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サムライピーチ  作者: くろごま だうな
1.「桃から産まれたからってのは、安直で」
4/4

1-4

 ソーメンを食した翌日、俺たちは東京に出ていた。祖父は定期健診で不在故、モモ、祖母、俺の三人での買い物となる。


 人混みや目新しいものに目を輝かせるモモ。

 祖母は彼女に普段着も含めてさまざまな衣類を買い揃えていく。当たり前だが、男性時の衣類も買うわけで、なかなかな数になる。

 俺は荷物持ち要員だ。

 婆ちゃんは、なんでも似合うモモで着せ替え遊びを楽しんでいる。モモもノリノリで楽しそうだ。


 なんだかんだで日用品や食料まで買い込み、帰路につく。

 1日の終わりを告げる赤い光に目を細め、モモを見る。なんかちょっとだけ、ギャルくなってる…。婆ちゃんの趣味……では無い。コレはヤツのセンスか?

 茶色のベレー帽と、黒いヘソだしのトップス。薄い桃色のオーバーサイズのカーディガンを羽織り、白地のプリーツスカートと、通気性の良さげなレース生地の黒ブーツ。

 組み合わせだけみると、そこまでだが、なんというか着こなし? スカートの丈だとか、カーディガンの萌え袖だとか、それらの要素がモモに絶妙なギャルみを与えている。というか、改めてだが、乳デカいな…。カーディガンでシルエットは誤魔化してるが、やっぱりデカい。エグいデカい。

 まぁ、ギャルは嫌いじゃ無いですよ。野生のギャルは怖いんだけど、身内や知り合いがギャル化する分にはシンプルにかわいい。別に選り好んでギャルが好きなわけではないが、見ていて不快感や苦手意識はない。

 俺の視線に気づいたのか、モモがニコリと笑う。その目尻が微かにキラキラ光ってる。ラメ入りのコスメでもしたのだろうか。野郎の時は、オシャレのオの字もないくせに、女の時はヤケに気合いが入っているように感じる。

 モモは後ろで手を組み、くるりと回ってみせた。


「どう? 惚れた?」


 俺は腕を組み少し考える。

 なんだろうか。確かにかわいい。ちょっと居ないくらいかわいい。最強の美少女だとは思うんだが、なんかこう……キュンとしないというか、不思議と慣れている気がするというか、家族を見る感覚とまでは行かないが、それに似た感情がある。


「あー、かわいいかわいい。世界一かわいいわ」

「あー! なんか適当言ってる! ばぁば〜! ハクイが適当にあしらう〜」


 頬を膨らませ、婆ちゃんに泣きつくモモ。

 その様子を他所に、俺はスマホで時間を確認する。

 18:23。

 完全な日没まで、まだ時間はある。

 サクッと帰れば、夜の時間もゆったり過ごせそうだ。


 吹き抜けた初秋の風。

 うちの大学は、8月頭から9月末が夏休み。

 休みの時期に、この風を感じられることがどこか特別な気がする。高校時代には無かった感覚だ。

 夏の終わりを感じつつ、夕日の眩しさに欠伸をしてしまう。


「鬼……」


 不意にモモが呟いた。


「なんて?」


 俺が聞き返す間もなく、フラフラとモモが路地裏に近づいていく。

 咄嗟に婆ちゃんがモモの腕を掴む。


「モモ?」


 婆ちゃんが強張った表情で問いかける。

 しかし、モモはボーっとしたまま路地裏の先を見つめていた。

 次の瞬間、モモの腕が祖母の手をすり抜けた。

 転けそうになった祖母を支えて顔をあげる。

 モモは、ゆっくりと路地裏を進んでいく。

 

「おいモモ! どうしたんだ!」


 声は届かない。

 気のせいだろうか、奴の足が少し、ほんの少しだけ透けているように見えた。

 俺は、婆ちゃんと顔を見合わせる。


「婆ちゃん。あとでメッセージするから、近くの店で待っててくれね? 探してくる」

「…私が行っても役には立たないね。ハクイ任せた」

「あぁ」

 

 俺は祖母と別れ、モモを追う。

 モモはゆらゆらと歩いているのに、何故か距離が縮まらない。妙だ。

 彼女は、路地を抜け、人混みを抜け、裏通りを進む。そんなに距離は歩いていないが、なんだかすごく歩かされたように思う。

 気がつくと俺たちは、夜の公園にいた。

 すごく広い。木々があり、ベンチと広い敷地。校舎のような建築物がいくつか見える。

 そこで俺は、ここが公園ではなく、どこかの大学キャンパス内であると気づく。

 モモは広場の中央で立ち止まっている。


「モモ……急に何が」


 俺は言葉を切った。

 

