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主人公の暴走から、時間を少しだけ遡る。
「リベリオ、お前はどう思う」
「どうって、エリサさんのことですか?」
校外学習の最中、セヴェリアーノ王太子の作ったグループに女子はおらず、男子グループらしく気になる女子の話で盛り上がっていたのだが、よく話題に上るのがエリサ・ヴァレンティという女生徒についてであった。
男子生徒の見立てでは、外見だけならば学園内でもトップ3。キツめの女が好きという男子ならば間違いなくナンバーワンに上げるほどの美人、それがエリサ・ヴァレンティだ。
「成績は下の中くらいでしょうか。魔法もあまり優れているとは言えませんね」
「お前に言わせたらそうなんだろうが、実力で辺境伯になった男に認められる学生などそうは居ないだろう」
明らかに的外れなことを返すリベリオに対し、溜息交じりにセヴェリアーノは言う。
「そうですか? 僕もクロードさんは認めてますよ。一対一だと勝てるか分からないくらいには」
「……そこまでか」
「そこまでです。まぁ僕の専門は多人数での乱戦なので、専門外にはなりますが」
「…………いや、よく考えたらそういう話じゃない。クロードの話じゃなくてだな」
「エリサさんという女性についてどう思ってるか、ですか。……変な人ですね」
「変か」
「はい、明らかに変です」
リベリオ・バリーニは、公国の歴史でも珍しい10代で叙爵された貴族だ。
その実力は折り紙付きで、純粋な戦闘能力だけでなく大局的な目線で軍略を練ることも出来る逸材である。
学生レベルのテストは余裕で満点を取れるほどの知性も兼ね備えているが、現時点では全ての成績が二位に納まっている。クロードが全科目一位を取り続けているからだ。
クロードとエリサの関係を知る者は少ない。エリサに付き従って王宮に出入りするクロードを知っているセヴェリアーノは二人に主従関係があることを認識しているが、二人がそれを公にしていない以上、自分の口から言うことではないと考えていた。
「頭も要領も悪いようには見えないのに、どうしてか成績が悪いんですよね」
「それは俺も思ったな。あの女、王宮の財務室で働けるくらいの知性はあるんだ」
「そうなんですね? 初耳です」
「なのにどうして成績が悪いのか……」
「どうしてなんでしょうね……?」
エリサ・ヴァレンティは前世から学業の成績が悪かったことを知っている者など、この世界には当然居ない。社会に出てから磨かれた知識と応用力はあれど、学生時代にする勉強と社会人の勉強は全く異なる性質のものだ。
つまるところ、「それが将来役に立つかどうか」という問題。社会に出てから覚えることは必然的に仕事に活かせることだが、学生時代は皆考えただろう。「英語なんて使わない」とか、「三角関数を使う仕事に就くつもりはない」とか。
彼女は仕事と趣味においては勤勉であったが、学業に関しては不良生徒も良いところ。最低限学校を卒業できる程度の最低限の成績を収め、オタク活動に専念していた人間である。そんな人間が転生したからといって真面目に学校の勉強が出来るだろうか?
――否。人間の本質とは、そう簡単に変わるものではない。
勿論、編入試験を突破するために猛勉強をした。だがそれは目的のための勉強であり、入学さえしてしまえば後はこちらのものとでもいうかのように、学業に対する集中力はなくなっていった。だが、それでも傍からは真面目に授業を受けているようには見えるのだ。それも――
「顔が良すぎるのが悪い」
セヴェリアーノが呟くと、リベリオは「ぶふっ」と吹き出した。冗談を言ったと思われたのだろう。
「……殿下にしては珍しいことを言いますね」
「俺を何だと思ってる。あの女が真面目な顔をしている時にまさかどうでもいいこと(・・・・・・・・)を考えてるとは思えないだろう」
「……まぁ、それは分かります。顔が良すぎるってそういうことですか」
セヴェリアーノは頷いた。
一般的な外見の人間が授業中につまらなそうな顔をしていれば、まさか真面目に授業を受けているとは誰も思わないだろう。だがエリサは違う。顔が整いすぎているから、まったく授業を聞いていなくとも、黙ってるだけで様になってしまう(・・・・・・・・)のだ。
「僕が変といったのは、それもあります。不真面目なわけではないのなら真面目にしていればもう少しマシな成績を取れると思うのですが」
「……あぁ、俺もそう思う」
リベリオとセヴェリアーノの二人は、生来が生真面目なのである。
セヴェリアーノはわがまま王太子と巷で噂されていれど、本質的には真面目な性格をしている。クラスに孤立しない人が出ないよう振舞っているのも、王族としての務めを果たす時も、役割に対し最低限でなく最大限の配慮をした上で許されるギリギリ(・・・・・・・・)のわがままを通しているだけだ。
リベリオは当然、学業においても、貴族としても、公国の魔法使いとしても、軍略家としても真面目に、勤勉に生きている。そんな二人にとって、馬鹿でない人間に分類されるエリサの成績が悪いことは理解出来ないのだった。
