第72話 奴隷の移住とアストラの備品管理
「もう大丈夫よ。わたしはジョナール。あなたの名前は?」
ムツヴァル星の正統な王位継承者のはずだったジョナール・ムツヴァルは、ずぶ濡れになった少女の頭をタオルで拭いて、新しい服に着替えさせようと服を脱がせた。
そのとき少女の肩から背中にかけて、大きな傷跡があることに気づいた。ジョナールはその傷跡にそっと触れた。
「あなた……。これは……火傷?」
少女はビクリと肩を震わせ、慌てて首を振った。
「ううん! これはね、マオがいけないの! バンユーさまに、あついおちゃをもっていっちゃったから――」
そこまで聞けば充分だった。あの愚弟の行いは絶対に許してはいけない。握りしめた左の手のひらに爪が食い込んだ。
「でもね。はじめにつめたいおちゃをもっていけばだいじょうぶなのよ」
そう言ってニコリと笑いかけられたジョナールは、目に涙を溜めながらマオを強く抱きしめた。背中の傷跡にジョナールの目から一粒の雫がポトリと落ちる。
「あなたは賢い子ね。マオちゃん」
「おねぇちゃん、いたいよぉ」
「ご、ごめんなさい。あなたのご両親は?」
ジョナールの腕から解放されたマオは、黙って首を横に振った。いまはまだ深く聞かないほうがいいことを悟ったジョナールは、マオに微笑みを向けて「そう……」とだけ呟いた。
「ねぇマオちゃん。あなた、この星から脱出しない?」
ジョナールのその突然の問いかけに、どう答えたらいいかわからないマオは、哀しげな目でしばらくジョナールを見ていたが、やがてうつむくと静かに口を開いた。
「でも、マオはそんなおかねないよ……」
「大丈夫よ。あなたはお金の心配なんかしなくていいの。いまね、私はこの星の奴隷を解放するために、船を出そうとしているの。この星のやり方は間違っているわ。人が人を買って、思い通りに従わせるなんてことは、絶対に間違ってる。私はこの星を変えたいの。人々が安心して幸せに暮らせる星にね」
マオは顔を上げ、まん丸の目をさらに丸くして、ただジョナールを見つめた。
「だけどね。そうなるにはすごく時間がかかるのよ。だから、マオちゃんたちには一時的に移住してもらいたいの。ちょうど移住者を募集している星がある。帝国領だけれど、あなたたちなら受け入れてもらえるわ」
ムツヴァル星は、銀河連邦の中でも新参者であった。前王ドゴールの時代は中立の立場を貫いていたのだが、バンユーが王権を握るとすぐに銀河連邦への加盟を表明したのである。
そういった理由から、ジョナールはクロス・ヴァーン帝国の皇帝エグゼウスとも面識があった。
ジョナールが密かに奴隷解放に向けた活動を開始して3ヶ月あまり経っていた。
そして2日前。クロス・フロンティア星で移民を募集していることを知ったジョナールは、すぐに皇帝エグゼウスに書簡を送り、奴隷にされている人々をクロス・フロンティア星で受け入れてもらえないか打診したのだった。
敵対する銀河連邦加盟星からの書簡にもかかわらず、皇帝からはすぐに良い返事が送られてきた。
ジョナールが奴隷を移住させる船の出港準備を始めたのが昨日のことだった。
「もう、今日には船が出るわ。私は一緒に行けないけれど、あなたは船に乗ってちょうだい」
マオは少し不安げな顔をしたあとで静かにうなずいた。
◇
俺は、地下から引き上げてきたミサイル1万発を見ながら、頭を抱えていた。
「これ……帳簿に戻せないんだよな……」
【戻せませんね】
ブルータスは、俺の質問に対して間髪入れずに答えてくる。回答が速いのはいいことだが、もう少し検討するとか、そういうのはないのかよ?
「せっかく見つけたのに、帳簿に戻せないなんてな……しかも使用期限も切れてやがる。これ全部で4千億だぞ」
【もう雑損として処理済みですから、もし戻すなら修正申告が必要ですね。追加で税金を取られますよ】
「いや、ちょっと待てよ! クロス・ヴァーン帝国は国だろうが! どこに税金を取られるっていうんだよ!」
税金だと? 俺の――いや、地球の常識で考えると、国は税金を取る側だろう。俺はその疑問をブルータスにぶつけた。
【軍は独立採算制ですからね。このクロス・フロンティア倉庫が、国に税金を納める必要があります】
謎のシステムだな。構造がさっぱり理解できん。しかし、俺は金額が気になった。
「いくらだよ」
【4千億ですから、40億ヌールですね】
40億ヌール? そんな膨大な金額払えるわけがない。どこにそんな金があるっていうんだ。
「よぉし! そのままにしよう。簿外として大切に使い切るぞ!」
俺は、ミサイルを大切に使うことに決め、ブルータスにほかの消耗品も含めて在庫管理を依頼するのであった。
「ブルータス。ミサイルに限らず、期限が近い消耗品があったら、随時教えてくれ。できる限り使えるようにするぞ」




