29.エリンの誓い
「ごめんなさい。しばらく大人しくしていてください」
リゼがまるで指揮棒を振るうように指を動かすと、男たちは次々に床に叩きつけられ、そのまま見えない光の糸で縫い付けられた。
男たちは一体何が起きたのか理解できなかったようで、目を白黒させている。一部の者はなんとか拘束から逃れようともがいていたが、余計に糸が絡まりがんじがらめになっていた。
「お前……! 魔術師、いや、精霊術師か!?」
そう言ったのはあの大男だった。彼は床に縫い付けられ、その巨体を芋虫のようにもぞもぞと動かしている。
リゼは大男に近づき、その顔を見下ろした。スッと息を吸い、声に魔力を込める。
「安心してください。殺しはしません。あなたたちは、このまま皇城に連行します。むやみに動くと怪我をするので、じっとしているように。あと、私が魔法を使ったことは、忘れてください。いいですね」
「……はい。わかりました」
大男も、それ以外の男たちも、途端に目がうつろになり抵抗をやめた。リゼがかけた精神操作系の魔法の影響だ。
リゼは声に魔力を乗せ、男たちの記憶を操作した。これで彼らが取り調べを受けるとき、「リゼが場を制圧した」などという証言は出てこないだろう。
リゼは再び声に魔力を込める。今度は自白させる魔法だ。
「正直に答えてください。あなた方を雇った人物の名前は?」
「……名は聞かされていません。匿名での依頼でした」
大男に尋ねてみたものの、残念ながら答えは得られなかった。黒幕につながる手がかりを得られると期待していただけに、リゼは肩を落とす。
すると、いつの間にか廊下に出てきていたシャーロットが感嘆の声を漏らす。
「さすがは愛し子ね。桁違いの強さだわ」
シャーロットの後ろには、少女たちが信じられないという表情を浮かべている。
「私たち、助かったの……?」
「おうちに帰れるの……?」
自分たちが危機を脱したことを理解した少女たちは、その場で一斉にわんわんと泣き出した。絶望の淵から思いもよらず助けられ、深く安堵したことで、気が緩んだのだろう。
「ありが、とう……!」
「私、もう二度と、家族に会えないと思ってた……! 本当に、ありがとう……!」
少女たちが泣きながら礼を言うので、リゼの心は喜びと達成感に満ち溢れた。
(よかった、皆を助けられて)
ほっと一息ついたのも束の間、突然、廊下の先にある裏口の扉が勢いよく開いた。
リゼは増援が来たのかと警戒を強めたが、すぐにその必要はないと判断した。裏口から入ってきた人々が、見慣れた制服を身にまとっていたからだ。到着したのは近衛騎士団だった。
騎士団員たちは皆、その手に剣を持ち臨戦態勢で入ってきたが、中の光景を見て拍子抜けしていた。賊たちは揃って床に張り付いており、戦闘不能となっていたからだ。
騎士団の面々に怪しまれないようにと、リゼは捕らえた男たちを縛っていた光の糸を解いた。彼らには先ほど精神魔法をかけたので、暴れることはないだろう。
「リゼ様! ご無事ですか!?」
そう言って飛び込んできたのはエリンだ。彼女は手に持っていた短剣を放り捨てると、リゼに駆け寄り、そのままの勢いで抱きついてきた。
「よかった……。よくぞご無事で……!」
「ご心配をおかけしました、エリン」
「申し訳ございません……。私がついていながら……」
震えながら謝罪するエリンの頭を、リゼは優しく撫でた。
「自分を責めないでください、エリン。こうして無事、助かりましたから。でもエリンの正体については、打ち明けられる日が来たらお話ししてくれると嬉しいです」
リゼの言葉に、エリンはびくりと肩を跳ね上げた。そしてリゼを離すと、彼女は表情を暗くして小さく頷いた。
一方、近衛兵たちは、床に倒れたまま動かない男たちを訝しみながらも、一人ひとり淡々と縄で縛りあげていった。そして、少女たちは無事、近衛騎士団に保護され、各々の家へと帰っていった。
結局のところ、黒幕への手がかりは得られずじまいだったが、彼女たちを救えたから良しとしようと、リゼは前向きに考えるのだった。
その後、帰りの馬車の中で、リゼはエリンから謝罪を受けた。
「今までリゼ様をだますような真似をして、本当に申し訳ございませんでした」
