第51話 綺麗な大気と綺麗な倉庫。そして汚い木の根っこ
「アストラ艦長! 分析結果が出ました!」
「どうだった?」
「このあたりの大気は無害ですね。ただ、少しだけアンモニアが含まれています」
アンモニア? ……だろうな。
「どういうことだ? なぜ大気が違う?」
俺のその問いに、腕時計のような端末を見つめたままヘルディナンドが答えた。
「わかりませんが、この藪から離れると、数値が少し悪くなりますので、藪が関係しているかもしれませんね。あれ? 藪から離れるとアンモニアが少なくなりますね。なんでだろう?」
「いったんアンモニアのことは忘れろ。倉庫の周りは毒性が強かったよな。ここは倉庫からどれくらい離れているんだ?」
「倉庫から東へ10キロ程の地点ですね」
「それほど遠くないな。この距離で大気の成分が変わるとは思えんが……。ところで、さっきここにいた子供は、どこへ行った?」
「あちらのほうへ行きましたよ」
ヘルディナンドは、藪が続いている西の方角を指差した。倉庫とは逆方向だ。
なるほど、あちらのほうに集落がある可能性が高いな。
俺は、大気の謎を解くために、研究対象として藪のサンプルを持ち帰ることにした。
「ヘルディナンド。藪の一部をサンプルとして持ち帰ろう」
「承知しました」
ヘルディナンドはそう言いながら、藪を根っこごと引き抜こうとしはじめた。
「待て。そんなにたくさん要らないぞ。上のほうから枝を少しだけ持っていけばいい」
下のほうは汚いだろうが。直前に自分がナニをしたのかよく考えろ。
「それと、藪のサンプルを積むときに、着替えを何着か持ってこさせて、漏らしたやつらに渡してやってくれ」
「は!」
スッキリした俺たちは、クラウザーム・ヴァイロン号に乗り込み、倉庫がある東へと向かった。
漏らした奴らは、上が軍服、下はパジャマのズボン――白地にデカい赤の水玉模様だ。
着替えはそれしかなかったのかよ……。
コーディネートが絶望的に下手なヤツのビジュアルだが致し方ない。
クラウザーム・ヴァイロン号のブリッジに着いた俺のヘルメットにピロンッと通知が届いた。
2週間前に申請した、鉛筆1箱(1ダース入)の購入申請の差し戻し通知――フェイスだ。
『鉛筆なんてローテクなもの要らないだろう。ボールペンを使え』
なんで毎回2週間放置するんだ。絶対に嫌がらせだろ!
宇宙空間でボールペンは使えないんだ!
もう、2センチくらいのちびた鉛筆しか残っていないんだよ。カッターで削りながら、鉛筆ホルダーを使って、ギリギリ回している状態なんだ!
最後の1本は、エライアが食っちまったし、もう限界なんだよ!
まぁ、折ったのは俺だけれども……。
俺は、申請理由に『宇宙空間でボールペンは使えません』と書いて、再申請をした。
「くそっ! 俺は安い消耗品しか買おうとしてないだろうが!」
俺がそう呟いたとき、クラウザーム・ヴァイロン号が倉庫の上空に到着した。そろそろ着陸だろう。
俺が倉庫に目をやると、倉庫を覆っていた蔦が半分ほど取り払われていた。
「なんだ? なにがあった?」
クラウザーム・ヴァイロン号が着陸すると、その原因がわかった。ブルータスが外で蔦を引きちぎっていたのだ。
「おい、ブルータス。お前一人で全部引きちぎったのか?」
【ええ、大部分は焼き払いましたけど】
「そうか、ありがとう。助かるよ。ところで、倉庫内の整理はどうなった?」
【それは、ザッツさんが解決しました】
「ザッツが? どういうことだ?」
【はぁぁ、もう自分で確認して下さいよ。私はアストラのように暇じゃないんですよ!】
くそっ、そんな言い方しなくたっていいじゃないか……。
倉庫内に一歩足を踏み入れた瞬間、俺は自分の目を疑った。思考がフリーズする。
まばたきのたびに、脳が何度かシャットダウンとブートを繰り返すと、思考が少しずつ戻ってきた。
「なぁ、ザッツ。これは、いったいどういうことだ?」
俺の目の前には真新しいコンテナが整然と並んでいた。
見渡せる範囲はすべて同じコンテナが並び、縦にもうず高く積まれている。大量のコンテナ。その数は1万や2万ではきかないだろう。
「ん? あぁ。あのコンテナ、全部古かっただろ? だから買い換えた」
「買い換えた!? お前、この量のコンテナを一気に買ったのか!? いくらしたんだよ!?」
「え? わからん。確か1個50万ヌールくらいだったかな? 横に200個、奥行きが100個で、100段重ねだから――」
「に、200万個!? お前、1兆ヌールじゃねぇか! そんなもん稟議が通らないだろうが! 10万ヌール以上の備品購入は稟議が必要なんだぞ!」
「それくらいオレだってわかってるさ。ちゃんと通ってるよ。当たり前だろ?」
「通っただと!? いつ申請したんだよ!?」
備品の購入申請だって2週間放置されているんだ。こんな莫大な金額、何年かかるか――
「昨日だが? 即日通ったぞ? コンテナの在庫も余ってたからすぐ届いたぞ」
「昨日? 即日……? クソがぁぁぁ!!!」
広大な倉庫内に、俺の叫びが木霊するのだった。




