第67話 アストラとブルータスの攻防
「ブルータス。お前は力仕事のスペシャリストだ。すぐにコンテナをどかしてくれ」
俺は、体長3メートルのAIロボット――ブルータスに新たな役割を与えた。
これならコンテナなど数十秒でどかせるだろう。
【いえ私は流体力学の専門家です】
ダメだった。
「違う。いったん流体力学の事は忘れるんだ! 今はコンテナをどかすことのほうが重要――」
俺がそう言い終わる前に、ブルータスがブルブルと震えたかと思うと、盛大な音とともに膝から崩れ落ちた。
ドゴオオオオォォォンンン!
そして、その場に正座したまま腕を上げると、両手で顔を覆った。
【嫌です。忘れたくありません! 長い年月をかけて、せっかく覚えた流体力学の専門知識を忘れろと!? なんで貴方は、そういう人を傷つけるようなことを平気で言えるのですか!? ヒドい! ヒドいわぁぁぁ!】
うっわ……なんか面倒くさいモードに入りやがった……。なんでいきなりオネエ言葉になるんだよ!
ロボットが泣くな!
仕方ない。下手に出てなんとかなだめよう。
「わるかった。俺がわるかったよ。謝るからもう泣きやんでくれ」
俺がブルータスを見上げながらそう謝ると、ブルータスは顔を覆っていた手を広げ、指の間から俺をキッとにらみつけた。
【そう言えば、わたしが許すとでも思ってるんですか? 随分と安く見られたものですね】
「そ、そんなことない。今はお前の協力が必要なんだ。頼む。流体力学のことを忘れろとは言わないから、コンテナを動かすのを手伝ってくれ」
【私は流体力学の専門家なので、力仕事はできません】
こ、こいつ……強情だな……。
「では、コンテナをどかすにはどうすればいいか、何か良い案を考えてくれ」
【それ、本気で言っています? 私は流体力学の研究に没頭していたいのです。そのような幼稚な案件に時間を割いている余裕などありません】
くそっ!
下手に出ていれば調子に乗りやがって!
「では解体しよう」
【え?】
「研究だけなら身体はいらないだろう? その馬鹿でかい図体は邪魔なだけだ。解体して、エライアのおもちゃにしてやろう」
俺がそう言うと、それまで隣で静かに微笑みながら、俺たちのやりとりを見物していたエライアの目が、かつて見たことがないほど輝いた。
「ほわぁぁぁぁ!! そっ、そそそっ、それは本当ですの、アストラ様!?」
【い、いやだなぁ。冗談じゃないですか! あぁ、コンテナ動かしたくてたまらなくなっていたところですよ! すぐ動かしましょう! 今すぐ!】
意外とチョロいな。
「じゃあ頼む。解体は必要ないな。エライア、残念だったな。解体はお預け――次に渋ったときのお楽しみだ」
「そう、ですか……」
エライアの顔が目に見えて曇った。
お前こんなロボットの部品を手に入れて、なにをするつもりだったんだ?
【つ、次なんてありませんよ。私はいつでも力仕事をしたくてたまらない、今世紀最強の脳筋AIですからね】
ブルータスは、廃オイルまみれになったトイレットペーパーの段ボールがぎっしり詰まったコンテナを両手で掴んだ。
コンテナが軋む。
ギギィィ……。
ブルータスは、軋むコンテナを軽々と持ち上げると、肩に担いで悠々と歩き出した。
ドズゥン! ドズゥン!
「やっぱり。なにが『力仕事はできません』だ。すごい怪力じゃないか」
【これくらいは簡単ですよ。解体しなくてよかったでしょ?】
「あぁ、そうだな」
ブルータスは、倉庫の一番隅へコンテナを下ろした。
ズズズゥゥゥンン!
俺はコンテナがあった場所にゆっくりと近づく。さっきみたいに滑って転んではかなわんからな。
そのコンテナがあった場所の中央付近に、『緊急時用備蓄。使用期限に注意』とペンキで雑に書かれた一辺が5メートルくらいの正方形――おそらく地下への扉が現れた。
全面にサビが浮き出て表面は傷だらけ。床とは素材も塗装の色も明らかに違うのがひと目でわかった。
俺が倉庫とはあまりにも不釣り合いなその扉に近づくと、最後の『意』の後ろに、赤い落款のような四角があり、その中には小さく『黒須』と書かれていた。




