33.作戦会議(1)
数日後、皇城の一室には、リゼ、アンジェリカ、シャーロット、マリーナ、そしてルーファウスが集っていた。エリンとサイラスも控えている。
皇帝と四妃のお茶会という名目で集まった今日の目的は、言うまでもない。ブロイド公爵とウィンター王国を迎え撃つための作戦会議だ。
マリーナから事情を聞いた後、リゼはすぐにルーファウスへ手紙を送り、この場を開いてもらうようお願いした。本当は直接説明したかったが、ルーファウスがリゼの元へぱったり来なくなってしまったので、仕方なく手紙で伝えたのだ。
マリーナの証言があれば、今の時点でブロイド公爵を無理やり拘束することはできるだろうが、それだけではウィンター王国でくすぶる火種が消せない。リゼはルーファウスとの手紙のやり取りの中で彼に相談し、あえてブロイド公爵らに戦争を起こさせることで、制裁を加える大義名分を得ることに決めた。
ちなみに、マリーナの妹は彼女の屋敷ですでに保護している。リゼが屋敷全体に強固な結界を張ったので、妹が屋敷から出ない限りは命が脅かされることはない。万が一悪意を持ったものが入ろうとすれば、その場で精神を病み、三日三晩悪夢にうなされるだろう。
リゼは数週間ぶりにルーファウスの顔を見て、どぎまぎしてしまった。彼の金色の瞳はやはり美しく、視線が吸い寄せられてしまう。しかし彼は、この部屋に入ってからリゼのことを一瞥もしなかった。そのことに、胸がチクリと痛む。随分と距離が遠くなってしまった気がした。
一同が席に着いたところで、リゼは気持ちを切り替えた。ここからは自分がこの場を主導しなければならない。
「さて、改めて、皆さまをお呼びした経緯を説明させてください」
アンジェリカとシャーロットは、今日集められた理由を知らない。だからこそ、誤解がないように慎重に説明しなければならなかった。リゼを殺そうとしたマリーナに、彼女たちは怒りを示すだろうし、そもそもシャーロットはマリーナのせいで賊に攫われた被害者だ。下手に説明を省くと、その後の議論がうまく進まないのは容易に想像ができた。
リゼはマリーナが犯した罪とその理由、そしてブロイド公爵の企みとウィンター王国の動きを丁寧に説明した。そのおかげか、アンジェリカとシャーロットはマリーナを大きく糾弾することなく、むしろブロイド公爵に怒りの矛先を向けてくれた。
アンジェリカは、上がったまなじりをさらに吊り上げて言う。
「ブロイド公爵……! なんて卑怯なの……! 親族を人質に使うだなんて、人間のやることではありませんわ!」
シャーロットも、静かに怒りを燃やしている様子だ。
「ブロイド公爵はどこか不穏な方だと思っていましたが……、やはりそうでしたか。とても残念ですわ」
精霊は善人と悪人を敏感に察知する。
ルーファウスとブロイド公爵が揃うとき、ルーファウスの周りを飛んでいる小精霊は、いつだってブロイド公爵には近寄ろうとしなかった。精霊が見えるシャーロットは、当然ながらその光景を目にしていただろう。公爵はどこか危険だと、契約精霊のリュカからも聞かされていたのかもしれない。
一方のマリーナは、瞳を潤ませながら、謝罪と感謝の言葉を繰り返している。もっと非難されると思っていたようだ。
本来であれば、マリーナは他の妃に危害を加えたとして、牢に捕らえられていてもおかしくはない。以前リゼが幽閉された、塔の最上階にあるあの牢だ。
しかし、リゼがルーファウスへの手紙で、「彼女の協力を得るために罰するのは先延ばしにして欲しい」、「できれば罪を許してあげて欲しい」と願い出ていた。その甲斐あってか、ルーファウスはマリーナの処遇の判断を先送りにしてくれた。
「兵力が必要なら、ダウデン王国の騎士団を遣わしますわ!」
アンジェリカがルーファウスに進言すると、シャーロットも続く。
「ステイリー王国にも軍の派遣を要請しましょう」
すると、ルーファウスが二人を見遣った。
「感謝する。ダウデン王国とステイリー王国へは秘密裏に協力を要請していたが、なかなか足並みがそろわなくてな。二人からの後押しがあれば心強い」
以前、ルーファウスが「戦力の拡大に向け動いている」と言っていたが、どうやら二国への協力要請のこのことだったらしい。
シャーロットはルーファウスの言葉にうなずいてから、胸に手を当てて言う。
「陛下。もちろん、わたくし自身も戦います」
「? どういうことですの?」
アンジェリカが片眉を跳ね上げて尋ねた。マリーナもサイラスも、怪訝そうな顔をしている。この場でシャーロットの事情を知るのはリゼとルーファウスだけだ。
シャーロットはアンジェリカに視線を向け、わずかに口角を上げた。
「わたくし、精霊術師ですの」
「「えっ!?」」
アンジェリカとマリーナが揃って声を上げた。
それまでじっと黙っていたルーファウスが、気づかわしげにシャーロットを見遣る。
「シャーロット……」
「陛下は仰いましたわよね。わたくしの力は、わたくし自身のために使いなさいと。今がその時ですわ」
シャーロットは強い眼差しでルーファウスに視線を返した。彼女の意思は固いらしい。
リゼはこの話題に乗り、手を挙げる。
「ルーファウス様。もちろん、私も戦います」
「…………」
ルーファウスは難しい顔でリゼを一瞥したあと、すぐに視線を逸らした。どうにも彼と視線が合わず、やはり嫌われてしまったのだろうかと、胸の痛みが強くなる。
この城に来たときは、ルーファウスに気に入られないように必死だったのに、随分と皮肉なものだ。ルーファウスに心を許した今となっては、突き放すような彼の態度が、氷のように冷たくリゼの胸に突き刺さる。
「まさか、リゼも精霊術師だなんて言わないわよね?」
アンジェリカの声にハッと意識を戻され、リゼは平静を取り繕う。
「私は精霊術師であり、精霊の愛し子なのです。黙っていてごめんなさい、アンジェリカ」
「……聞き間違いかしら。今、愛し子って言った……?」
「はい」
「なんですって……」
アンジェリカは大きな目を真ん丸にして、言葉を失っていた。
この場でリゼの正体を知らなかったのはアンジェリカだけだ。彼女にだけ打ち明けるタイミングがなく、心苦しく思っていたので、よい機会だった。
アンジェリカは目をぱちくりさせながらリゼに言う。
「精霊の愛し子なんて伝説上の存在じゃないの。もはや各国からの援軍などいらないのではなくて?」
「それはそうかもしれませんが、ダウデン王国とステイリー王国との関係が良好だと敵に見せつけておくのは、よいことだと思います」
リゼは苦笑して答えた。
アンジェリカの言う通り、リゼと三匹の精霊王がいれば、戦争に負ける可能性はほぼないと言っていいだろう。あとはどれだけ圧勝し、ブロイド公爵とウィンター王国の心をへし折るかだ。
「相手がどういう作戦で来るか、あらかじめ予想できるといいのですが……」
「地図をいただけますか?」
発言したのはマリーナだ。サイラスがすぐさまテーブルの上に地図を広げた。




