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精霊の愛し子ですが、追放してよろしいのですね?  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売


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35.最後の夜

 

 決戦前夜。


 リゼは自室でそわそわと落ち着かなかった。昼の間に明日の準備は済ませていたが、いよいよだと思うとじっとしていられない。自分が失敗すれば、作戦に大きな支障をきたす。重責を背負っている自覚があった。


『大丈夫だよ、リゼ。僕がついているんだから、負けるはずがない』


 ヴェンヌの言葉に、フェンリルが大きく頷く。


『そうだぜ。城の守りは俺とウンディーネに任せな! 余裕で守り切ってやる。だから安心しろ』


「うん、そうだね」


 精霊王たちの心強い言葉に、リゼはようやく深い呼吸ができた。リゼは何度か深呼吸を繰り返し、早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。


 その時、フェンリルの耳がピクリと動いた。ヴェンヌも扉の方に顔を向ける。


「どうしたの?」


『人が来た。足音からして、たぶん皇帝だ』


「え!?」


『お邪魔だろうから、僕たちは退室するね』


 彼らはそう言うと、一瞬にして姿を消してしまった。


 ルーファウスが訪ねてくるなど一か月以上ぶりだ。リゼはどんな顔をして会えばよいかわからず、あたふたとその場で右往左往した。


 身なりはおかしくないか、髪は乱れていないか、慌てて確認する。せっかく落ち着いた心臓が、またうるさく鳴っている。


 そうこうしているうちに、自室の扉を叩く音がした。


「リゼ」


 続いて聞こえた、低く響く声。その声で名を呼ばれるのも随分と久しぶりだ。なんとも言えない気持ちになり、頬が勝手に赤く染まる。


 リゼは急いで扉に向かい、小さく開けて顔をのぞかせた。見上げると、満月のように輝く金色の瞳と目が合う。彼はどことなく気まずそうな表情をしていた。


「どうされたのですか、こんな夜更けに」


「……最後に、会っておきたかった」


 リゼの心臓が違う意味で跳ねた。一気に冷静になり、顔から熱が引いていく。


 最後に、というのは、明日の戦いで互いに何かあればもう二度と会えないから、ということだろうか。


 ルーファウスは一度、ブロイド公爵から命に関わるような一撃を食らっている。いくらルーファウスが強いと言えど、戦いで命を落とす可能性だって十分にあり得るのだ。


 そう思うと急に怖くなり、リゼは小さく身震いをした。


「入っても?」


 ルーファウスの伺うような声にハッとしたリゼは、「どうぞ」と言って部屋に招き入れる。彼はいつものように寝台の縁に腰かけ、リゼもいつものように彼の隣に座る。自分がどのようにふるまっていたのか思い出せないリゼは、少しばかり気まずさを感じた。


 ルーファウスからの言葉をしばらく待ったが、彼は何も言い出さない。長い沈黙が、気まずさを助長させる。風が窓を揺らす音だけが、二人の間に響いていた。


 リゼは沈黙に耐え兼ね、おずおずと尋ねる。


「あの……私、何かしてしまったのですよね。私が攫われたあの日の夜から、ぱたりとお通りがなくなったので、きっとそうなのだろうと思っておりました」


 ルーファウスを見上げると、彼は苦しそうに眉根を寄せていた。やはり嫌われてしまったのだと思ったが、彼の表情からはどこか焦りと後悔も感じ取れる。その理由がリゼにはわからなかった。


「不快な思いにさせてしまい、大変申し訳――」


「違う、そうではない!」


 リゼが頭を下げようとしたその時、突然ルーファウスに両肩を掴まれた。驚いてビクリと肩を跳ね上げると、彼は慌てて手を離した。


「ルーファウス様……?」


「すまない。そうではないんだ。会いに来れなかったのは、公務が立て込んでいたからだ。リゼのせいでは、決してない」

 

 ではなぜ、作戦会議の時に目を合わせようとしなかったのか。そう尋ねたかったが、答えを聞く勇気は出なかった。


 またしばらくの沈黙があったあと、ルーファウスが唐突に尋ねる。


「リゼは、これからの人生で、何かしたいことはあるか?」


「したいこと、でございますか?」


「ああ。聞かせてくれ。聞きたいんだ」


 思ってもみない問いに、リゼは目を丸くする。しかし、ルーファウスの瞳は真剣で、話題に困った末の場つなぎの質問とは思えない。


「そうですね……」


 いざ考えてみると、意外と思いつかないものだ。ウィンター王国にいたころは、早く自由になりたいとばかり思っていた。しかし、何不自由ない人並み以上の生活に身を置く今、これ以上望むものなどなかった。


(私が、やりたいこと……)


 リゼは考えに考えた末、あることを思いついた。


「海が見てみたいです。これまで一度も見たことがなくて」


「海……か」


 セレスティア帝国の南側は大海に面していて、そこには大きな港町がある。明日の戦いが無事終わったら、いつか行けるだろうかと、リゼはほのかに期待に胸を躍らせた。


「わかった。その願い、必ず叶えよう」


「本当ですか? ありがとうございます」


 リゼは思わず顔を綻ばせた。海を見られることよりも、彼が自分の願いを叶えようとしてくれることが、とても嬉しかった。彼に嫌われたわけではないのだと、そう思えたから。


「リゼ、最後に、君に触れても?」


 そう問うルーファウスの表情は硬い。どこか緊張しているような、何かを恐れているような、そんな表情。


 またしても「最後」という言葉が出てきて、リゼは内心疑問に思ったが、あえて尋ねることはしなかった。尋ねてしまえば、彼がこの場から去ってしまうような気がしてならなかった。


 リゼはまるでルーファウスを引き留めるかのように、彼の手に自分の手を重ねた。


「はい」


 リゼはルーファウスを見つめる。


 闇夜のような黒髪に、月のような金色の瞳。切れ長の目に、スッと通った鼻筋。美しく整った、何度も見たその顔に、なぜか玉座に座る彼を思い出す。


(……初めて会ったあの日からずっと、私はこの人に、惹かれ続けていたんだわ)


 ストンと腑に落ちた途端、これからもずっと、この人のそばにいたいと思ってしまった。彼に求められまいとしていたのに、いつの間にか自分が彼を求めていた。


 自らの想いを自覚したリゼは、息ができないほど、胸が苦しくなる。


(私は、欲張りになってしまったわ)


 目を閉じると、彼と唇が重なる。


 リゼはルーファウスに気取られないよう、ごく自然に自分の腹に触れ、避妊魔法を解いた。


 そしてそのまま、彼に身をゆだねた。



 ――翌朝、リゼが目覚めた時には、隣にルーファウスの姿はなかった。彼の眠っていたであろう場所を触れると、シーツはすでに温もりを失い、ただひんやりとした冷たさがリゼを覆った。


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