28.シャーロットの正体
リゼは驚きのあまり口を開けたまま固まった。一拍置いて、強い焦りがこみあげてくる。
「ど、どうしてわかったのですか? いつから気づいて……」
リゼは「もしシャーロットの口から他人に情報が広まっていたらどうしよう」と青ざめた。シャーロットは表情を変えず、淡々と言う。
「契約精霊が教えてくれたのよ。あなたが愛し子で、精霊王たちがあなたのそばについているって。安心して。他言はしていないから」
「契約精霊? ということは、シャーロット様も……!?」
「ええ。わたくしも精霊術師よ」
シャーロットはわずかに口角を上げた。初めて見せる、いたずらっぽい笑みだった。
リゼは『他言はしていない』というシャーロットの言葉に安堵するよりも、彼女が精霊術師だったことへの驚きの方が遥かに勝った。
精霊術師は精霊の存在に全くの無反応でいることは難しい。不意に人から話しかけられたら、誰だって反応してしまうのと同じだ。シャーロットが極力人と会わないようにしていたのは、他人から怪しまれないようにするためだったのだと、リゼは得心がいった。
「どうして黙っていらっしゃったのですか?」
「それはお互い様ではなくて?」
シャーロットのもっともな言葉に、リゼは何も言い返せず黙り込む。すると彼女は、ふっと遠い目をして続けた。
「聞いたことがあると思うけれど、わたくしの国では、黒髪と黒い瞳を併せ持って生まれた子は、忌み子として扱われるの。でも、精霊術師としての才があったから、王家の人間としてなんとか認めてもらえたわ。どこの国でも精霊術師は貴重で、利用価値があるから」
シャーロットは、母国でどんな差別を受けたのか、王家の中でどういう扱いを受けたのか、多くは語らなかった。
しかし、「忌み子として扱われた」というその言葉だけで、彼女は相当な苦労を強いられてきたことがリゼにはわかった。リゼはウィンター王城での妃教育で、ステイリー王国の忌み子の風習を学んだことがあったからだ。
ステイリー王国では、黒髪黒目の子はその家に災いをもたらすとして、親は生まれてすぐの赤子を山に捨てる。
「ルーファウス陛下が即位して、ステイリー王国からも姫を献上するとなったとき、他にも王女は何人かいたけれど、真っ先にわたくしが選ばれたの。精霊術師は確かに貴重だけれど、それ以上に厄介払いしたかったのね。そして、ずる賢いステイリー国王は、セレスティア帝国にわたくしの力を使わせまいと、精霊術師であることは極秘にしろと命じたの」
ステイリー国王はシャーロットの父親のはずだ。随分と距離間のある物言いに、リゼは胸が苦しくなった。きっと、父と娘として接する機会など一度もなかったのだろう。リゼもそうだった。
リゼには母や精霊王たちがそばにいてくれたが、シャーロットにはきっと、母も、兄弟姉妹も、他人同然だったに違いない。
「そして、この国に嫁いで、初めてルーファウス陛下とお会いした時。陛下はわたくしを見ても、嫌な顔一つしなかったわ。他の大臣たちは、ステイリー王国の忌み子の風習を知ってか、陰でわたくしのことを不気味だなんだと言っていたのに」
それまで何の感情も映していなかったシャーロットの顔が、不意に緩んだ。優しく、愛に溢れた表情だ。
「ルーファウス陛下ほどお優しい方に出会ったのは、生まれて初めてだったの。お慕いする理由なんて、それだけで十分だった。でも陛下はあなたに夢中だから……。だから、陛下に贈り物を渡して、自分の気持ちを伝えるつもりなの。それでだめだったら、きっぱりこの気持ちは諦めるわ」
「シャーロット様……」
リゼは彼女にかける言葉が見つからなかった。ルーファウスに気に入られている自分がここで何を言っても、すべて嫌味にしか聞こえないだろう。
「あなたもルーファウス様と同じね。わたくしの外見に忌避感を示さない。だから恋敵といえど憎めないし、むしろ好ましいとすら思っているわ、あなたのこと」
シャーロットはふわりと笑った。今まで彼女が見せた中で、最も優しい微笑みだ。
「正直言うとね、あなたとはずっと前からお友達になりたいと思っていたの。同じ精霊術師として、できる話もあるでしょうし。でもわたくしは、これまで他人と関わらない生き方をしてきたせいで、口下手な上に、無表情で皆を怖がらせてしまうから……」
「私も……! 私も、シャーロット様とお友達になりたいです……!」
