第50話 ボウコウクライシス
「やっぱり、コンビニはないよな……」
クロス・フロンティア星に戻った俺は、棒立ちでおしりにキュッと力を入れ、両手を背中側で組んだ体勢で、迫りくる尿意と戦いながら、モニターに映る地上の景色を眺めていた。
ガニ股でおしっこを我慢するのは意外と大変なのだ。
周りの奴らも皆、同じような体勢で棒立ちしていた。
「コンビニを誘致するにしても、人口が少なすぎる。せめて、外気が毒じゃなければ人を集められるんだが……」
って、そんなことを言ってる場合じゃない。俺は大変なことに気づいてしまった。
よく考えたら、地上に降りたあとどうするんだ!? 倉庫には全員が一斉に入れるようなトイレは無い!
100パーセント長蛇の列ができる。半数以上は漏らすという地獄絵図が待っている。よし、緊急だ。仕方がない!
「このあたりでいったん着陸しろ! トイレ休憩だ! ガスマスクの用意を忘れるなよ!」
「「「ア、アイアイサー!」」」
「助かった……」
「漏らす寸前だ……」
「この先どうなることかと……」
「おい! そこ! 油断するなよ! 油断したときが一番危ないんだ! 人間は、安心したときに膀胱が緩むようにできている! まだケツに入れている力を緩めるんじゃない!」
「「御意!」」
そのときヘルディナンドが、スッと水筒を取り出し、俺にニヤリと笑みを向けた。
「アストラ艦長。こいつがあるから大丈夫です」
「……お前。それでなにをするつもりだ?」
「もちろん、これの中にするつもりですが?」
「ふざけるな! それは、軍からの支給品だろう! そんなことは許されないんだよ! 水筒から産業廃棄物にジョブチェンジしてしまうだろうが!」
「ぎょ、御意ぃ!」
危なかった。あの水筒がいくらすると思っているんだ。ペットボトル感覚で使ってもらっては困るんだ!
「全員普通の靴に履き替えておけよ。ガニ股で歩くと漏らすぞ!」
クラウザーム・ヴァイロン号が着陸しようとしているあたりは、大自然のど真ん中。申し訳ないが、立ちションさせてもらおう。
クラウザーム・ヴァイロン号が着陸体勢に入ったとき、ガスマスクを装着した俺たちは、全員でハッチの内側に集合していた。膀胱が痛い。
もちろん、操縦はオートパイロットだ。
ズ、ズズズゥゥンン!
クラウザーム・ヴァイロン号が接地する音が響き渡った。それと同時に伝わってくる衝撃が膀胱に響く。もう膀胱は臨界点を迎えようとしている。
ゴウン! ゴゴゴゴン!
ハッチがゆっくりと開きはじめた。早く開けよ!
ハッチが開き切る前に、全員が内股で走り出した。ゴールは目の前の藪だ。さすがに平地でするのは気が引ける。ラストスパートだ!
俺も御多分に漏れず、うめき声を漏らしながら、漏らさないように残されたすべての力をケツに込め、内股で走った。数滴漏れたかも……。
ゴールの藪間近まできたとき、視界の端で誰かが転ぶのが見えた。南無三。だが、いまは他人にかまっている余裕はない! お前の骨は後で拾ってやる! 俺じゃない誰かがな!
俺は、目の前の藪に向かって立つと、スッとファスナーを開け――くっそ! なかなか開かない!
こういうときが一番危ないんだ! 落ち着け! 落ち着いて、ゆっくりと開けるんだ! 慌てると挟む可能性がある! まだだ! 開けて取り出すまでは安心してはいけない!
俺はやっとのことで無事にファスナーを開けると、放尿を開始した。
「ふぅぅぅぅ~」
その瞬間、この世のものとは思えない凄まじい開放感と幸福感に包まれた。頭上に広がる空はどこまでも青かった。
「あぁぁ、最高だ……たまにはこの感覚を味わってもいいかもな……」
助かった喜びに、俺が脳をバグらせていると、右斜め前の藪の中から視線を感じた。
俺が放尿しながらそちらに目をやると、子供が立ってこちらを見ていた。ガスマスクはしていない。
「いや、違うんだ……これは、どうしようもなくて……わかるだろ? っていうか、ガスマスクしないと危ないぞ?」
とっさに言い訳をしながら、ごまかそうとした俺の顔をジッと見たまま、その子供は黙っていた。見た目では男の子か女の子か区別がつかない。せめて男の子であってくれ。
俺は、恍惚とした表情で放尿し続けている、左隣のヘルディナンドに声をかけた。
「おい、ヘルディナンド。この辺りの大気の状況はわかるか?」
「いまは両手がふさがっているのでわかりません」
「そんなことはわかってる。両手が自由になったらわかるのか?」
「それならわかりますよ。測定機能がついているウェアラブルデバイスを持っていますから」
「では、すべて出しおえたら計測してくれ」
「承知しました!」
一足先に全部出し切った俺は、ファスナーを閉めながら大切なことを思い出してしまった。
手を洗う場所がないじゃねぇか! くそっ! しくじった! 俺としたことが!
手を洗う場所がないか探して、キョロキョロしている俺を見かねたのか、子供が話しかけてきた。
「あっち。あっちに小川があるよ」
「おぉ! ありがとう!」
そう言いながら、子供が指を差した先に行ってみると、そこには確かに小川が流れていた。
手を洗った俺が、元の場所に戻ると、ヘルディナンドが測定を開始していた。
「あ、アストラ艦長。もうすぐ測定が終わりますよ」
「そうか、ありがとう。ところでお前、手は洗ったのか?」
「手? 洗っていませんが……それがなにか?」
おまっ、バカ! それじゃあ、今のお前の手は実質〝ち◯こ〟ってことになるだろうが!
どう見ても全員手を洗った様子はない。
実質〝ち◯こ〟に囲まれた俺は、「こいつ達と握手はせんぞ」と固く心に誓うのであった。




