第39話 AIの軌道計算とプロンプト
(ん? ちょっと待てよ……?)
俺は、いま頭に浮かんだ懸念を払拭するため、指示出し担当を探すことにした。
「なぁ、ヘルディナンド。AIへの指示出しは誰が担当しているんだ?」
「あそこにいるナビゲーターですが、なにか?」
「あぁ、あの漫画を読んでたあいつか。ちょっと気になることがあってな」
俺は、鼻歌まじりで下を向いてなにかをしているナビゲーターに近づいた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだが……って漫画読んでんじゃねぇか!」
ナビゲーターは、デスクの下に隠して読んでいた漫画を閉じながら、平静を装った。
まったく装えてないがな。
「は、はひぃぃ! な、なんでありますか!?」
「AIへの軌道計算の指示出しは、ちゃんとハルシネーションが起こりにくいプロンプトを書いているのか?」
俺の質問を聞いたナビゲーターは、目を点にして首を捻った。
「ぷろん、ぷと?」
あぁ……ダメだこいつ。
このままでは、ハルシネーションによりクラウザーム・ヴァイロン号が木っ端微塵になる未来しか見えない……。
「あのな、プロンプトっていうのは、AIへの指示出しをするのに、すごく重要なんだ。まず、役割を与え――」
俺がそう言いかけたとき、少し音割れしている「ピロンッ」という軽快だが間の抜けた音が鳴った。
【計算終了しました……と、思ったけど、間違いを見つけたので、再計算します】
「今の情報要らないだろ! 余計に不安になるわ!」
「あ、役割ならちゃんと与えていますよ」
なるほど。クロス・ヴァーン帝国では〝プロンプト〟という呼び名じゃないということか。
俺が画面を確認すると、そこには次のように書かれていた。
――――――――――――――――――――――――
あなたは優秀なコメディアンです。グルザーム・トライアングルを面白おかしく脱出できるように、ところどころでギャグを挟みつつ、最終的に爆発的なオチを用意するように、軌道計算を行ってください。
――――――――――――――――――――――――
「おい! 与える役割が間違ってんぞ! これじゃあ俺達が最終的に爆発するオチになっちまうだろ! ハルシネーションどころの騒ぎじゃない! あと、途中でギャグもいらん!」
「え? そうですか? こっちの方が面白いかと思って……」
「いまは面白さは要らないんだよ! こんのアホンダラァ! 今すぐやり直せぇ!」
「は、はひぃ!」
ナビゲーターがそう悲鳴混じりの返事をしたとき、AIから「ピロンッ」と間の抜けた音が聞こえてきた。
【軌道計算が終了しました。すぐに出発します】
「おい! 待て! やり直せ! 止めろ!」
慌てて止めようとする俺の肩をポンッと叩きながら、ヘルディナンドが静かに口を開いた。
「もう、止められませんね。あきらめましょう」
「おま……なんでそんなに冷静なんだよ! 爆発的なオチが待っているんだぞ!」
「えぇ、すごく楽しみです」
「なんにも楽しみじゃない!」
俺がそう叫んだとき、AIの音声が聞こえた。
【これより、出力全開でグルザームβの重力圏に入ります。アクセルベタ踏みです。βにベタ踏み……うぷぷぷぷ】
「くだらねぇダジャレじゃねぇか! 優秀なコメディアンなんだろうが! 爆発的なオチはどこいったんだよ! このポンコツAIがぁ!」
叫ぶ俺と、隣でなぜか爆笑しているヘルディナンドを置き去りにして、クラウザーム・ヴァイロン号がグルザームβでスイングバイを行い始めた。
待て待て待て! 落ちる落ちる落ちる! 一万分の一度だぞ! あんなポンコツAI、絶対計算間違いしてるだろうが!
俺の恐怖心をよそに、そのままの勢いでγを一回りし、何事もなくαをぐるりと回ると、帰路に就くのであった。
どうやらコメディアンとしては三流だが、計算は一流だったようだ。




