第82話 アストラの責任
「ダメだ。なんにも思いつかない……」
ミサイルを撃ち尽くした理由を小一時間考えていたが、何も思いつかない俺は、言い訳をするのを諦めた。
元々、言い訳なんていうものは得意じゃない。皇帝がいる移民街の最上階に行って、正直に謝ろう。そしてその帰りに、コンビニ——ノレーソンでポイントを貯めてくるんだ。
そう考えた俺は、倉庫から出ることにした。
目の前のハッチがゆっくりと開く。
「眩し!」
開ききったハッチの前に俺は立ち尽くした。
そこには、朝だというのに煌々と光を照らすフェイスの船が、停泊していた。
その船が放つ光は朝の陽光よりも遥かにまばゆい。
船首に取り付けられたミラーボールが放つ光の中、電気を無駄遣いした移民たちが踊り狂っている。
まだ続けてるのかよ。どっかのクラブか?
少なくとも俺が知ってる祭りとは違うな……。
俺はその人々を無視し、移民街のコンビニの前を後ろ髪を引かれながら通り過ぎると、最上階へと向かった。
今の時間ならば、皇帝は朝食をとっているはずだ。
皇帝の居室に辿り着くと、扉の上部に取り付けられたセキュリティ装着が、俺の顔をスキャンした。
シュンッ!
小気味のいい音を鳴らしながら自動ドアが開く。
目の前に座っている皇帝が、俺の顔を見て満面の笑みを浮かべた。
皇帝の前のテーブルには、毎度おなじみのプロテインブロックと、あの地獄の豆腐が置かれていた。
「おお、アストラ君じゃないか! こっちに座ってくれたまえ」
「失礼します」
あの笑みも、すぐに鬼の形相へと変わるのだろう。俺は頭を下げながら覚悟を決めた。
皇帝のついているテーブルには、左から順に皇后、皇帝、エライア、マオ、フェイスが座っていた。
俺が、空いている椅子——皇后とフェイスの間に腰を掛けたとき、マオが隣に座っているフェイスに声をかけた。
「これおいしいのよ! おにいちゃんもたべてみるのよ」
顔をしかめるフェイス。
豆腐は食べたことないだろうな。
俺は、フェイスに声をかけた。
「本当においしいですよ。一度試してみては?」
俺がそう言うと、フェイスの肩がビクリとはねた。
「……くっ。服従の証を見せろと言うことか……」
なんだか訳の分からないことを呟いたフェイスが、涙目で豆腐を食べ始めた。
泣くほど美味しいということだろう。
おいしそうに豆腐をほおばるフェイスに嬉しくなった俺は、「もっとたくさんありますよ」と、豆腐をフェイスに差し出すと。
彼は、目を見開いたまま、涙目で食べ続けた。
その様子を微笑みながら見ていた皇帝が、ゆっくりと口を開いた。
「アストラ君。ムツヴァル星から、連絡が来たぞ」
「連絡、ですか?」
皇帝の言葉に首をひねった。なんだ連絡って?
「あぁ。君がムツヴァル星の悪しき王、バンユーを撃墜したため、王権が正式な継承者ジョナールに移ったらしい。ジョナール女王は銀河連邦から離脱し、我が……いや、この帝国の傘下に入るそうだ」
「そ、そうですか。帝国の勢力拡大おめでとうございます」
またなんだかややこしい話になってきたな。まぁいい、政治的なことは俺にはなんの関係もない。
俺はただ、コンビニのポイントを貯めながら、ゆっくりと暮らすだけさ。
「おめでとうございますなどと、他人事のように言う、君のそういう所を見込んでいるのだよ」
「は、はぁ。そのような言葉をいただけるとは、大変嬉しく思います」
よし、いまが好機! いまなら言える!
そう思った俺は、そのまま言葉をつないだ。
「陛下。実はですね……昨日の祭りのミサイルの——」
俺の一世一代の覚悟を決めた告白の途中で、皇帝がパンッと手を叩いた。
「あぁ! あれは凄かったな。みな大興奮だったぞ!」
「それがですね……その、経費が……」
「あぁ、あれだけ打ち上げれば仕方ないだろう。あとは全部君次第だしな」
俺次第? なんだそれ?
「私次第、と、申しますと?」
皇帝が何を言っているのかさっぱりわからない俺は、戸惑いながら皇帝の目を見つめた。
皇后は無言で頷いている。
エライアは、なぜかずっと下を向いていた。目の前においてあるまずそうな赤いプロテインブロックの色が反射しているのか、すこし顔が赤く見えた。
なお、フェイスは相変わらず、涙を流しながら豆腐をぷるぷるんと頬張っていた。
その姿を見ながら、マオが満面の笑みを浮かべ、パチパチと手を叩く。
「なくほどおいしいのよ」
皇帝はその様子を幸せそうに見回したあと、俺のほうに向き直った。
「私はここが気に入ったのだよ。だからこの星で暮らそうと思う。帝国は君に任せよう」
「……は? いや、いやいやいやいや! 冗談はおやめください。びっくりしましたよ! ははっ……」
「私は本気だぞ? ほら、エライアももうそのつもりだ」
「……そのつもりとは?」
「エライアを君の妃として、君には皇帝になってもらうぞ。それと、はいこれ」
皇帝は、そう言いながら紙切れを差し出した。
それを手に取った俺の頭が真っ白になる。
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請求書
アストラ・アエット様
金 肆兆弐阡億 塗也
但
ミサイル10万発の代金として
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「え!? ちょ……これは!? っていうか、がっつり漢字じゃねぇか! ヌールって『塗』って書くの初めて知ったんだけど!?」
思わず叫んだ俺を見た皇帝が、首を傾げた。
「漢字? 当たり前だ。君の祖先が広めた伝統だからな」
「いや、ちょっと待ってください! まだ引き受けるとは——」
慌ててそう言った俺の言葉を、立ち上がったエライアが遮る。
「アストラ様は、わたくしが妃になるのは嫌なのですか?」
少し涙で潤んだその瞳に引き込まれた俺の心臓がドクンと高鳴った。フェイスはプルンと豆腐を頬張った。
「え!? い、いや、決してそういうわけでは……」
「では決まりだな。では戴冠式をこれから始めるぞ」
皇帝が膝を叩いて立ち上がった。
フェイスは鼻をすすって豆腐を頬張る。
「これからって、急すぎるでしょ!」
「善は急げと言うだろう」
皇帝が俺の腕を引っ張って部屋の外へと歩き出した。後ろからエライアがグイグイと押してくる。
部屋の中に俺の叫び声が木霊した。
「やめてくれ! 俺は平穏に暮らしたいだけなんだぁ!」
豆腐を頬張り続けていたフェイスが叫び声を上げた。
「美味ぁい!!」
「おいしいのよ!」




