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 私は15歳になり、サルヴィーニ魔法学園に入学した。

 それも、私だけでない。お父様も一緒にだ。


「それにしても、お父様が臨時教師として呼ばれるなんて、学長様は何を考えてらしたのでしょう?」

「さぁな。自在扉(エルスゲート)の使用許可が下りなかったら、私だって来なかったさ。だが、あれが使えれば今後も何かと便利だろう?」

「それはそうですが……」


 結局、お父様が臨時教師として呼ばれる未来は変わらなかった。

教師でないお父様がどうして呼ばれたのかまでは分からないが、公爵家の仕事がただでさえ溜まっているお父様が依頼を受けた一番の理由となったのは、魔法学園が持つ魔導具――『自在扉(エルスゲート)』の使用許可が下りたからだ。

 自在扉(エルスゲート)は、指定された場所へコンマ一秒のラグもなく移動することが出来る。まぁつまるところ、どこ〇もドアだ。ちなみにお父様は使用許可を自分だけでなく私とクロードにまで広げてくれたお陰で、私達は他の生徒や教師達のように寮生活をすることなく、毎日自宅である屋敷に帰ることが出来る。

 使用回数があるわけではないが悪用されると世界が傾くことも予想される魔導具なので、生徒は勿論、教師にも使用許可が下りないらしい。だが私とお父様はフリーパスだ。食事のたびに屋敷に戻ることも出来てしまう。流石にそこまでするつもりはないけど。


「それに、エリサのお陰で最近は随分仕事がしやすくなってるんだ。一日数コマ教えるくらいの時間は取れるさ」

「お父様の助けになるのが、私の何よりの願いですから」

「……せっかく学園に入れたのだから、学生らしい目標を見つけてくれても良いんだぞ」

「婚約者を見つけるとか……ですか?」

「いや、まぁ、それもあるが、別に他の目標だってあるだろう」

「…………」

「…………ないのか」

「あ、いえ、お友達を増やしたいなー、くらいには考えていましたが……」


 ならなんで入学したがったんだとでも言いたげなお父様とそんな雑談をしながら校舎を歩いていると、何人もの生徒とすれ違う。

通りがかった女生徒は、一瞬にして女の顔になり呆然と立ち尽くしている。リボンやタイの色からして上級生だ。私のような一学年の生徒が入学式前に校舎内に居るのは珍しいのか、お父様に目を奪われなかった男子生徒は私の方をチラチラと見てくる。


「イザベラさん。おはようございます」

「あら、エリサさんではありませんか。ごきげん よう」


 数人の女生徒を引き連れて歩いていたのは、2年前の舞踏会から交友を持ち出したイザベラだ。取り巻き達は、下級生でありながら上級生のイザベラに気軽に声を掛けた私に対し露骨に嫌悪の目を向けたが、隣に立っていたお父様の存在に気が付くと、一瞬で女の顔になっていた。いやウケる。俗物すぎでしょアンタら。

 一瞬で隠れたから誰か分からなかったけど、よく見たらあの時舞踏会でお世話になった(・・・・・・・)ドナテラも居るのね。笑顔を向けておきましょう。

 彼女はイザベラの取り巻きとしてたゆひつに登場していたサブキャラだったから、男娼とかの設定も思い出せたのよね。


「こちら、お父様です」

「……以前もご挨拶をさせて頂いておりましたが、お忘れかもしれませんのでもう一度。コルラード・グランドーリ公爵が長女、イザベラと申します」


 貴族式の丁寧な礼でお父様に頭を下げたイザベラは、たゆひつで悪役令嬢になるとはとても思えない、優美な令嬢に見えた。

確かに大量の取り巻きを連れて歩く姿は一般的な令嬢とは異なるが、学園内に派閥を持っている生徒は誰でもこのように大名行列のように歩くものだ。


「本日より政治学の臨時教師となった、ジュリオ・ヴァレンティだ。い(・)つ(・)も(・)娘と遊んでいてくれてありがとう。君の話は娘からよく聞いているよ」


 お父様は、やけに途中の言葉を強調し、小さく会釈で返す。

 どうしてかとイザベラの方に目を向けると、取り巻き達の笑顔が引き攣っているのが分かった。

 あぁ、お父様は先程取り巻き達に私が嫌悪の目を向けられたことに気付いていて、それでイザベラと以前から親交があるのだと告げることで彼女らの態度を改めさせたのか。数秒の挨拶がまるで弾丸の撃ち合いだ。貴族社会怖っ。


