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サムライピーチ  作者: くろごま だうな
1.「桃から産まれたからってのは、安直で」
1/4

1-1


 ーーーReclaim the power you lost.ーーー


 大学2年の夏休み。

 富士山が噴火した……らしい。


「マジか…」


 俺はそう呟くと、目の前の光景に唖然とした。

 そこに富士山は無い。

 あるのは、うちの畑。


 Jアラートによると、富士山は数分前に小規模な火山活動があったとのことで、軽く噴火したらしい。

 噴火時に一部岩石などが飛び散ったとのことで、"近隣住民"は注意するようにとのことだった。

 なるほど。近隣住民への注意喚起は当然だろう。

 しかし俺は、関東地区在住民である。静岡からは随分と距離がある。

 にも関わらずだ。

 うちの畑には、つい先刻、何か巨大なものが落下したような大穴があった。

 そして大穴からは白い煙が微かに立ち昇っている。


「ここまで飛ぶことは……無いだろ」


 そう呟きつつ、恐る恐る穴に近づく。

 富士山からの飛来物で無いとしたら何だろうか。隕石か、巨大なドローンか、航空機のパーツか。

 何にせよあまり良いものでは無いことは確かだ。

 無惨な姿の野菜たちに手を合わせつつ、俺はゆっくりと穴を覗き込む。


 そこには、大きな桃があった。


 ?


 しばしの間考える俺。

 ちょっと後ろを向いて目を擦る。

 再び桃に向き合う。


"昔々あるところに〜"と脳裏によぎる御伽話が、思考を邪魔する。

 いやいや、まさか。それは無い。川上から流れて来てないし。


 俺は改めて桃を凝視する。

 まごう事なき桃がそこにある。

 しかしその大きさは、スーパーなどで目にする手のひらサイズではなく、人2人ががりで抱えるほどの巨大なものだった。

 穴の直径は4から5mくらいで、深さは2m無いくらい。このサイズの物体が落下したにしては不自然な穴にも見えなくも無い。落下後に自ら沈んだりしたりして…。


「おーい。ハクイ! どーなっとるかぁ?」


 名前を呼ばれた俺は、肩をビクつかせて振り返る。

 畑に隣接する道路に白い軽トラが一台。

 声の主が窓から手を振っていた。

 作業着に身を包む壮年の男性である。

 近所の住人でなかったことに安堵し、俺は手を振りかえす。


「爺ちゃん。やべぇよ! 桃太郎だわ。桃太郎!」

「はぁえ?」


 俺の言葉に、聞き違いだと思ったのか素っ頓狂な声をあげる祖父。

 車から降り、のっしのっしと畑に入ってくる。

 百沢(ももさわ)カンジロウ。御年66歳。母方の祖父であり、俺の育て親だ。

 もう定年から1年経つが60代の割には肌艶があり、活き活きとしている。畑仕事用に作業着を着ているが、普段は本人曰く「ダンディ」を意識しているらしく、小洒落たファッションを好んでいる。


「桃太郎? 宇宙人じゃなくて?」

「どっちもありそうなんだわ…」

「どれどれ…」


 そう言って穴を覗き込む祖父。


「……桃太郎だね」

「でしょ?」


 眺めていても埒があかないので、とりあえず桃を穴から取り出すことにする。


「ホラ、怪力。任せた」


 祖父はそう言ってニカッと笑う。

 この発言、単に俺が若いからではない。

 俺は仕方ないと小さく息を吐くと、穴の中に入ると桃に触れてみる。

 桃は、スーパーで売られているもの同様に表面細かい毛が生えており、質感は間違いなく桃そのものであった。

 軽く手をかけてみるが、数十キロとかいうレベルではなく、百キロ単位の重さを感じる。


「いけそうか?」


 祖父の投げかけに「ん」とだけ応えると、俺は桃をヒョイと肩に担いだ。

 それを見て、ピュウと口笛を吹く祖父。

 俺は軽く腰を落とし、ぴょんと跳ね上がると一飛びで穴から飛び出した。


 俺、百沢(ももさわ)ハクイは超人というわけではない。ちょっと人より力が強く生まれただけ。

 随分昔、テレビがまだエンタメの主流だった時代、あるお笑い芸人が片手でりんごを握り潰す場面が話題になったことがあるらしい。彼の場合は脳のリミッターが外れているらしいが、俺もそれに似たようなものだと思っている。