 周囲に奇妙な音が響く。

 グチュグチュと、泡立ったヘドロを踏み締めるような音。

 辺りには鉄臭い香りが充満しており、その生温い臭気に顔を顰めた。


 モモの視線の先に何かある。


 俺はモモの隣に立ち、薄暗い木々の間を見た。

 そこには何かがうずくまっていおり、ゴソゴソと動いている。

 その様子は、餌にがっつく大型犬。

 しかし、大型犬というには、ソレは大きすぎる。遠目にみるだけでも分かるが、人の倍くらいのサイズがあるように見えた。

 闇に目が慣れてくる。

 慣れに合わせて鮮明となる光景に、俺は目を見開いた。


「人を……喰ってんのか」


 横たわる女性の腹部を何かが貪っている。

 骨をしゃぶり、血液をまき散らし、臓物をひっぱり噛みちぎる。

 手足が異様に長い、色は暗い赤色。全裸だが、ところどころに鱗のようなものが生えており、腰にはボロ布を巻いている。耳は尖っており、毛髪はボサボサに伸びきっていた。

 人体を貪る口は耳元まで裂けており、鮫のように鋭い歯が並んでいる。

 金色の相貌がギロリとコチラを睨む。


「ダメだよ。人を食べるのは…」


 聞いたことの無いほど低いモモの声に、俺はゾッとする。

 次の瞬間、突然モモが火を吹いた。


 未知の生物が大きく飛び退く。

 モモの爆炎が遺体を焦がし、灰へと変えていく。

 ゆらゆらと揺れる焔の向こうで、食事を邪魔されたソイツはゆっくりと口元を拭う。


「人を連れた鬼。……妙だな貴様」


 見た目と動きに反して紳士的な口調に、冷静な声色。

 その言葉にモモは反応しない。

 俺がモモの手を取る。


「モモ!」

「えっ!?」


 ようやく我に返ったのか、モモがビクリと身震いし変な声を上げる。

 俺は身構えつつ、モモの手を引く。


「アレ。もしかして同胞か? モモのこと、鬼って言ったぞ」

「え…、ん? んん? うん。めっちゃ鬼だ!」


 モモは、ゲェッと嫌な顔をして身を捩る。

 鬼は消えていく焔を眺めつつ、首を鳴らす。


「実体化はまだと見た。……その割には大した鬼導。質の高さを感じるな」


 その言葉いい終わるや否や、鬼が視界からかき消えた。

 かつて暴力で研ぎ澄ませた直感が、危機を知らせる。

 俺は咄嗟にモモを庇うように抱きしめた。

 

 直後、右肩に凄まじい衝撃が加わる。

 あまりの打撃に殴られてと理解するまでに、時間がかかった。

 メリメリと音を立て、俺の肉体が軋む。

 抱きしめたモモが驚愕の表情を浮かべる。

 俺は大きく吹き飛ばされ、木々をへし折りながら遥へ。

 敷地内の噴水を破壊し着水する。

 感じたこともない衝撃に、神経が混乱しているのが分かる。水中で、グラつく視界と、色を失う世界。意識が遠のいていく。


 こうしては、俺は夢を見るに至った。というわけである。


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「ハクイ! ダメだ。人間の力じゃ敵わないよ!」


 モモが叫ぶ。

 俺は構わず滴る水滴を拭い、袖を捲る。


 ーーーReclaim the power you lost.ーーー


 アレがただの妄想で無いことを願う。

 俺は拳を握った。


 刹那。


 目前に鬼の拳が迫る。

 人の3倍はある拳。だが、今回は視えていた。

 俺の拳が鬼の拳に激突する。

 衝撃波がぶつかり合い、空気を振動させた。


 鬼が目を見開き、大きく飛び退いた。

 その様子を見ていたモモは、唖然とした表情で声を漏らす。


「うそぉ…」


 俺の怪力は暴力でこそ輝く。

 その事実に気がついたのは中学時代。当時、これは人に知られてはいけないものだと、力を隠すことが当たり前だった。

 しかし俺は、ある事をキッカケにこの力を"誰かのために使う"という名目を得てしまう。誰かを救うこと。誰かを護ること。そんな理由をつけながら俺は自身の特別性を発揮していった。