「ブルーノ先生の代わりに来たのが、エリサさんのお父様だったのですね」

「あぁ。……ブルーノ先生はまだ現役だったのか」

「はい。腰を悪くされておりましたが、大変大きな声で熱弁を振るっておりましたよ」

「……変わらないな」


 どうやら、お父様の前任者であるブルーノ先生はお父様とも面識があったらしい。

それもそうか、お父様だって10年ちょっと前までこの学園の生徒だったのだ。20年とか30年前ならともかく、10年程度なら学生時代の恩師が残っていることだってあるだろう。

 お父様は「エリサ以外にそう呼ばれるのには違和感があるな」と小さく呟いた。


「お父様、行きましょうか。入学式に遅れてしまいますよ」

「あぁ、そうだったな。すまない、私たちはこのあたりで失礼するよ」

「はい。またお話ししましょう」


 イザベラに頭を下げ、再び歩き出す。

 私がイザベラとどういう関係なのか知らない取り巻きが多かったのか、少し離れたところで振り返るとイザベラは質問責めにあっていた。説明が面倒なのかはいはいと手ぶりで返しているその様子は、たゆひつのイザベラに大変よく似ていた。


*


(よりにもよって一組かぁ……)


 入学式を終え、指定された部屋に入ると、そこは一年一組のクラスルーム。

 そこは大学のような階段式の教室で、後ろの方では既にいくつかのグループが出来ているようだ。

 私のような高等部からの編入生が珍しいのか奇異の目を向けられた気配を感じたので、なるべくグループから離れた前の方の席に座る。


(一組ってことは……あぁー……)


 出入口に目を向けると、数人の生徒と雑談しながら話しながら入ってくる、見覚えのある女性が居た。


 ――主人公だ。一組は、主人公と同じクラスなのである。

 ちなみにセブ様とクロードも同じ一組だが、クロードは入学式にも居なかったので今頃図書館の虫になってることだろう。学年主席だが、テスト以外だと必修科目しか出席しないのだ。真面目なのか不真面目なのかどっちなんだか。

 主人公になるべく目を向けないように、机に置かれていたパンフレットに視線を落としていると、騒がしい一団が入ってくる。

チラリと見るとあぁセブ様。本日も賑やかなことですわ。

 男女問わず大勢の取り巻きを引き連れたセヴェリアーノ・ヴェッキオ王太子が入ってくると、クラスの視線はモブの私なんかでなくそちらに持っていかれた。助かるわぁ。

 セブ様のグループはクラスの中ほど――ちょうど私の真後ろの席に陣取る。主人公グループとは対極の位置だ。

 視線を向けず気配だけで私の後ろに座ったセブ様の様子を伺っていると、セブ様が「お」と呟いたのが聞こえた。


「エリサか、久しいな」

「……お世話になっております、殿下」


 振り返り、ペコリと頭を下げる。

 セブ様の周りに座っていた生徒達が皆一様に「誰?」という顔をしているが、イザベラの取り巻きのように露骨に嫌悪感を向けてくることはない。そのくらいはマシな人選をしているのだろうか。それともただ知らないだけか。

 挨拶以上の言葉を喋らないで待っていると、セブ様が「相変わらず愛想がない」と小さく呟いた。仕方ないじゃない! だってあんまり関わりたいと思えないんですもの!

 ちなみに王宮には何度も出入りしているが、王宮内でセブ様に会ったことはない。私の王宮での話し相手相手は文官達とたまに大臣クラスが居るだけで、彼らは王族でなく王宮で働いているだけの地方貴族だ。

 ここにも私の名を知っている貴族家子息は居るだろうが、顔を合わせたことのある人は少ない。同年代が参加する社交界は年一回の舞踏会くらいしか出ないし、そこでも壁の華を徹しており誰とも話していないからだ。


(最初のアレのせいで、皆近づいてこなくなったのかもしれないけど……)


 私としても、学園入学までイザベラ以外の友達が出来ないのは残念であった。

だが公国の新興貴族たちは私がイザベラの取り巻き――ドナテラにしたことを見ていたから避けられるようになったし、離れたところに居た他のグループで私の顔まで知っている者は少ない。