「ですが、嫁にしたいかと言われると否ですね。殿下もそうじゃないですか?」
「…………どうして分かる」
「殿下、エリサさんだけ見る目が違うんですよね。最初は好きだからなのかと思ってましたが、好きな相手に向ける目は――ほら、殿下がジーナさんに向ける目がそれですね。好きな相手とも、興味ない相手に向ける目とも違う……なんでしょう、近いのは敵愾心でしょうか?」
「俺があの女を敵と認識していると言うのか?」
「敵――いえ、近いのは好敵手なのかもしれません。負けたくないというような気持ちが滲み出てるというか」
「それは、お前の魔眼がそう言ってるのか」
リベリオは一瞬だけ驚愕の表情を作ったが、すぐに元の表情に戻った。魔眼のことがセヴェリアーノにまで知られているとは思っていなかったからだ。
「……殿下はこの目のことまでご存知なのですね」
「当たり前だ。俺を何だと思ってる」
自慢げに胸を突き出したセヴェリアーノを見て、リベリオは緊張が解けたかのように小さく笑った。
この二人は高等部の入学前から仲が良かったわけではない。むしろ、リベリオはセヴェリアーノを避けていた節もあった。だが、それを理解した上でセヴェリアーノはリベリオを自分と同じグループに入れたのだ。
リベリオがセヴェリアーノを避けていたのは、自分の本質を知っているから。荒ぶる獣を内に秘めた自分を知る人間とは関わらないよう、無意識下で避けていたのである。
しかし、セヴェリアーノにとっては避けられていようが関係ない。国に認められ叙爵された独立貴族である優秀な存在を、自分の外に置くつもりなど毛頭ない。――セヴェリアーノはわがままだからだ。
なんでもかんでも、全て自分のものにしたい。敵も味方も清濁併せ吞み自分の為に生きることが、国の利になることだと考えていた。
「……軽く流してしまったが、俺がジーナに向ける目だと?」
「え、ジーナさんのこと好きなんじゃないんですか?」
「…………好意的に、見ては、いるが」
「そういうことですよ」
魔眼によって他人の感情を認識出来るリベリオは、当然その感情に気付いていた。
だがセヴェリアーノにとっては意外だったのか、「そうか……」と小さく呟いている。セヴェリアーノはまだ、恋愛というものを理解していないのだ。
「むしろ、ジーナさんのことを嫌う人が居たらそれはよほどひねくれた人くらいです。好きになるかは別として、ですが」
「リベリオはどう思うんだ?」
「さぁ? 好意的に見てはいますよ」
先程のセヴェリアーノと同じ言葉で返したリベリオは、言ってやったぜとでもいうかのようなドヤ顔をしており、二人で笑いあった。
男子の間で友情が育まれる。――それこそが、転生者であるエリサが意識していなかった、共通ルートで物語が展開される利点の一つなのであった。
男二人がそんなくだらない雑談をしている時、主人公――ジーナ・バルトが杖に惹かれ、博物館中にガラスの砕ける音が響き渡ると、二人はグループを抜け駆け出した。
「ジーナさん!?」
リベリオが叫び、杖を構えるが魔法を打てなかった。セヴェリアーノが隣から杖を抑えたからだ。
「この魔力濃度で魔法を使ってみろ! 逆流するぞ!!」
「で、ですが――」
部屋を覆うほど広がる黒い陰の魔力――それは怨念である。
生者を死に至らせるのに十分な陰の魔力は、ジーナを中心に沼のように広がっていく。もしもそこに魔法をぶつけてしまえば、最悪陰の魔力が四散し飲まれてしまう。
リベリオほどに慣れた人間や、セヴェリアーノのように魔導具で防護出来る人間なら耐えられるかもしれないが、他の生徒は違う。げんに、魔力の発生地点で座り込むジーナは震える身体を抑えられず、杖を手放すことも出来ず俯いていた。
だが、これでもジーナは耐えている方なのだ。魔力が周囲に飛散しないよう、必死に押し留めていてこれなのだ。
有効な対抗策が浮かばないまま、魔力はじわじわと広がっていく。これで中心に居るジーナが何かしらの魔法を使ってしまえば、間違いなく取り返しのつかないことになる。だが、二人は近づくことも止めることも出来なかった。
(僕は、こんな時も動けないのか――ッ!!)
両親を失った時のことを思い返し、皮膚に爪が突き刺さり血の滲む杖を握りしめ、リベリオは歯を食いしばっていた。
陰属性魔法に適正のないリベリオでは、陰の魔力に耐えるので精一杯だ。この場に辿り着いた時に一瞬だけ動けたのは、まだ魔力に当てられる前だったからだ。
(――クソッ! どうしてこんな時にアレを持ってきてないんだ俺は!)
セヴェリアーノは憤っていた。王家秘蔵の魔導具に守られ正気を保てているが、冷静でいられるわけではなかった。
セヴェリアーノが考えたアレとは、王家に連なる者しか使えない、『魔封じ(キャンセラー)』と呼ばれる古代の魔導具だ。範囲内全ての魔法効果を消失させるそれを持ち歩かなかったことを、これほど後悔した日はない。
動けぬ二人の代わりに、乱入者が現れた。――エリサ・ヴァレンティだ。
彼女は躊躇いなく魔法を使う。一歩間違えれば陰の魔力が逆流し、人を死に至らしめるほどの魔力が流れるというのに、彼女は躊躇わなかった。
そんなエリサの姿を見ていた二人の胸中にあった感情は、畏怖か、それとも――