 この力なら何だって変えられる。そう錯覚すらしていた。

 しかし、現実はそこまで単純ではなかった。


 脳裏にチラつく病室。


 俺は、煙をあげている自らの拳を見つめる。

 全部は変えられない。

 だが、救い護った事実もある。俺がする必要は無かったのかもしれない。俺がいなくても何とかなったかもしれない。実際そうだったであろう物事は沢山ある。

 でも……、


「やっぱ、俺はこうしたいんだよな」


 窓際で笑っていた少年が記憶を掠める。

 俺は身構えた。

 誰がどうとかでは無い。俺は、誰かのために拳を握れる奴でありたい。これは崇高な善性でもなければ、優しさでもない。ただ、自分はこういう人間でいたいというエゴだと思う。

 エゴであっても、それで良い。それが人間らしさであると、とうの昔に気づいていたはずだった。気づいていながら蓋をした。友を理由に、この力が社会では役に立たないことを自身に言い聞かせてきた。

 だが、今は違う。

 目の前に、この力を使うに相応しい存在がいる。人を喰う鬼。あまりにも非現実、非日常。だからこそ、俺の非常識さが釣り合ってしまう。


 俺は地を蹴った。


 瞬く間に鬼の懐に潜り込み、右拳を振るう。

 振り上げたアッパーが腹部を捉えた。

 鈍い衝撃音。

 鬼が目を剥く。

 俺は止まらない。

 右拳と同時に踏み出した右脚を軸に体を反転。左脚による裏拳ならぬ裏蹴りが炸裂。

 胴体を捉えた裏蹴り。鬼が吹き飛び木々を薙ぎ倒す。

 手ごたえはあった。

 しかし、鬼は鬼で頑丈なようで、木の葉と木屑を払いのけ、すぐさまムクりと起き上がる。


「素晴らしい力だな少年。だが、惜しい。それほどの力を持ちながら、貴様は人間だ」


 鬼はそう言ってほくそ笑み、両の掌を前方に構えた。

 ゆっくりと掌を向い合わせる。


 ーーー鬼導術(きどうじゅつ)閣閻郷(かくえんきょう)ーーー


 激しく合掌する鬼。

 突如として、俺は立方体で区切られた空間に閉じ込められてしまう。

 驚きに一瞬硬直してしまう。

 モモが火を吹くようにコイツも異能を操ることができるのか?

 突然の事態に、状況把握を急ぐ。

 よく見ると同時に閉じ込められた砂埃や瓦礫がゆったりと浮遊している。

 この空間内では、時間の流れが遅いのかもしれない。

 現に俺も反射的に突き出した拳がスローモーションのようにゆっくりと動作している。意識は通常の速度。物体の時間だけが遅れていた。


「あ"ぁ"あ!」


 気合いで障壁を殴る。

 立方体は音を立てて破壊された。

 少子抜けするも束の間、目前に鬼の拳が迫る。

 反射的に顔を庇う。

 奴の拳が腕に接触し、骨が軋む。

 歯を食いしばりつつも大きく吹き飛ばされる。

 鬼が再び合掌し、俺は空中で立方体に閉じ込められた。

 今度は、俺が壊す前に、鬼自ら立方体ごと俺を殴る。

 結界の破片が四散し、俺は噴水の瓦礫に突っ込む。

 轟音が響き、モモが俺の名を叫ぶ。

 この程度では負けたく無い。

 俺は口に入った砂と水を吐き捨て、立ち上がった。


 なるほど。わかりやすくて助かる。

 あくまで予想に過ぎないが、状況を鑑みるに、鬼が操る立方体は、任意の空間を時間から切り離す小結界。発動条件は合掌か。

 小結界そのものは脆いが、あのように術者の自力が強いと、時間差攻撃や反撃の余地を与えない連続攻撃に応用できるわけだ。

 擬似時間停止。聞こえは良いが、自由度は低い。意識外から飛んでくる攻撃ならまだしも、能力発動中も状況判断ができる。俺の耐久なら、まだまだ耐えられる。時間さえあれば、いくらでも対策が浮かびそうだ。


 そう思った時だった。


 俺は無意識に膝をついてしまう。まるで崩れ落ちるような体の脱力感。

 何かされたのか?

