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あれから1週間が経った。
俺は大学の集中講義が終わり、帰路についている。
時刻は昼過ぎ。
最寄りの改札を出て、自転車置き場に向かう。
この1週間あまりにいろんなことがあり、正直講義どころではなかったし、バイトもミスばかりだった。
大きなため息をつき、俺は1週間を振り返る。
鬼を自称する少年は、安直にも「モモ」と名付けられ、うちで暮らしている。
記憶が一部曖昧なようで、なんでココに来たのだとか、自分が誰だとかはよく分からないらしい。とりあえず害? は無さそうだが、鬼というワードが引っかかる。それでも祖父母は、2人目の孫ができたと言わんばかりにモモを溺愛している。
モモは1週間で次々と奇妙な性質を発揮した。
まずは成長速度だ。最初は5歳だか6歳くらいだったのに、今では高校生くらいになっている。最初は辿々しい話し方だったのに、今では流暢に喋る。なんなら祖父母の影響か必要以上にペラペラ喋る。
次に体質というか鬼らしさ? について。
モモは火を吹いた。最初はクシャミで火花が出る程度だったが、昨日には本格的に火を吐くようになった。ちゃんとコントロールはできているようだが、ボヤとかは勘弁してほしい。鬼というよりドラゴンか何かでは?
容姿も成長に合わせて、より神秘がかっている。元々色白ではあったが、透き通るような肌に磨きがかかっている。
髪の毛は黒髪からほんのり赤みがかったものに変化しており、感情が昂るとハッキリと紅色になったりする。瞳は黄金に煌めいており、夜はほんのり光る。猫かな?
力は人並みだが、傷やらの治りは極めて早く、切り傷や擦り傷なら瞬く間に元通りになる。間違いなく人では無いのは確かだった。
そして、極めつけは……。
そこまで情報整理したところで、俺は前方の電柱に誰かが隠れているのを発見した。
そよ風に揺れる赤みがかったロングヘアーと白いワンピース。電柱の影から覗く瞳は黄金。
「モモ。恥ずかしいからやめて」
「ぷぃー」
俺の投げかけに、1人の"少女"が飛び出してくる。
彼女は頬を膨らませ、不服そうに腰に手を当てていた。
モモである。
「今日は女なのか…」
「そだよ〜」
そう。奴は気分で性別や髪の長さなどを自由に変えられるのだ。
男の日もあれば、女の日もある。なんなら、その場で切替わりショーすら見せてくる。やはり人智を超えている存在だ。
モモは俺の帰りを待っていたらしく、俺の腕に抱きつくと嬉しそうに肩に頭を寄せてくる。
初日からだが、モモは大変俺に懐いていた。桃から出てきて最初に見たのが俺だからだろうか? 鬼には刷り込みの習性でもあるのかもしれない。
それにしても、女の姿でこうも擦り寄られると少し気恥ずかしい。小さかった数日前はまだ良かったが、この年齢だと、なんかこう…いろいろ困る。あと、コイツ背丈はそうでもないし、華奢なくせに胸がとんでもなくデカい。マジデカい。
ただでさえ女子にこんな距離感で接されると困ってしまうものだが、奴の容姿も相まって大変目立つ。男の時も大変なイケメンに成長したが、女は女でエグい美少女だ。人離れした雰囲気も相まって、マジで目立つ。
既に周囲を歩く人々からの視線を感じる。
耐えきれず俺は呻くように呟いた。
「外では、よしてくれ…」
本音は、家でもやめてほしい。
「えぇ! ハクイはいつもダメダメばっかりじゃぁん!」
「家ではダメとは言わんだろうに…」
「家でも火ぃ出しちゃダメって言うじゃん」
「燃えるからだよ。古民家舐めんな」
モモは、ぷぃーと唸りながら渋々手を離す。
視線を感じたのかキョロキョロと周囲を見回すと、腕を組み少し考えるような素振りを見せる。
「あ! 女だから嫌なんだ! えっちぃ!」
「うるせぇよ。つか、男は男でベタベタしてたら問題だろ!」
「ソレばぁばが好きなやつだ!」
「あ、今変身すんなよ。その格好でなるとマズイ」
「ぷぃー」
ぷぃーってなんだ。男の時は言わないクセに。ぶりっ子してんのかコイツは…。
俺は足早に自転車を取りに行く。
正直なところ結構ペースを乱されるし、鬱陶しく無いと言えば嘘になる。しかし、何故だろうか。なんとも言えない安心感? みたいなものを感じてしまう。もしかしてアレか。鬼の力でジワジワ精神支配を受けていたりして…。気がついたら一家が乗っ取られて、俺もモモの傀儡になってしまうとか。
「昼ごはん、ソーメンだって! ソーメンってなんだろ。楽しみ…」
俺の不安を他所に、スマホを見ながらヨダレを垂らすモモ。ちゃっかりスマホを契約してもらっている。きっと祖母からのメッセージを見ているのだろう。スマホあるならソーメンくらいググれ。というか契約の本人確認どうやったんだ?
