第30話 溺れかけのメリアと緊急発進
「あっ! アストラ様、まだ取ってはダメではありませんか!」
エライアは、頬をぷくっとふくらませると、まるで俺が悪いとでもいうように、床に落ちている雑巾を拾った。
いや、俺はなにも悪くないぞ! 頬をふくらませるな! 誰が見てもお前の方がおかしいんだぞ。
「エライア、もうそれは要らないだろ……。というか、はじめから要らない――」
ドボォ!
俺がそう言いかけたとき、エライアが廃オイルで満たされているドラム缶の中に、雑巾を掴んだ腕を肘まで突っ込んだ。
こいつ……。またやる気だ。
そのエライアの様子を見て、メリアが驚愕の声を上げる。
「エ、エライア様。な、何をなさって――」
ベッチョォォォ!!
エライアは、驚いているメリアの額に、まだオイルが滴っている雑巾を勢いよく乗せた。
「メリアさんは、まだ安静にしていなければならないのです! あ、オイルが足りませんね」
エライアはそう言うと、バケツになみなみとオイルをすくい、メリアの頭にドボドボとかけはじめた。
「エライアざば、おやべぶばばぼぶばび」
「おいエライア! 額から外れて口に入ってるぞ!」
「え? あら、大変ですわ! メリアさん、大丈夫ですか!?」
「ごぼぼぶぼ……。エライア様にかけられるオイルなら本望です!」
「エライア! お前やりすぎだ! おい! 大丈夫か!?」
「うるさい! 貴様は黙っていろ! 私のエライア様を〝お前〟とか呼ぶんじゃない! このスケコマシが!」
なに『スケコマシ』って? 超理不尽に怒られてるんですけど?
なんで、初対面のメイドにいきなりこんな怒られ方しないといけないんだ。
俺は、この場は全てエライアに任せることにした。
オイルで溺れたって知るものか。
「エライア、俺は忙しい。後は任せたぞ」
俺は、二人からすこし離れて、アンドロイドのサブスク契約書を破り捨てた。
「くそぉ! なんにも思いつかん! 俺は法律の専門家ではないんだよ! こうなったらなんとかこじつけて契約解除に持っていってやる!」
俺は、ARディスプレイを起動すると、一気にメールを書きはじめた。
「えーっと……。『お世話になっております。クロス・ヴァーン帝国戦術顧問のアストラ・アエットと申します。動作の初期不良に関しまして。先日、御社のアンドロイドが一斉に停止しました。しかも、あろうことか戦闘中にです。御社のアンドロイドはもう信用できないので、解約したいと思います。即時解約できなければ、戦闘時に受けた損害の賠償請求も視野に入れて考えさせていただきます。何卒、ご考慮いただけますようお願い申し上げます』よし! こんなもんだろ」
これでうまくいけば年間6兆ヌールの削減だ。
俺がメールを送り終えたとき、倉庫にアラートが鳴り響いた。
ビュイィーン!! ビュイィーン!!
『クロス・フロンティア星付近に連邦軍の艦隊が出現! クラウザーム・ヴァイロン号以外の戦艦は他の戦場で交戦中! 出撃できるのはクラウザーム・ヴァイロン号のみ! 直ちに出撃準備を開始してください!』
俺は小型機に向かって走りはじめた。
急いでクラウザーム・ヴァイロンと合流しなければならない。こういうとき兼任の辛さが身にしみる。
俺は、走りながらヘルメットの無線を起動すると、ヘルディナンドに向かって叫び声を上げた。
「ヘルディナンド! 準備ができたらすぐに出撃しろ! 俺は小型機で合流する! アンドロイドはなしだ! また停止されてはかなわん!」
「アストラ様! 御意!」
御意? なんだか仰々しいが今は緊急事態だ。俺は気にする暇もなく小型機に乗り込み、急いでオートパイロットのスイッチを押した。
小型機は、エンジンの小さな叫び声を轟かせた。そして二重ハッチを通り抜けると、ブルーのプラズマを吐き出しながら、クラウザーム・ヴァイロンへ向かって飛んでいくのであった。