 考える間も無く、鬼の拳が俺を捉えた。

 寸前で両腕を構えたが、攻撃を受けきれず吹き飛んでしまう。

 飛ばされはしたが、ガードは間に合っている。

 俺は空中で回転、身体をしならせて衝撃を四肢の末端へ受け流す。

 木の幹へとしゃがみ込むようにして着地。しゃがみ込みで得た勢いを利用し、木を蹴った。

 俺は、バチンと音を立てて弾き出される。


 ガードのために腕を構えた際、力は戻っていた。

 なんだ今の違和感は…。

 

 俺は一瞬にして鬼の眼前に迫り、正拳突きをその眉間に叩き込む。

 激しい打撃音が反響し、鬼が大きくのけ反った。

 しかし鬼は踏みとどまる。

 凄まじい腹筋力で身体を起こした鬼は勢いよく両手を打ち合わす。

 合掌。

 立方体が出現し、俺を閉じ込める。

 俺は顔を顰めた。

 鬼は勢いよく飛び上がると、立方体を上空から殴りつけた。

 地面に叩きつけられた結界が崩壊。

 飛び散る破片の中で、俺は鬼の拳を頭上で受け止めた。

 衝撃波で地面が陥没する。

 歯を食いしばりなんとか持ち堪えようとするも、再び先程の脱力感が肉体を襲う。


「マジかっ!」


 膝を突き、体勢が崩される。

 脇腹に鬼の蹴りが入った。

 骨が軋む。

 俺は蹴りを受けて吹き飛び、大学校舎の壁に激突した。


「かっ! …はっ」


 空咳のような、空気を吐き出す変な音が出た。

 力は戻ったが、間違いなく肋骨が折れている。

 何故力が抜けるのか。まだカラクリが見えてこない。立方体から出た直後に必ず来るのは分かっている。そもそも結界に捕まらなければ良いのだろうが、回避方法がわからない。

 激痛に顔を歪ませ、俺は土埃を払う。


 鬼はそんな俺の様子を見て、拳を下ろしゆっくりと近づいてくる。


「勝負あったな人間」


 俺は額から溢れる生汗を拭う。


「どうかな?」


 強がりは見え透いているのか、鬼はため息をつく。


「骨が折れたのだろう。著しく魂が揺れている。それほどのダメージを受けた人間が、満足に戦えるとは思わない。…何、恥じることはない。人の身でありながら、貴様はよく戦った。私が人を食らう前であれば、退けられていたやもしれん」


 俺は生唾を飲み込み、笑ってみせる。


「……世辞とか鬼も言うんだな」

「私は鬼だが、拳士でもある。強き者には敬意を払う。貴様は私が知る限り、唯一対等に殴り合えた人間だ」

「そりゃどうも」


 俺はそう言って片膝をつく。

 息が荒い。

 これは骨が折れただけじゃないな。内臓に刺さるくらいはしているかもしれない。

 鬼が目前に仁王立つ。


「貴様には選択肢がある。1つは私に喰われる。もう1つは、私とーー」


 言い終わらない内に、俺と奴の間を爆炎が駆け抜けた。

 炎の壁が立ち上り、たまらず鬼は後退する。


「そうか。貴様がいたな…」


 鬼はそう言って顔を上げる。

 俺の隣には、口から火花を散らすモモがいた。

 モモは俺の側にしゃがみ込み、肩を貸そうとする。


「モモ…」

「ハクイ。逃げよ」


 モモの言葉に、俺は反射的に首を振ろうとしたが、グッと堪える。

 現実的に考えて、ここは引くべきだ。

 未知の存在、異能、あまりに俺は知らない。力だけでは押し勝てなかったなら尚更引く判断が妥当だろう。

 俺は声を絞り出す。


「…逃げよっか」


 モモが頷く。

 すると、周囲にバチンと激しい破裂音が響く。

 奴の合掌だ。

 しかし、現れた立方体は俺たちから少し逸れた場所に出現した。

 

 ?