あまり深く考えると頭痛がしそうな気がしたので、一旦小さく息を吐く。
「で。まだ思い出せないかんじか? 自分のこと。鬼のこと」
するとモモは、「うーん」と唸りながら天を仰ぐ。
「結構ガチで思い出そうとはしてるんだけどねー。鬼関連の文献? とかググってはみたけど、さっぱりピンとこないや」
「…そうか」
鬼。
モモの口から言及され、モモ自身の行動や特性から、その存在が既知の生物に当てはまらないことは理解している。
伝承のような存在なのかはまだ分からない。妖怪とカテゴライズするには、あまりに現実的というか、リアルだった。起こっていることは非現実的なのに、こうして触れ合ったりその場にいることを確かめてしまうと、どうも霊体やそういったものとは思えない。
最初は不気味よりも困惑が勝り、1週間も経過すると、目の前のモモが"確かに存在する"と謎めいた確信すら覚えてしまう。
「あー。でも、これだけは直感というかイメージ? みたいなのが残っててさ」
再びモモが腕に抱きついてくる。
俺はさりげなく彼女を押し返す。
しかしモモは、より強く腕に絡みつく。
諦めた俺をみて、モモは満足げにしている。
「鬼はさ……たぶん。悪い存在が多いんだよね。全員がそうかは分からないんだけどさ。なーんか、ゾワゾワ〜っていうか、モヤモヤ〜っていうのかな? 嫌ぁな印象がガッツリ残ってて、自分合わないなーって思ってた気がする」
難しい顔をするモモ。
俺はチラリと視線を送る。
「それで逃げてきたと?」
「どうなんだろ。それが理由だとか、そもそも逃げてきたのかどうかも分かんないんだよねぇ」
「ほーん。……ってかよ。そもそもの話だが、モモだけがこっち側に来たの? 岩石は他にも飛び散ってたらしいけど」
「えぇ、それマジわかんない。でもボクだけがって考えにくくない? 他にも飛び散ってるならその分鬼もいるんじゃないかなぁ」
「悪いやつらも?」
「さぁ?」
モモが言うには、鬼はこっちとは違う世界に住んでいるとのこと。
先日、だいぶ口が回るようになってきたタイミングをみて、祖父母といろいろ質問してみたのだ。
鬼が住む世界は、地下世界やマントルとかではなく、違う空間がそこにはあるらしい。並行世界や別次元というかんじでもなく、確かにそこにあるが人間は知覚・認知できないから知られていないのではないかとのこと。
モモ曰く、そこまではイメージとして記憶にあるそうなのだが、どういう世界だったとかや、具体的な文明は全くもって思い出せないようで、眉間に皺を寄せながら断片的に情報を吐き出していた。
俺は記憶喪失になったことが無いので、モモの言葉が嘘かホントかなんていうのは分からない。
嘘をついていたとしても、モモが俺たちを騙そうとするメリットが無い。俺たちのような何の地位も影響力も無い一般人を利用する価値は、無に等しい。
だから俺は、とりあえずモモを信じることにし、この状況を受け入れている。爺さんほどじゃないが、不思議な存在に触れて多少なりともワクワクしていたりもする。
何より俺は、モモが嫌いでは無い。
それはこの1週間で感じた全ての結果に過ぎないが、奴はまごうことなき善人だ。
しかし、その一方で不安なこともある。
他の鬼はどうなのか。ということ。
モモは特別なだけで、他の鬼がもし危険な存在だとしたら……。
俺はモモをみた。
隣で幸せそうな顔でくっついている彼女は、どこか小動物みがあって邪険に扱えない。ちょっと撫でてみたいが、撫でてしまうと何か大事なものを失う気がしてならない。
正直、今後何も無いわけが無い。
俺はそう思っている。
モモの発言にもあったが、鬼が邪悪な存在であることは伝承にあるとおり明白。
しかし、受け入れる判断をしたのも俺たちだ。少なくとも誰も反対はしなかった。ならば、この"ファンタジー"に腹を括るのも俺たちの定め。
俺は微妙な表情で、奥歯を噛んだ。




