど、何かしぶちょーの顔が懐かしげな雰囲気になっちゃってて、チャチャを入れる雰囲気じゃない。
うーん。ししょーって、なんちゃって騎士時代はカッコ良かったのかな。
まあ背も高くて見栄えはするし、あの異様な剣技の数々だし、従騎士達には人気があったのかも知れない。
ただ、しぶちょーがししょーを知ってるってのはコレで本当だと思う。
爵位の無い騎士を卿付けで呼ぶ場合、家名では無く名前で呼ぶのが正式だから、呼び方も合ってるし、実際に本物の王宮騎士団に居た可能性は高い。
「本当にあのオマリー卿の弟子だと言うのなら、確かにお前さんの異様な実力にも頷けるが・・・そうだな、もしそうなら、ちょっと手伝って欲しい事がある」
しぶちょーはそう言うと、元の表情に戻ってこっちに目を合わせてきた。
手伝って欲しい事、ねぇ。ホントこの人の物言いってメンド臭いな。
「別にワタシをハメようってんじゃなきゃ、マジで代官本人を斬っても良いけどね」
言って欲しそうな事をズバり言ってやると、目を点にしたしぶちょーが「本気で言ってるのか?」とか訊いてくるから「当然でしょ」と答えてやる。
代官と協会支部がモメて、代官が闇から闇へ~なんて話は、西聖王国じゃ割りとある話だもんね。
正直、ワタシが手配されなきゃ、腐れ貴族の一人や二人、幾らブッた斬っても心は痛まない。
問題なのは、このしぶちょーにそれだけの気合があるかどうかだけど、この調子じゃ五分五分ってトコかな。
「そうか、判った。ただ言っておくが、俺はお前さんをハメようなんて考えんよ。オマリー卿を筆頭に、どんなタタリがあるか判らんしな」
ああ、なんかこの人と喋るのって、ただひたすらにメンド臭い。
シャイな女の子と喋ってる感じで、見た目とのギャップがツラいですよ。
しぶちょーの物言いに悶々としてると、扉の向こうの廊下から、微かにイイ匂いが漂ってきた。
むう、腹が減った。良く考えたらワタシ、朝から串焼き一本しか食べてないんだよね。
「まあそろそろかな。取り敢えず話は後だ。メシにしよう」
しぶちょーがそう言って立ち上がったので、ワタシも立ち上がった。
ワタシ達は一旦廊下に出ると、隣の部屋に移った。
隣の部屋はモロにダイニングで、その先のキッチンから、とても良い香りと共に料理をする音が聞こえて来る。
どうやら、この一画はしぶちょー達の生活空間らしい。
「適当な椅子に座ってくれ」
しぶちょーが、デカいダイニングテーブルに向かってワタシを促したので、ワタシは遠慮無くテーブルに向かった。
見るとテーブルには既に知らない男が座ってる。
どうやらしぶちょーとは顔見知りの様で、目で挨拶を交わしてる感じ。
「町の次官のマラブルだ」
紹介されたので、ワタシも名乗ってから、適当な椅子に座る。
この人が町の次官かぁ。何かこの世の苦労を一身に背負い込んだ様な顔で、年齢の判別が付かないんだけど、苦労してるんだろうな。
でもコイツが此処に居るって事は、協会支部と次官が組んでるってコトだ。
これは案外、面白い事になってるのかも知れないな。
でも当の次官氏は、椅子に座ったワタシの顔を見るといきなり立ち上がり、しぶちょーの方を向いて怒鳴った。
「一体、どこのお姫様を浚って来たんだ!? さすがの私でも庇い切れんぞ!」
ああ、そうか。今のワタシって本当にそんな風にしか見えないもんね。次官氏がアセるのも当然だよな。
「何処ぞの御落胤らしいが、コイツはれっきとした討伐従騎士だ。お前の心配も判るが・・・」
「従騎士だと!? この華奢な体格でか? 嘘をつくならもう少しマトモな嘘をつけ!!」
次官氏はしぶちょーの所まで行くと、まだ座ってなかったしぶちょーの胸倉を掴んで、結構な剣幕で怒ってる。
あーあ、こりゃダメだ。助け舟でも出すかな。
「ええっと。一応御落胤の端くれだけど、確かにワタシは討伐従騎士だよ?」
立ち上がって二人に向かって言ってみると、次官氏はちょっと呆けた様な顔になって、しぶちょーを見た。
「本当なのか?」
「だから本当だ。それについさっき、この支部始まって以来の大量の素体を、個人で持ち込んだ程の腕だ」
次官氏は今度こそ本当に呆けた顔でワタシの顔を見ると、醜態に気が付いたのか、そそくさと席に戻った。
「マラブルが居てちょうど良かった。マリー、正直に言おう。俺達は現代官を排除する積りなんだ」
襟元を直しながら椅子に座ったしぶちょーの口から、漸く本音らしい一言が出た。
本日もこの辺までにさせて頂きます。
読んで頂いた方、ありがとうございました。