リゼは思わずシャーロットの手を握った。彼女はリゼの勢いに驚いていたが、すぐに恥ずかしそうに顔を赤くする。これまで、他者と触れ合うことすらなかったのかもしれない。
「シャーロット様は、口下手でも無表情でもありません。シャーロット様は今日、いろんな一面を見せてくださいました。私は、もっとシャーロット様のことを知りたいです」
黒曜石のようなシャーロットの美しい瞳をじっと見つめ、リゼは心を込めて自分の思いを伝えた。
シャーロットは一瞬戸惑いを見せた後、参ったというように苦笑する。
「あなたの瞳は、とてもまっすぐね。好きよ。あなたのそういうところ。陛下もきっと、そんなあなただから惹かれたのでしょうね」
彼女はどこか諦観めいた表情だった。リゼは返す言葉を見失い、押し黙る。
「シャーロットでいいわ、リゼ。まずは男たちを制圧しましょう。わたくしも微力だけれど、サポートするわ」
シャーロットはそう言うと、サッと表情を切り替えた。リゼも今は少女たちを救い出すことが優先だと思い、彼女の言葉にうなずく。
「はい。もしよろしければ、シャーロットの契約精霊の力をお借りできませんか?」
「あら、今日は精霊王は不在なのね」
「さすがにシャーロットとのお出かけに、動物の姿の彼らを連れて来るわけにもいかず……」
「気にせずともよかったのに。でも、わかったわ。お安い御用よ。リュカ、出ていらっしゃい」
シャーロットがそう言うと、彼女の肩にポンッと小人が現れた。先のとがった長い耳を持っているその小人型の精霊は、シルクハットに黒い燕尾服を着た、まるで執事のような外見だった。
『我が主様。お呼びでしょうか』
「彼女にあなたの力を貸しておあげなさい」
そう言われ、リゼの存在に気づいた精霊――リュカは、恭しくシャーロットの肩の上で一礼してみせた。
『ご挨拶が遅れました。お初にお目にかかります、我らが愛し子よ。私はリュカ。私の魔力でよければ、存分にお使いください』
「はじめまして、リュカ。力を貸してくれて、ありがとう」
あまりにも凛とした一礼にリゼは目を丸くした。主人に似て、貴族然とした美しい立ち居振る舞いだ。
リゼはリュカに人差し指を差し出した。リュカがその小さな手でリゼの指を握ると、途端に魔力が流れてくる。その代わりに、リゼは自分の魔力をほんの少し彼に与えた。
リュカはリゼの魔力をじっくり味わうように、目を閉じながら、うんうんと頷いている。
『ほうほう。これが愛し子の魔力……。大変すばらしい。精霊王様たちが揃ってリゼ様の虜になるのも頷けます』
「あら、リュカ。主人が誰かお忘れかしら? 浮気は許さなくてよ」
『まさか。このリュカ、シャーロット様が息絶えるその時まで、あなた様に誠心誠意お仕えする所存でございますよ』
軽口を言い合う二人を見て、リゼは思わず顔を綻ばせた。きっとステイリー王国では、リュカの存在がシャーロットの心の支えとなっていたのだろう。そう思えるほど、二人はよき相棒同士に見えた。
「では、私は外を制圧してきます。シャーロット様は、ここにいる女の子たちを守ってあげてください」
「わかったわ」
リゼが立ち上がると、不意に後ろから「何するの?」と声をかけられた。振り向くと、先ほどまで死んだような目をしていた少女たちが、一様にリゼを見ている。リゼとシャーロットのやり取りを聞いて、さすがに気になったらしい。
リゼは彼女たちを安心させるように、優しく微笑んだ。
「大丈夫です。すぐに終わりますから、皆さん目を閉じていてください」
そう言うと、リゼは扉の前に立ち、ドアノブをひねった。が、開かない。鍵がかけられているようだ。
リゼは指先を鍵穴に当て、魔法で難なく解錠した。そして、扉を内側に引くと、目の前には背を向けた一人の男が立っていた。
「眠れ」
リゼが短くつぶやいた途端、男は膝から崩れ落ちるように倒れた。バタンと音がしたのを合図に、廊下の扉からは「なんだ?」「何があった?」と大勢の男たちが出てくる。その中には、エリンと戦ったあの大男もいた。
リゼが廊下に一歩出ると、男たちの視線が一斉に集まる。後ろ手で扉を閉めながら、リゼは廊下を見回した。
「お前! どうやって出てきた!?」
「捕まえろ!」
焦った男たちが、各々腰に佩いた剣を抜きながら、リゼに襲い掛かる。しかし、その刃がリゼに届くことはなかった。




