1-3
夢を見た。
忘れるはずも無い。あの日を。
夕陽の射す病室。
気がつくと俺は、学生服を着てそこに立っていた。内側にパーカーを着込み、ボタンなんて1つも止められていない学ラン。お気に入りのハイカットもズボンも泥だらけ。
俺の顔は擦り傷だらけで、拳には血が滴っている。
これは夢だ。
過ぎた日の話だ。
理解はしているが、覚めたいとも思えなかった。
例え夢だとしても、その先に待つ者に俺は会わなければならない。そんな気がしていた。
「やぁ。待ってたよ」
窓辺には、ベッドから半身を起こした少年が1人。
夕陽を背にする彼の容姿は良く見えない。それでも、俺はその人物が誰なのか知っている。
俺は、咄嗟に何か言おうとした。
しかし、俺の口は黒いモヤに覆われており、音が出せない。
「結構大変そうだね。……相変わらず」
少し揶揄うような口調。
俺は深く息を吐いた。
全くだ。
"誰かのため"の日々を捨て、自分のために生きるようになって2年。
それまで人のために何かすることこそが正解だと、ガムシャラに拳を振るってきた。どこまでも。いくらでも。阻むものは何も無かった。俺に砕けないものは無い。そのはずだった。
あの日、失うまでは。
俺はお前を失ってから、いろいろと考えた。
自分のために生きてみようともした。
自分だけのために努力し、自分のために何かする。時間も労力も全て。
誰しもが当たり前にしていることを俺も試してみようとした。
でも、あまりしっくりは来なかった。
たぶん俺は、"誰かのために何かする自分"を肯定することで、自身の意義を感じてきたのだろう。
生きる指針を変えるというのは難しい。難しいが、人はそうやって成長変化していくものだと自分に言い聞かせ、ここまで歩いてきた。
ふと、流し台の鏡に自身が映る。
俺の姿は、今の容姿、大学に通っているいつもの自分となっていた。
これは記憶では無い。
俺が妄想した"もしも"なのだろうか。
「少し背が伸びたかい?」
少年の問いに俺は応えられない。俺は鏡の自分と向かい合ったまま動かない。
伸びたと思う。
だが、そんなこと気にする間も無く2年が過ぎた。
失ったものを数えないように、お前に笑われないように。お前が安心して旅立てるように。必死に走ってきた。
少年がクスっと笑う。
「無理しなさんな。前から言ってるでしょ。ハクイは、ハクイだ。って」
そうは言うけど。時間は、成長は、俺にそれを許してくれない。拳を握る少年も大人になればスーツを着ざるを得ない。
俺はその過程にいる。
お前を失ったことは、それを俺に気付かせるために天が与えた試練。そう思いでもしなければ、俺は自分の存在を疑ってしまう。
何故、俺じゃなくて、お前が逝かねばならなかったのか。と。
そう思った途端。
どこからか伸びてきた鎖が、俺の握りしめた両拳にまとわりつく。両拳がガチガチに固められ、血が滲む。
少年がやれやれと首を捻る。
「違うよ。ハクイは何も間違ってない。君が遺ったことも、君が今苦しんでいることも。全て。理由がある。アレはボクの定めだった。君には寂しい思いをさせたけどね…」
俺は顔を顰める。
その時、不意に耳鳴りがした。
ーーーハクイ!ーーー
遠くで誰かが俺を呼んでいる。
まわりを見回す俺をみて、少年は何かを察したようで窓の向こうを見やる。
「ここに来たということは、……許しを……求めているんだろう?」
その言葉に、俺の脳裏に直前まで起こっていた出来事が呼び起こされていく。
暗い路地、痛み……そして、モモ。
「縛られる必要は無いよ。君は元よりその力を正しく扱える。そう。その力も。……これから手にするものも」
ーーーReclaim the power you lost.ーーー
鎖はいつの間にか消えていた。
少年は俺に手を差し伸べる。
「手放した力を……取り戻せ」
激しい頭痛がした。
突如として視界が歪む。
待ってくれ。まだ俺は!! お前に!!
瓦解する景色。
崩壊する世界の中でアイツは優しく笑っていた。
ーーー行きなよ。相棒ーーー
「ハクイ!!」
今にも泣きそうなモモの声。
俺は飛び起きた。
すぐさま炎に包まれた周囲を見渡し、祖母とモモの安全を確認した。
「……どのくらい経った?」
「……30秒くらい。死んぢゃったかと思った」
モモは、目に大粒の涙を浮かべている。
せっかく新調した彼女の衣類は、ところどころ破れてしまっていた。
何があったのか。
それは半日前に遡る。




