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精霊の愛し子ですが、追放してよろしいのですね?  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売


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幕間5.未来に進む合図


 リゼが皇城に戻ってくる少し前のこと。


 他国の援軍や精霊王たちの協力のおかげもあり、城内戦はほぼ終結していた。無論、皇帝側の勝利で、だ。


 ルーファウスは謁見の間で、ブロイド公爵と対峙していた。この場に逃げ込んだ公爵を、ようやく追い詰めたのだ。


 ブロイド公爵は玉座の近くに立ち、負傷した右腕を押さえながらルーファウスをきつく睨みつけている。普段の温厚な雰囲気からは想像もできない視線だ。


 この場に公爵の味方はおらず、彼は一人だった。一方、ルーファウスの後ろにはサイラスやエリンといった、信頼のおける臣下がいてくれる。


「最後に聞いてやる。貴様が皇帝の座にこだわる理由はなんだ?」


「ここは! 本来私の席だった!」


 ブロイド公爵は玉座を示しながら叫んだ。その声は謁見の間に虚しく響き渡り、静かに消えていく。


 確かに彼は昔、皇位継承権順位第一位の皇子だった。しかし彼の父の意向で、皇帝の座は彼の弟が継ぐこととなった。


 ブロイド公爵はそのことをずっと恨んでいたのだろう。


「そうだったかもしれない。だがそれは、前皇帝を――俺の両親を殺していい理由にはならない」


「私が命がけで拡大させた領土を返還した愚か者だぞ! 殺して何が悪いというのだ!」


「貴様が帝国の領土拡大にどれほど尽力したのかはよく知っている。だが、貴様の行いはこの国に大きな混乱をもたらした。それは決して許されることではない」


 ルーファウスは右手の剣を握り直し、ゆっくりとブロイド公爵に近づいていく。話はこれで終わりだ。これ以上ここで話を続けていても、何も得られない。


「もう、終わりにしよう」


 ブロイド公爵は負傷しており、戦える状態ではなかった。だからこそ、ルーファウスを含めたこの場の全員が油断しきっていた。


 ブロイド公爵はじりじりと下がると、玉座の後ろに手を伸ばした。「うわっ」という少年の声がしたかと思うと、公爵はすぐさま「動くな!」と警告する。


「ウィルバート……! なぜここにいる!?」


 ルーファウスは少年の姿を見て愕然とする。


 なんと玉座の後ろには弟のウィルバートが隠れていたのだ。公爵に捕まったウィルバートは、首元にナイフを突きつけられている。


「だって……ここに隠れていたら、きっと父さまと母さまの死の真相がわかるからって……ブロイド公爵が……」


 ウィルバートは震える声で説明した。ブロイド公爵が謁見の間に逃げ込んだのは、ウィルバートを人質に取るためだったらしい。


「どうなさいますか、ルーファウス陛下。あなたがここで自害すれば、ウィルバート殿下は生かして差し上げます。私が後見人となり、次期皇帝となる殿下を支えましょう」


「戯言を……!」


 最後まで悪あがきを続けるブロイド公爵に、ルーファウスは怒りの限界を超えた。両親だけでなく、弟まで手にかけようとするとは、断じて許せない。


 ルーファウスは己の魔力を剣に流し込む。そして、間違ってもウィルバートに攻撃が当たらないよう、ブロイド公爵に正確に狙いを定める。


 魔力に呼応するように黄金に輝く剣を、ルーファウスはその場で素早く振るった。


 ――ボトリ。


 それは一瞬の出来事だった。見えない斬撃がブロイド公爵の腕を斬り落としたのだ。ウィルバートにナイフを突きつけていた腕だった。


「ぐ、ぐあぁあっ!!」


 ブロイド公爵はあまりの痛みにその場で崩れ落ち、ウィルバートはその隙に逃げ出した。


 こちらに一目散に逃げてきた弟を抱きしめたルーファウスは、臣下たちに公爵の確保を命じる。


「ブロイド公爵を国家反逆罪で捕えよ!」


「「は!!」」


 ブロイド公爵はすぐさま取り押さえられ、ずるずると引きずられるようにして連れて行かれる。


「くそっ、くそぉぉおお!」


 ブロイド公爵は最後、口汚く喚き散らしながら、政争の舞台から去っていった。


 途端に静かになった謁見の間には、ウィルバートのすすり泣く声が響いている。ルーファウスはこの場に残っていた臣下に目配せをし、席を外してもらった。


「全く、肝が冷えたぞ、ウィルバート。無事で何よりだ」


「に、兄さ……兄さま……!」


 腕の中の温もりが、ルーファウスの心にも安堵をもたらす。今度は、今度こそは、家族の命を守ることができたのだ。仇敵との決着以上に、今はそのことが嬉しかった。


 ウィルバートはしばらく泣いていたが、程なくして落ち着いたのか、恥ずかしそうにルーファウスの腕から抜け出した。そして、涙を拭うと、まっすぐな瞳でルーファウスに問いかける。


「父さまと母さまのこと、どうして黙っていたのですか? 兄さまが殺したんじゃなかったのなら、どうしてそう言ってくれなかったですか?」


「真相を伝えたら、お前は犯人探しに躍起になるだろう。お前を危険に巻き込みたくはなかったんだ」


 ルーファウスの言葉に、ウィルバートは目を丸くした。そして、独り言のようにポツリと呟く。


「じゃあ、リゼ妃が言っていたことって、本当だったの……?」


「リゼが?」


 その名が出てきたことに、ルーファウスの心臓がドクンと跳ねた。昨夜触れた彼女の温もりを思い出し、慌ててその記憶を脳内から追い出す。


 リゼと過ごす時間はあれで最後だと決意したというのに、今すぐにでも彼女に会いたいと思っている自分がいる。


(……俺は彼女を、手離さなければならないというのに)


 ルーファウスは、未練がましい自分に嫌気がさした。


「リゼが、なんと?」


「兄さまが、僕のことを、家族として愛してるって……」


「そうか。彼女がそんなことを……」


 リゼは以前から、ウィルバートとの仲を気にかけてくれていた。真相を伝えられない中、彼女なりに関係を修復しようとしてくれていたことが、ルーファウスの胸を打った。


「当然だ。俺はお前のことを、たった一人の家族として、心から大切に思っている」


「兄さま……今までごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……!」


 ウィルバートは再び声を上げて泣いた。謁見の間に似つかわしくない子供の泣き声が、ルーファウスにとっては、ようやく未来へと進める合図となった。


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