向かいに座るエリンは、深々と頭を下げている。彼女はそのままの姿勢で続ける。
「私はルーファウス陛下からのご命令を受け、ずっとリゼ様を監視し、その行動のすべてを陛下に報告しておりました。近年、ウィンター王国に不審な動きがあり、リゼ様が王国から送り込まれた間者か刺客の可能性があるとして、それで……」
「顔を上げてください、エリン。ルーファウス様からのご命令なら仕方がありません。それにきっと、もう誤解は解かれているでしょうから、大丈夫です」
エリンはリゼに言われた通り、ゆっくりと顔を上げた。しかしその表情は険しく、深い後悔の念が刻まれている。
「仰る通り、誤解はすでに解かれておりますので、現在は監視も報告も行っておりません。今はただ、侍女として、護衛として、リゼ様のおそばに仕えさせていただいております」
エリンの拳は強く握られていて、すっかり白くなっている。それがなんとも痛々しく、リゼはそっと彼女の手を取り、ゆっくりと拳を開いた。
「リゼ様……」
「エリンは責任感が人一倍強いのですね。今まで板挟みでつらかったでしょう」
エリンの手のひらには爪の跡がくっきりと残っており、わずかに血が滲んでいたため、リゼはサッと治癒魔法をかけた。リュカからもらった魔力がまだ残っていたのは幸いだった。
「リゼ様……、本当に、申し訳ございませんでした」
エリンは涙をこぼすまいと、唇を強く噛みしめていた。しばらくして涙が引いたのか、彼女は肩を震わせながら俯くと、これまでのすべてを語った。
エリンは帝国の「影の部隊」の一員で、幼いころから諜報や暗殺の技術を叩きこまれたエリートだった。動きが普通の侍女とかけ離れていたのはそのためだ。
リゼが皇城に来てからというもの、エリンは四六時中、リゼの動向を見張っていた。リゼが自室にこもっているときも、扉や天井の隙間から部屋の中をのぞいていたのだ。
当然ながら、リゼがフェンリルとヴェンヌに話した内容もすべて聞かれていた。エリンがリゼに畑を用意したのも、狩りに行こうと提案したのも、精霊王たちとの会話を聞いていたからである。エリンは精霊の声は聞こえなかったので、リゼはきっと寂しさのあまり、独り言を彼らに聞いてもらっているのだろうと思っていたそうだ。
エリンは監視と並行して、ルーファウスの命でリゼの過去も調査していた。若くして「影の部隊」の上層部にいる彼女は、部下たちに命じてウィンター王国に探りを入れたのだ。ルーファウスにリゼの生い立ちがバレたのは、そのせいだった。
「リゼ様の疑いが晴れた今、黙っておくべきことではありませんでした。どうか罰してください。辞めろと言われれば辞めますし、なんらかの刑に処していただいても構いません。リゼ様を騙していた上に、護衛としても役に立てないなど、もはや私は存在する価値がございません」
エリンが再び深々と頭を下げた。彼女の肩は依然として震えていて、まるで審判を待つ罪人のようだ。
「エリン」
優しく名を呼ぶと、エリンは顔を上げた。恐れと戸惑いの表情を浮かべる彼女に、リゼは微笑みかける。
「どうかこれからも、私のそばにいてくれませんか? それ以上は何も望みません」
「リゼ様……」
「この国に嫁いできた時、初めは不安で仕方がなかったけれど、エリンの優しさに、笑顔に、何度も救われたんです。あなたはただ、自分の仕事を全うしただけ。そうでしょう? だから、お願いです。これからもそばにいてください」
リゼがエリンの手を取ると、彼女の表情がゆっくりと歪んでいく。眉根をきつく寄せた彼女は、こらえきれなくなったように涙をこぼした。
「ありがとうございます、リゼ様……。あなたが望むなら、私はいつでもおそばにおります。そして、私は一生涯、リゼ様に忠誠を誓うとお約束いたします……!」
「こちらこそ、ありがとうございます。エリン」
こうしてリゼは、エリンとの絆を深めたのだった。
今日はシャーロットの知らない一面がたくさん見られた上に、彼女がルーファウスの敵ではないこともわかった。そして、エリンが正体を打ち明けてくれ、これからもそばにいると約束してくれた。
リゼはそのすべてが、心の底から嬉しかった。