 カッコよく言うなら膂力におけるギフテッドといったかんじだろうか。

 何にせよ。特別な力とか、そんなものでは無い。

 それに力が強くて役立つことなんてスポーツくらいなもので、クラブ活動をせず机に齧り付くだけの大学生には不要なものだ。

 メリットを強いて言えば、この力で爺ちゃんを手助けできるくらいだろうか。


 不意に脳裏を血の滴る拳がよぎる。

 気にすることはない過ぎた話だ。


 俺は桃を軽トラの荷台に運ぶ。

 祖父と2人で桃にブルーシートをかけて荷台に固定した。

 軽トラのシートに座りシートベルトをかける。


「なぁハクイ。なんかワクワクしないか?」


 祖父は、ファンタジーが大好きである。


「いや、まぁ、うーん。どちらかというと困惑してるわ」

「ふふ。まだまだ若いな」

「若さなのか? というかどうすんのコレ。保健所? 市役所? どこに届け出たらいいかんじ?」


 俺の不安気な表情を他所に、祖父はニヤリと笑った。

 エンジンがかかり、軽トラは自宅へ向かって走り出す。


「まぁ、マジな話をするなら、警察とかに通報するべきなんだろうけどよ。こんっな面白い状況逃したら人生後悔するぞ? こんなんさ。アニメの1話だろ!」

「言わんとせんことは分かるがよ…。大変なことにならんか?」

「なったらなったでソレも人生だろ。……どう? このセリフ。主人公ぽくない?」

「66の主人公か。打ち切りかなー」

「世知辛いな」


 ソワソワしつつも"家主が言うならええか"と、俺も俺で大概な感想を抱く。

 そんなこんなで畑から5分で自宅に着く。

 コテコテの日本家屋。とは言ってもいろいろ修繕したりしていて、扉も引き戸から一般的なものにしていたり、インターホンもモニタータイプだったりと色々近代化させてはいる。というか部分的にチマチマ変えるなら建て替えたらいいのでは? とか思ってしまう。しかし、実際この敷地で物件を建て直すといくらするのか俺には想像がつかないので黙っておく。


「婆さん! ネタが入ったぞ!」

「ネタ言うな」


 祖父の興奮した声に、家の奥からドタドタと足音が近づいてくる。


「さぞかし濃厚なBLなんだろうなぁ? え?」


 廊下から顔を出した祖母はニヤリと笑みを浮かべている。

 百沢(ももさわ)ミエ。俺の祖母。61歳。先ほどの発言から分かるように、サブカル沼どっぷりのオタクである。最近はストリーマーやVtuber諸々の配信者にハマってる模様。俺はさほど詳しくは無いのだが、そこそこ名の知れた同人作家の顔を持つ。ジャンルはもちろんBLだ。


