幕間4ー1.ルーファウスの焦り
執務室にいたルーファウスの元へ「リゼ妃殿下とシャーロット妃殿下が攫われた」と報告が入ったのは、日が傾きかける前の、午後三時頃のことだった。
皇都の広場で賊が暴れ、その騒ぎに気を取られているうちに、リゼとシャーロットに付けていた護衛がやられた。エリンも後れを取り、二妃は広場の賊の仲間と思しき連中に連れ去られてしまったという。エリンは今、騎士団に混ざって二人の捜索に当たっているそうだ。
一連の報告を聞いたルーファウスは、自分が思った以上に焦っていることに気づいた。最悪の結末を想像し、背筋が凍る。
「サイラス。精霊王たちは一緒ではないのか?」
「あいにく、今日は留守番をしていたらしく……」
ルーファウスは自分でも気づかぬうちに舌打ちをしていた。精霊王の一匹でも付いていれば、そこまで心配する必要もないと思ったが、精霊がいなければリゼはただのか弱い少女だ。
「すぐにこのことを精霊王たちに伝えろ」
「は」
命じられたサイラスは、すぐに執務室から出て行った。廊下からはバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。四人の妃のうち二人も行方不明になったのだ。ルーファウスが皇帝になって以来の一大事であった。
ルーファウスは書類仕事を続けようとしたが、心がざわつき、文章が全く頭に入ってこなかった。頻繁に懐中時計に目が行くが、時計の針はほとんど進んでおらず、自分自身に呆れた。
(こういう時こそ、大きく構えていなくてはならないというのに……)
一国を背負う者が容易く動揺してはならない。そう頭ではわかっているものの、心がいうことを聞かなかった。
ルーファウスはじっとしていられなくなり立ち上がるも、自分が出向くわけにもいかず、そのまま椅子に身を沈める。皇帝という立場がなければ、今すぐにでも城を飛び出していただろう。
狙いはおそらくリゼだ。黒幕は、リゼが皇帝の子を身ごもると相当都合が悪いのだろう。
一度リゼを巻き込んでしまった以上、もう後戻りはできない。一刻も早く黒幕を打倒する手筈を整え、自らの手で制裁を加える以外に、道はない。
(シャーロット妃も、俺に嫁いだばかりに……)
黒髪黒目のシャーロットがステイリー王室でどのような扱いを受けていたのかは想像に難くない。だからこそ、この城では心安らかに過ごしてほしいと思っていた。しかし、自分が皇帝として至らないせいで、危険に巻き込んでしまった。
「……二人とも無事でいてくれ」
祈ることしかできないことに、ルーファウスは苛立ちと不甲斐なさでどうにかなりそうだった。
その後、想像以上に早く、リゼとシャーロットが救出されたという知らせが入った。二妃は皇都の端にある寂れた店に囚われていたそうだが、騎士団が到着した時には、賊はそろって虚ろな目で倒れていたらしい。十中八九、リゼの仕業だろう。どこかの野良精霊の力を借りたのかもしれない。
賊は人攫いで有名な一団だった。黒幕がなぜ殺し屋ではなく人攫いを雇ったのかは疑問だったが、その場で答えは出そうになかった。
二妃が無事だとわかった途端、ルーファウスは全身から力が抜けた。椅子に身を預け、深く息を吐く。懐中時計を見ると、夕方の五時を指していた。
「大事がなくてよかった。二人はもう城に戻ったのか?」
「ええ。今はお屋敷で休まれているかと。今夜にでもリゼ妃の様子を見に行かれますか?」
サイラスに問われ、ルーファウスは逡巡する。本当は今すぐにでも会いに行きその顔を見たかったが、まだ仕事が片付いていないのにそれはできない。
「ああ、そうする」
それからルーファウスは、心配で身に入らなかった分の遅れを取り戻すべく、いつも以上に集中して仕事を片付けていくのだった。
そして、夜も更けた頃、ルーファウスはリゼのもとへ向かった。
屋敷の入り口でルーファウスを出迎えたエリンは、主人を見るなり深く頭を下げた。
「この度は申し訳ございませんでした。申し開きの言葉もございません。私がついていながら、リゼ様を危険な目に遭わせてしまいました」
「あまり気に病むな。お前が後れを取ったということは、相手は相当念入りに計画を練っていたのだろう」
そう言ってから、ルーファウスは強い違和感を抱いた。リゼとシャーロットが皇都に出かけることが決まったのはつい昨日のことだ。たった一日でエリンを欺けるほどの計画を練るなど考えられない。
(いずれはリゼが皇都に出かける日が来るだろうと、ずっと前から狙っていたのか……?)
ルーファウスの表情が陰ったその時、エリンが口を開いた。
「リゼ様に私の正体を明かしました。ルーファウス様のご命令でリゼ様を監視していたことも」
エリンの報告に、ルーファウスの中の罪悪感が疼く。
リゼへの疑いが解けた後も、ルーファウスは彼女に監視のことを隠していた。それはあまりにも不誠実だとわかりながら、言い出すきっかけを見失っていたのだ。
しかし、全てを打ち明けたエリンを責める権利はどこにもない。
「そうか、わかった。色々と背負わせて悪かったな」
「いいえ。私は生涯をかけて、リゼ様にお仕えすると決めました。これからもそばにいて欲しいと、リゼ様に仰っていただけたので」
彼女の笑顔はとても穏やかだった。リゼはきっと、真実を知っても決して怒らず、優しくエリンを受け入れたのだろう。
ルーファウスは、リゼのそんなところが、心から好ましいと思った。




