第38話 アストラの出荷準備と軌道計算
「これ、もっとちゃんとしたシステムはないのかよ……」
ARディスプレイを起動した俺は、クラウザーム・ヴァイロン号のブリッジで、4個のスプレッドシートを同時に開き、ALTキー+TABキーで画面を切り替えながらコピペを繰り返していた。
倉庫の在庫管理表と、システムが吐き出した出荷情報のCSVファイル。そして、明日出荷予定の集荷リスト表と出荷ラベルのリストだ。
国レベルの規模で、すべてスプレッドシートで管理するとか、正気の沙汰じゃないだろ!
宇宙関連の技術力は高いのに、なんで事務処理の技術力はゴミレベルなんだよ!
あ、もしかして……サイバー攻撃を受けた結果、本来のシステムが使えなくなったとか、そういう理由なんじゃないか?
そうだ! きっとそうだよ! いくらなんでも、こんなにローテクなわけないもんな。ということは、システムが復旧するまで頑張れば、劇的に楽になる未来が待っているということだ!
システム復旧への期待に胸を躍らせつつ、倉庫の出荷準備と格闘している俺。その俺の様子を、エライアと一緒にネジとレンズを食べながらお茶をしていたメリアが、目を丸くしながら見ていた。
「エ、エライア様……あのスケコマシが、ものすごいスピードで何かしていますよ!?」
「え? あぁ、あれはいつものことですわ。アストラ様は、いつもあのようにすごいスピードでお仕事をされているんですのよ」
それを近くで聞いていたヘルディナンドが、エライアたちの会話に口を挟んだ。
「メリアさん。アストラ艦長は、いつも帝国に住む民のことを考えて、あのように戦略を立てておられるのです。あの深遠なるお考えは、日頃の努力の賜物なのです」
ヘルディナンドは、そう言ったあとで「私も頑張らねば!」と叫びながら、締め切り間近の漫画家もびっくりなスピードで、手元の紙に何かを書き始めた。
ガリガリガリガリッ!
気になった俺が覗き込んでみると、その紙にはおびただしい数の計算式が書いてあった。
「おい、ヘルディナンド。なにをやってるんだ?」
「もちろん計算です! 計算は楽しいなぁ!」
「お前、まさかとは思うが……それ、軌道計算じゃないだろうな?」
「もちろん軌道計算です! 最高に楽しいなぁ!」
「待て待て待て待て! 普通、軌道計算はコンピューターにやらせるもんだろうが! そこ! 一番最初んとこの足し算間違ってるぞ!」
「あ、本当ですね! ありがとうございます! 頑張ります!」
ヘルディナンドは、紙が摩擦熱で消し炭になりそうな勢いで、消しゴムをゴシゴシとしながら叫んだ。
「頑張るな! コンピューターにやらせろよ!」
「えー、でもぉ……AIはハルシネーションがあるから心配じゃないっすかぁ。なんせ、進入角度が一万分の一度ズレただけで船が粉々になるんで」
いまさらっとすごいこと言わなかったか? 一万分の一度? 船内で少し動いただけでズレそうなレベルじゃねぇか! いや、お前よりはAIのほうがはるかに信頼できるんだよ!
俺は、ヘルディナンドの鉛筆を奪い取ると、ボキッと真っ二つに折りながら、諭すように言った。
「コンピューターで計算しろ。お前のことは信頼してるが、そっちのほうが早い」
まったく信頼していないが、こうでも言わないと納得しないだろ?
「し、信頼していただいているとは! ありがたき幸せ! AIに計算させます!」
やれやれだ。俺はそう思いながら、ヘルディナンドに聞きたいことを思い出した。
「ところで、帝国の中枢システムがサイバー攻撃を受けたことはあるか?」
「え? 我が帝国のシステムは、サイバー攻撃などしょっちゅう受けていますよ。しかし、ご安心ください! サイバー攻撃でやられるほど、帝国のシステムは脆弱ではございません!」
「え、じゃあ……このゴミみたいなローテク事務処理を続けているのは、なんでなんだよ」
「それは、AIがそれで十分だと判断したからです!」
……AI? バカAIか? 十分なわけないだろう!
「そのAIってまさか……いま軌道計算しているのと、同じじゃないよな?」
「はい! もちろん同じです!」
くそっ! 帰れるか急に心配になってきたんだが!?
帰路を心配している俺の目の前で、エライアがなにか銃のような形状のものを取り出し、折れた鉛筆に光線を当てた。
エライアは、鉛筆を口に入れると、ポリポリと咀嚼したあとで、「うん。鉛筆も美味しいですわね!」と、うれしそうに言った。
(もう、どうにでもなりやがれ!)
俺は虚空をじっと見つめるのであった。




