34.作戦会議(2)
テーブルの上に広げられた地図の中央には、セレスティア帝国の広々とした領土が描かれている。そして、それを取り囲むように五つの国が存在している。ステイリー王国は帝国の北側、ダウデン王国は北東側、ウィンター王国は真東という配置だ。
「わたくしも詳しい内容は聞かされてはいないのですが、お祖父様ならきっと、こういう作戦にすると思うのです」
マリーナは華奢な指を地図の一点に添えた。
「お祖父様はルーファウス陛下の実力をよく知っていらっしゃいます。確実に勝利するためには、奇襲を仕掛けなければなりません。そうなると、ウィンター王国軍を堂々と移動させるわけにはいきません。恐らく王国軍は、この道を使って我が国に侵入するでしょう」
マリーナが指さしたのは、帝国とウィンター王国を結ぶいくつかある街道のうちの一つだ。その街道は大昔に山を切り開いてできた狭く細い街道で、今は半ば忘れられた道だった。行軍には向かないが、利用者が少ない分、こっそりと帝国に侵入するにはもってこいの道でもある。
皇都は帝国の東側、つまりはウィンター王国の国境に近い位置にある。ウィンター王国軍が一度帝国に侵入すれば、馬で四、五時間も駆ければ皇都に到着できてしまう。
「そして、お祖父様側についた帝国軍は皇城の中から攻め、ウィンター王国軍は皇城の外から奇襲を仕掛けるはずです。皇弟派に属する者は好戦的ではありませんので、陛下側にもお祖父様側にもどちらにもつかず、ウィルバート様の守りに徹するかと思われます。そこはあまり心配せずともよいでしょう」
皆の視線は地図に集中していた。戦術に疎いであろうアンジェリカとシャーロットは、どう対応すればいいのかと、かすかに不安げな表情を浮かべている。
すると、しばらく難しい顔で考え込んでいたルーファウスが、顎をつまみながら口を開く。
「ブロイド公爵なら、おおよそその作戦で来るだろうと、俺も思う。だが、ウィンター王国軍の移動の際、他のメインの街道に囮としていくつかの小隊を向かわせるだろう。こちらがその対応に当たっている間に、主要部隊を帝国に忍び込ませるはずだ」
ダウデン王国とステイリー王国から援軍が来るとしても、こちらの戦力を分散させるのはあまり得策とは言えない。リゼはどうすれば最小限の被害で勝利を収められるか、思考を巡らせる。
「ルーファウス様。私の案を述べても?」
リゼがそう言うと、ルーファウスは意外そうに片眉を上げた。そして、彼と今日初めて視線が合う。毎夜、その瞳で熱く射られていたことを思い出し、リゼはドキリとする。
「戦術もわかるのか?」
「は、はい。母に教わりました」
子供の頃は、森の中で暮らしているのに、母はなぜ軍の戦いなど学ばせるのだろうと理解できなかった。しかし今になって考えてみると、母は数ある未来の一つとして、こうなる可能性を予期していたのかもしれない。リゼがウィンター王国によって帝国に嫁がされ、戦争に巻き込まれる未来を。
リゼが母から受け継いだ知識は、まさに深い愛情そのものだと言える。
「自由に申してみよ」
ルーファウスはそう言うと、再び地図を見た。その時の視線の動きが妙に不自然で、やはり避けられているのだと悟る。
リゼは一瞬息が詰まりそうになるほど胸が苦しくなったが、すぐに気持ちを切り替えた。今は傷ついている場合ではないと、小さく拳を握る。
「戦力を分散させるのは得策ではありません。主要街道から入ってくる囮の小隊は無視して、戦力は皇城に集中させましょう。山中の街道から来る部隊は、私とヴェンヌで迎え撃ちます。そして――」
「だめだ」
ルーファウスがリゼの言葉を遮った。
「いくら空の精霊王に乗り、地の利が取れるとしても、一人では危険すぎる。せめて一個小隊は付けるべきだ」
焦ったようにまくしたてるルーファウスに驚きつつ、リゼはしっかりと彼の瞳を見つめる。
「いいえ、不要です。恐らく、戦いにすらなりません」
リゼは地図に視線を移すと、先ほどマリーナが指し示していた箇所に、自分の指を添える。
「この道の両側は、切り立った山で囲まれています。ウィンター王国軍がここを通るとき、前方と後方を塞いでやれば、彼らは孤立無援となり、どうすることもできなくなります」
「塞ぐ……?」
「魔法で地形を変えればよいのです。そうですね……そびえたつ岩の壁を作るイメージでしょうか」
リゼの発言にその場の全員がぽかんと口を開けた。そしてすぐに、フフッと笑い声が聞こえる。シャーロットだ。
「やはりとんでもない力ね、愛し子というのは。普通の精霊術師がいくら精霊に対価を払おうとも、そこまでのことはでいないわ」
そう言うと、彼女は笑みを収め、真剣な眼差しをルーファウスに向けた。
「陛下。リゼの実力はわたくしもこの目で見ております。信じてやってはいただけないでしょうか」
ルーファウスはしばらく考え込んだ後、渋々といった様子で「わかった」と言った。そして、リゼに視線が向けられる。彼の表情は険しく、苦しそうに歪められている。
先ほど目が合った時よりも、しっかりとこちらを見てくれているような気がした。
「だが、決して戦闘はするな。戦わずして勝て。必ず……必ず生きて帰って来てくれ」
ルーファウスの懇願に胸を打たれる。彼はもう、誰一人として死なせたくないのだ。彼にこれ以上の傷を負わせないために、必ず無傷で戻ろうとリゼは心に誓う。
「ご安心を。もちろんそのつもりです」
リゼは力強くうなずいてから続けた。
「主戦場は皇城になるでしょう。この城に門は計四つ。ウィンター王国からいくつかの小隊はたどり着くことが予想されるので、フェンリルに正門を守ってもらいます。残りの三つの門は、ステイリー王国とダウデン王国の方々にお願いしましょう」
ウィンター王国からの主要部隊はリゼが足止めするので、門の守りはそれほど難しくないだろう。問題は、皇城の中だ。
「皇城内が戦場になるなら、非戦闘員をどこかに集め、守る必要があります。決戦の日、大広間に非戦闘員を集めてください。大広間なら庭園の池が近いので、そこからウンディーネが守ってくれます。シャーロットも、念のため大広間で皆を守ってあげてくださいませんか?」
「わかったわ」
「あとは、ブロイド公爵側についた帝国軍と、こちら側の帝国軍との戦いになりますが……」
リゼはルーファウスにちらりと視線を向ける。彼はそれに気づき、すぐに口を開いた。
「軍は俺が指揮を執る。俺は俺自身の手で、過去と対峙しなくてはならない」
彼ならそう言うだろうと、リゼはどことなく予想していた。
両親を殺した仇敵を――ブロイド公爵を、ルーファウスは自分の手で仕留めなければならない。そうでなければ、彼はずっと過去に囚われたまま前に進めず、あの「血濡られた誕生日」の悪夢を見続けてしまうだろうから。
作戦が一通り決まったところで、「皇帝と四妃のお茶会」はお開きとなった。
決戦まで残り一か月。各々がやるべきことを成すため、準備に取り掛かるのだった。