「婆ちゃん。結構大事なんだ。とりあえず車まで来て」


 俺の冷静な発言と、真面目な表情に祖母は目を丸くして祖父と目配せする。

 祖父も真面目な面持ちで頷いた。


 祖母に簡単に経緯を説明し、中庭に例のブツを運んだ俺は、祖母の前でソレからブルーシートを剥ぎ取った。


「桃じゃん」

「いや桃なんだけどさ。サイズよサイズ」

「まぁ確かに。……コレが畑に?」

「そうそう。簡単に埋めてきたけど、かなりデカい穴が出来ててさ」


 深刻な表情の俺を他所に、爺さんと婆さんはニヤニヤしながら相談をはじめる。


「え、爺さんコレって、なんか物語のはじまりみたくね?」

「さっすが、婆さん。分かるクチよな。絶対おもろいことなるで」

「え、ガキ産まれる? ガキ出てきたりする?」

「鬼退治マ? 怪異モノかぁ。御伽話ぶっ飛ばして、週刊誌連載いけるやつ」


 この2人感性若いよな…。つか、ガキ言うな。

 俺はため息をつく。

 その時だった。


 突如として桃が震え出す。

 俺たちはピタリと動きをとめて、桃に凝視する。

 ゆっくり変色した桃は形を変え、巨大な岩石に変化した。


 ピシリ


 巨大な岩石の頂点に亀裂が入る。

 卵が孵化するが如く、じわじわと亀裂は広がっていく。

 岩石は遂には真っ二つになると、ゆっくりと開いていった。

 そして、予想通りと言うべきか。

 中から子供が出てきた。


「「ガキキタァア!!」」


 爺さん婆さんの黄色い悲鳴を他所に、俺は現れた素っ裸の子供を見やる。

 歳は園児程度だろうか。男の子であり、しっかり二足で立っていた。

 少年はしばらく天を仰ぎ呆けていたが、ゆっくりと視線を落とす。

 その視線が俺とぶつかる。


「ハクイ」


 少年が俺の名前を呼んだ。

 しばしの静寂。


「……え?」


 俺はハッとして聞き返す。

 少年は無垢な表情で俺を見つめている。

 俺の呼び方は沢山ある。名前や苗字、あだ名、それぞれある中でそのイントネーションには個性が出る。友人が呼ぶハクイ、家族が呼ぶハクイ、いろんなハクイがある中で、何故か少年が口にしたハクイは、懐かしいような落ち着くような不思議な感情が呼び起こす。

 この感じ。どこかで俺はこの少年を知っているような気がした。

 俺が何か言おうと口を開きかけた時、少年がトテトテと小走りに近づいてきて俺の足に抱きついた。


「ハクイ」


 庇護欲?

 なんとも言えない感情に支配されつつ、顔を埋めている少年をそっと足から引き離す。

 俺はしゃがみこむと、少年と目線を合わせた。


「えっと。どこかで会ったっけ?」


 すると、少年は首を傾げた。

 俺は少し考えて、別の問いを投げかける。


「……君はどこから来たの?」


 少年は、くるりと振り返ると遠方の空を指す。


「白い山からキタ」

「白い山…?」


 俺は嫌な予感がしてスマホを取り出すと、富士山の画像を少年に見せた。


「これ?」

「コレ!」


 俺は祖父母の方を見る。……が、いない。

 気がつくと食い気味な様子の祖父母が俺の両肩から顔を出している。


「ファンタジーだよ婆さん」

「私たちの孫が主人公なやつだよ爺さん」

「2人とも真面目に!」


 2人はずっとこの調子なのだろうか。

 俺はそろそろ苛立ってきたが、年寄りに怒っても仕方がない。

 そんな俺の肩に、祖父がポンと手を乗せる。


「いやしかし、力太郎の次は、桃太郎か…」

「誰が力太郎だ…」


 何かのドッキリを疑ったが、いつまで経ってもカメラは現れないし、少年の様子はどこか普通じゃない感じがした。こういうのは良くないのかもしれないが、どこか人間ぽくない。

 俺は念のため、最後に問いかける。


「君は〜。人間……だよね?」


 すると少年はキラキラした瞳で首を傾げる。


「ちがうよ」


 嫌な予感が増す。

 俺は息を呑む。

 まぁなんだ。桃が岩になったり人が出てきたりで、事態が人智の外にあることは覚悟している。次の一言が仮に地底人だろうと桃太郎だろうとある程度は耐えられる自信があった。

 さぁ来い。

 俺は少年を怖がらせまいと、ぎこちない笑顔のまま続きを待つ。

 そんな心中を知ってか知らずか、少年は俺の目を真っ直ぐに見つめながら続けた。


「ボクは鬼だよ」


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