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「エリサ、これはどういうことだろう……」
「分かりません……」
「何故私がここに呼ばれたんだ……?」
「分かりません…………」
一年最初の校外学習は、公国の歴史を辿るという名目で行われる、いわば遠足だ。
旧タリア帝国の首都であったその街には大きな歴史博物館が作られており、そこでタリア帝国とヴェッキオ公国の関係や成り立ちを勉強する――といったところである。
そこで問題が発生した。校外学習に、何故かクラス担任でもなければ担当科目も関係ないお父様が、エドガルド先生の代わりに引率として現れたのだ。
エドガルド先生と違って真面目で、かつ眉目秀麗で人当たりのよいお父様は人気が高く、授業外でも女生徒に捕まって質問攻めに会っている姿を時折見かけた。そんなお父様が校外学習に引率することになれば、女生徒の注目を集めてしまうのも当然のこと。
校外学習そっちのけで未婚のお父様に接触を図る女生徒達の壁となるよう私が立ちまわることになり、先程から気疲れがすごい。
今は博物館をこっそり抜け出し、このあたりの名物だという甘いコーヒーを二人で並んで飲んでいるところだ。
こんなところを他の生徒に見られたら、教師と生徒が逢引していると噂されてもおかしくはない――が、私がジュリオ・ヴァレンティの養子であることは同級生ならば既に知っていることなので、「またエリサさんがジュリオ先生を独占してる」と陰口を叩かれる程度で済む。
「エドガ……エド先生はどこに行ったのでしょう?」
「分からない……今朝急に私の元に来て、ちょっとだけ代わってくれとは言われたが、まさか私に全て投げて逃げるつもりとは思わなかったんだ……」
「……帰ったんですね」
「…………恐らくは」
お父様のことだ。ちょっとだけと言われ、本当にちょっとだけだと思ったのだろう。
トイレに行く時間だけ見といて、くらいに言われたのだと勘違いしたのかもしれない。だがエドガルドはそうではない。あの人は、同僚に嘘をついてでもサボる人だ。
校外学習にジュリオ・ヴァレンティが参加するのは、たゆひつでは相当珍しい。引率の先生はランダムで変わるが、ほとんどがキャラ立ち絵のない黒塗りモブ先生だ。
とはいえ、ジュリオ・ヴァレンティの好感度が全攻略対象中最大であれば確定で引率してくれるし、他にも一応条件を満たせば10%くらいの確率で引率してくれるのだが、その条件とは全攻略対象の好感度が横並びであること――つまりジュリオルートか、共通ルートでの逆ハーレムエンドを狙っている時くらいなのである。
「ところでお父様、ジーナ・バルトという生徒をご存知でしょうか?」
「ジーナ……あぁ、エリサのクラスメイトだろう。彼女がどうした?」
「いえ、男性に色々貢ぎ物をしていると聞くので、お父様も貰っているのかなぁ、と」
ちなみに真っ赤な嘘である。正確には、している(・・・・)かもしれない(・・・・・・)、だ。
たゆひつで攻略対象の好感度を上げる手段はいくつもある。日常パートで話しかける、イベントを発生させる、プレゼントを贈るの三つが基本だ。
その中でもプレゼントは好感度を効率よく上げることが出来るが、それによって上がる数値は乱数によって多少変動がある。好感度の正確な数値をゲーム内で確認する手段はないので、逆ハーレムエンドを狙う時はプレゼントを贈って好感度を上げることを諦めなければならないのだ。
私はオタクとしての義務で逆ハーレムエンドをプレイしたが、この世界で細かい調整をやれを言われて出来る気はしない。だが、主人公はそれを狙っている可能性がある。
転生者でないにせよ、主人公は八方美人で万物を愛するようなキャラ。誰も操作していないと、素でハーレムエンドに突入する可能性だって考えられる。
「話しかけられることはあるが、彼女から何かを渡された記憶はないな。他の生徒から渡されることはあるんだが」
「受け取ってるんですか?」
「断るに決まってるだろう。私は教師であちらは生徒。知識を分け与えることはあるが、愛情や打算で対応を変えるつもりはないからな」
「……流石です、お父様」
素直に驚いてしまった。確かにお父様ならそう言ってもおかしくはないけれど、たゆひつの記憶があるせいで、プレゼントを受け取らないお父様を想像できなかったのだ。
「では、お父様にとってジーナさんは数いる女生徒の中の一人、ということで間違いないでしょうか?」
お父様は頷き、「あぁ」と即答する。えぇー、推せますわぁ……。
あれ、いやでも主人公がジュリオルートに入るならそれで良いと思ってたはずだけれど、お父様のこの様子に私が喜んでるということはルート入られたら略奪婚みたいな気持ちになりません? 私のお父様が! って立ち回る必要出てきませんか?