 ゆらゆらと揺れるモモの炎が、俺たちの周囲を護るように取り囲み、より大きな障壁を作る。

 再び鬼が合掌したのがわかる。

 先出の立方体が消滅し、新しいものが出現した。

 それもまた、俺たちが微妙に逸れた場所に浮いている。

 

 完全に視認していないと閉じ込められないのか。


 モモの炎が陽炎を生み、鬼から見た俺たちの位置をズラしている。2回も外したのが、その証拠だろう。

 俺は更に考える。

 結界も、1つずつの発生が限度のようだ。

 山勘で発生させたのを見るに、複数個の同時展開はできないと考えるべきか。

 できるなら複数結界を放ち、確実に拘束した方が楽に仕留められる。わざわざ1つ1つ放つということは、奴が馬鹿か、そもそも出来ないの2択。

 この発想を誘うためのブラフという考え方もできなくないが、現状奴に圧倒的な優勢がある状況でソレは無いと考えたい。

 俺は呼吸を整える。

 能力の分析が進む一方で、あの脱力感の正体が分からない。仮にわかったとしても、俺には決定打になるような一撃が出せない。殴り合って分かったが、俺の力では鬼にトドメは刺せない。

 どんなアスリートでも、巨大なヒグマを相手に素手での殺し合いを挑めないように、俺が"人"である限り、奴との壁は超えられない。そんな確信があった。


 俺たちが逃げる隙を窺っている間も、鬼は合掌を続けている。

 逃げるとは言ったものの、できそうにない。

 今は炎が俺たちを視覚的にも物理的にも守っているが、これもいつまで持つのか分からない。

 ふとモモを見ると息が上がっている。

 モモは自宅で火を吹いた時、火を吐くのも体力がいると言っていた。

 時間は無い。だが、逃げ場もない。

 何か出来ないかと必死に考えるが、これという案が浮かばない。


「思い出せたことがあるの」


 不意にモモが口を開く。

 俺はモモに視線を向けた。


「鬼は魂だけの存在。幽霊みたいなものなの。普段は食事や物質を取り込むことで、仮の実体を持つ。でも、人と違って取り込んだエネルギーで細胞分裂を起こして肉体を作ることはできない。エネルギーは仮の肉体を現界させるために使われる」


 そう言って彼女は、俺に左腕を見せた。

 俺はギョッとして目を見開く。

 モモの左腕はまるでガラスのように透けていた。

 

「ボク、結構食べるでしょ? 燃費わるわるなんだよね…。炎の維持も体力使うんだ」

「モモ…おまえ……」


 俺は拳を握りしめる。

 また、何も出来ないのか。


 ーーーReclaim the power you lost.ーーー


 …


 ーーー螟ア縺」縺溷鴨繧貞叙繧頑綾縺.ーーー


 …


 ーーーSeek new power.ーーー


 脳裏に先程みた夢が思い起こされた。


『縛られる必要は無いよ。君は元よりその力を正しく扱える。そう。その力も。……これから手にするものも』


 眩しい逆光の中、確かに彼はそう言った。

"これから手にするもの"と。

 俺は、モモの透けた腕に静かに手を添えた。


「…ハクイ?」

「なぁモモ。まだ、あるんだろ? …思い出したこと」


 するとモモは、目を逸らす。


「モモ。…頼む」


 俺は彼女の手を握る。

 あたたかい。

 コイツは自分を鬼だと言ったが、正直言葉や事実は理解していても、心の底では人間のように感じている自分がいる。実際火を吹くし、男になったり女になったりする。確かに人間っぽくは無い。それに、今まさに、消えそうになっている。

 たった1週間と数日。

 それだけしか一緒に過ごしていない。それでも俺にはモモが、今目の前で人を喰らった鬼と同胞とは思えなかった。

 モモの笑った顔、落ち込む顔、いろんな瞬間を思い出す。

 本音を言えば、結構鬱陶しいし、生活は狂った。だが、俺はモモといることで、どこかに忘れてきた何かを取り戻せたような、そんな気すらしていた。

 俺は、モモの両肩を包み、複雑な表情の彼女に真っ直ぐ向き合った。


「俺はまだモモと一緒にいたいし、ここで死ぬわけにもいかない」


 その言葉にハッとしたのか、モモはゆっくりと話し始めた。


「…鬼は、人の血を得ることで完全な姿、実体を得る。あの鬼がまさにそう。そして、ここからが大事な話」


 合掌音が響き、立方体の角がモモの左頭を掠めた。

 モモは動じない。

 パッと散る彼女の髪と、その凜とした表情を俺は何故か知っているような気がした。


「血の得方、実体化は、2種類あるの。1つは人を喰べることによる完全自立の実体化。もう1つは…」


 モモは一呼吸置き、俺の目を真っ直ぐ見た。


「人間の意思による血の譲渡を受け、融合することでの実体化」


 なるほど。そうきたか。

 俺は尋ねる。


「仮に俺たちが融合すると、どうなる?」


 モモは少し考える。


「まずは2人が重なることで、鬼と人間が混ざった上位種族"鬼人"が誕生する。意識は実体を持つ人間側にあると思う。鬼の力……鬼導術が使えるようになる。ハクイとボクの場合は、ボクの炎を操れるようになる…はず」


 思った以上にファンタジーだったが、聞く限りメリットしか無い。

 もし俺たちが鬼人になれるなら、この状況を打開できそうに思える。


「デメリットは無いのか?」

「それが分からないんだ。実例を聞いたことが無い。ボクの記憶に無いだけか、本当に実例が無いのか…。でも、他種族との融合で莫大な力を得る代償が無いはずが無い。必ず対価、相応のデメリットがある」


 モモが話したがらなかった理由はコレか。

 俺は深く息を吐く。

 なんだ。やっぱりコイツは優しいやつじゃねぇか。少なくとも、人を喰う奴らとは違う。


「なぁ、この際デメリットの話は無しにしようぜ?」

「え?」

「どのみち、俺たちに択はねぇんだ。時間を浪すれば、俺は内失血で死ぬし、モモもエネルギー切れで消滅。このまま立ち向かっても、俺は喰われる」

「でも…っ」


 俺はモモの頬に触れた。


「まぁ、いいじゃん。俺って案外、先のこととか考えないタイプなんだわ。なるようになる」


 モモは目を赤くし、瞳に涙を浮かべている。


「人じゃなくなるかもしれないよ?」

「モモは人じゃないけど、俺たちと仲良くできてるじゃん。問題ねーだろ」


 彼女の瞳から、雫が流れ落ちる。


「…いいんだね?」

「あぁ、頼む。やってくれ」


 俺の言葉に、モモはコクリと頷く。

 モモは俺の両手首を掴み、そっとその場に押し倒した。

 何をするのかと、困惑するのも束の間、モモは俺の首筋に噛みついた。


「ぐっ……んっ!」


 僅かな痛み。

 反射的に身を捩るが、モモはグッと俺に密着し身動きが取れない。


「うっ…くっ」


 されるがままの俺。

 身体を寄せてくる彼女。

 モモは両手首から手を離し、俺の身体をそっと抱きしめる。

 最初は苦しいように感じたが、次第にじんわりと思考がボヤけるような妙な快感が首筋から全身に広がってくる。

 同時に周囲を守っていた炎が、そっと俺たちを包み込む。

 優しい炎だ。

 炎の繭に包まれた俺たち。

 体が溶け合い、意識が混ざる。文字通り"融合"していく感覚。

 そしてーー、


 一瞬にして炎が消える。

 鬼は何ごとかと身構えた。

 その場に残されたのは、白色の炎。

 炎で出来た繭が静かに崩れ、散っていく。


 俺はゆっくりと目を開けた。


 少し視線が高い。

 姿が変わったことで背が伸びたのだろうか。

 少し離れたところにある校舎の入り口、その窓ガラスをみる。

 そこには、耳の尖った長身の男が映っている。

 夜風に靡く白銀の髪は、毛先にかけて蒼みががっており、瞳は金と翡翠のオッドアイ。肌は色白で、男性時のモモのようであり、どこか俺自身の面影がある。

 ふと脇腹をさする。

 肋の痛みがない。

 なるほど。融合の過程で肉体が再構築されたため、傷も癒えたのだろう。


 俺は右手を正面にかざす。

 すると、蒼白い炎が出現した。

 蒼焔は勢いよく広がり、周囲を青の世界へと塗り替える。

 

 これが鬼の力。

 俺は蒼白い炎を引き延ばし、そこに太刀を作り出す。炎が凝縮され、真っ白な刃を形成した。

 不思議な感覚だ。

 はじめて触れる力でありながら、まるで生まれた時から知っているような当然の意識。俺は何の手解きもなく異能を操れた。

 敵はこちらの様子を伺っているのか、仕掛けて来ない。

 正面に浮遊する太刀を掴む。

 途端に鼓動するかのように激しく燃える炎。

 俺は刀を握る左手を振りかぶる。

 一振りした刀が焔を斬り払う。


 蒼焔の鬼人。

 俺の髪が蒼白く輝き、煌々と燃ゆる炎の如く逆立ち揺らめく。

 俺は、刀の切先を鬼へと向けた。


「さぁ……鬼退治だ」


              【to be continue…】

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