(こうなったら本格的に妾を狙いに行きましょうか……)
そんなしょうもないことを考えながら休憩を終え、二人で歴史博物館に戻ると、館内に入った瞬間、ガラスが割れる音と悲鳴が聞こえた。
――その瞬間、私は思い出した。校外学習一回目でのイベントを。
二人で音の方向に走って向かう。立ち話をしている生徒を撥ねるように最短距離を進むと、そこに居たのはジーナ・バルト。――主人公のグループだ。
主人公は割れたガラス片の前で黒く染まった杖を手にし、中から溢れる陰の魔力に当てられて朦朧としている。あの杖はタリア帝国最後の王太子が持っていたとされる杖で、国を亡くした王族の怨念が籠っていることを私は知っている。
これは裏ルートに突入する条件の一つ。主人公が杖に魅入られるシーンだ。
杖が結界を破壊しガラスを砕きひとりでに主人公の手に納まり、主人公が杖に操られ陰属性魔法を使う瞬間イザベラの声が響き渡る。「何をしてらっしゃるんですか!?」と。
その声に驚いた主人公は意識を覚醒させ杖を放り投げ、あやうく大量殺人を回避するシーンだ。ならばここにイザベラは――
あっ。
――記憶を昨日に遡る。
「あら、エリサさんは明日から校外学習ですか?」
「そうなんです。毎年恒例と聞いてますが、何かありましたか?」
「そうですね。……一年次に行く歴史博物館は我がグランドーリ家の所有物なのですが、実はいわくつきの杖が保管されておりまして……」
「いわくつき、ですか?」
「はい。時折人を魅入るというのです。それによって何かが起きたという話はついぞ聞いたことはありませんが、エリサさんが居るのなら大丈夫ですわね」
「はい、お任せください!」
――回想おわり。
(私だ……)
校外学習のイベントなど数えきれないほどあるから存在をすっかり忘れていたが、私がイザベラの乱入フラグを消し飛ばしたことを一瞬にして理解した。
時間がない。主人公は自力で杖を離せる状態ではなさそうだし、お父様は状況が分からず動けない。ここにエドガルド先生が居れば物理でどうとでもなったろうが、残念ながら非戦闘員ばりに戦闘力の低いお父様だけ。こうなったら――
「ジーナさん、何をしてらっしゃるんですか!?」
野次馬を押しのけた私は、記憶に残されたイザベラの台詞を一字一句違えず叫ぶ。
それは、ほとんど無意識であった。他の手段などいくらでもあったはずなのに、私自らその道を選んでしまったのだ。
主人公は、助けを求めるような目で一瞬だけこちらを見た。
専用クソデカフォントで叫ぶシーンが多々あったイザベラの声量ならば声だけで正気を取り戻させることも出来るのに、やはり叫び慣れていない私では駄目なようだ。
「っ――『万物活かす金の力よ。金よ、私の手元へおいでなさい』っ!」
私に唯一適正のある金属性魔法。普段の授業で使っている杖はない。だが、公爵家の持つ魔導具には指輪型に成形され杖の役割を担うものがあり、私の右手人差し指に嵌められた杖が、始動キーと魔力供給を受け引き寄せの魔法を発動させた。
杖に含まれる金属が反応し、主人公の手から引き剥がされた杖は宙を舞って私の元へと飛んでくる。
その瞬間、走馬灯のように前世の記憶が一気に流れた。そして、忘れていたことを一つだけ思い出した。
――自分がどうやって死んだかを、だ。
(あぁ……)
忘れていた。これまでずっと考えないようにしてきたのに、それを思い出してしまったのはどうしてだろう。
(死ぬから、か)
引き寄せの魔法によってこちらに向かって飛んできた杖を、お父様が止めようとする。運動能力も反射神経も高くないはずの私は、ゆったりと感じる体感時間の中、お父様の腕を押しのけ、自らの手を伸ばした。
そして、杖を掴んだ。
――その瞬間、杖から真っ黒な何かが溢れ出す。
「エリサ!?」
真っ黒な何かが私の持つ杖から漏出していることに気付いたお父様が声を掛けてきたが、私はその言葉に返事することが出来なかった。
全身が冷たくなっていく。血が通わず、魂が繋がらず、私の身体は私の意志とは裏腹にゆっくりと動き出す。
「闇よ(テト・アラ)」
私の口が、ひとりでに動く。超短文詠唱によって発動した陰属性の魔法は、視界に入る全てのものを闇で覆い隠していく。
以前お父様が披露してくれた『暗闇』とは全く違う性質を持つその魔法は、現代では禁術とされている死霊魔法に分類されるもの。
『死の扉よ(フィスト・ロリア・ルア)、開け(ティラ)』
どぷんと音を立て、視界を覆っていた暗闇が床に落ちた。
闇は泥のように貯まっていき、触れる者の生命力を奪い尽くす災厄の魔法。
――魔法の名は『死の扉』。
主人公がそれを覚えるのは、全ルートを通してバッドエンドのみ。
(お父様――)
私の身体は、もう私の自由には動かない。いくら喋ろうともがいても、指の一本すら動かなかった。
(愛しています)
声にならない声で、ずっと言いたかった言葉を紡いだ。
――その時口が動いたのか動いていなかったのか、もう私には分からない。