 今黙ったところで自己紹介をしたら必然的に名を知られてしまうのだが、社交界における私の噂は今やどんな尾鰭が生えていることだろう。考えるだけで恐ろしい。


(お友達、出来るかなぁ……)


 そんなことを考えながら入学パンフレットの隅から隅まで読み返していると、クラスに全然馴染めずぼっちを極めていた前世の学生時代を思い出し溜息を吐く。


 それからしばらくすると、見覚えのある男子生徒が私の隣に座った。


(あ、そういえば一組って、そっかぁ……)


 白色の髪を持つ、大きめの眼鏡を掛けた彼の名は、リベリオ・バリーニ辺境伯。

 クロードが高等部に編入するまでは数年間成績トップを維持していた秀才で、数多くの功績を上げ若くして叙爵された、公国の辺境に住む貴族だ。

 色素の薄さも相まってどこか儚げな彼は、たゆひつの攻略対象の一人である。


(うわっ、顔ちっさ! 生で見ると想像以上に可愛いわね……)


 同年代とは思えないほど小柄なリベリオは、女子の平均身長ちょうどのまさにモブな私より小さい。まるで小動物のような、少年と言っても差し支えない体格をしているのだ。


(これで戦闘狂(ウォーモンガ―)って言うんだからおかしいわよね、どう見ても庇護対象よ……。むしろこうしてると私より弱そうだわ……)


 初等部から学園に在籍しているリベリオだが、本格的に学園に通うのは高等部に入ってからである。両親にはやく婚約者を見つけてこいとせっつかれて渋々通うことにしたという設定があり、クロードと同じで授業を受けていないのに成績優秀なタイプだ。

 だが天才肌なわけではなく、誰よりも実直に勉強を重ねているだけの秀才である。

 しかし、リベリオにおいて重要なのは小動物のような顔ではない。戦闘になると彼は二重人格かのように性格が豹変し、暴れ散らかす戦闘狂がそこに現れるのだ。ファンの中でも賛否両論あった二面性だが、私は嫌いではなかった。だが――


(実際に会ってみると、ちょっと想像出来ないわね……)


 リベリオルートは表ルートの中でもかなり殺伐としたルートになり、主要登場人物の多くが退場したり未登場になることでも有名だ。

 それは彼のルートに入ると旧タリア帝国貴族と公国の新興貴族との間に内戦が起きるからなのだが、比較的緩めな学園ラブコメとは思えないくらい重いストーリーが展開されるので、「二面性は良いからリベリオを優しい世界に連れてって」とたゆひつファンが皆涙を流していたのを覚えている。


(リメイクではリベリオルートの二つ目があるかもって言われてたんだっけ)


 シナリオライターもリベリオをやさしい世界に連れていきたかったのか、インタビュー記事で「悲しい展開しか作れなかったキャラも、リメイク版では救済したいと思います」なんて話していたのを思い出した。

 既に私の知っているリメイク前のたゆひつとは違うところも多い世界なので、もしかしたら内戦を経由しないリベリオルートもあるのかもしれない。

 正直興味がないといえば嘘になるが、残念ながら私は主人公でもなければイザベラのような悪役令嬢でもない、ただのモブだ。私のようなモブがリベリオに近づけるはずないだろう。いや今は物理的にかなり近くに居るが、それはそれとして。


 ほとんど生徒が揃った状態になってもクラス担任が現れないので、雑談していたクラスメイト達は段々とテンションが上がって来たのか、次第に声や態度が大きくなりつつある。席を立つ生徒が数人現れたあたりで、扉が大きく開かれた。


「あー、座れ座れ」


 だらしない白衣を着た中年男性が入ってきて皆に声を掛けたが、おしゃべりに夢中なクラスメイト達は気付いていない。


(……あ、まずいかも)


 クラス担任の中年男性が荷物のように引きずってきた黒(・)い(・)ズ(・)タ(・)袋(・)が図書館から拉致されてきたクロードということに気付いていた私は、一瞬にして身構える。たゆひつにない展開だが、彼の性格からしてこれから起きる展開は――

 クラス担任の男はズタ袋――クロードを全力で天井に投げつけた。

 人体が破裂するようなべちゃりという音。地震かのように揺れる教室。明らかにブチギレてるクラス担任。落下してくるクロード――


「す、わ、れ」


 小さな、しかしよく通るドスの聞いた声で男が言うと、騒いでいたクラスメイト達は一瞬にして静まり返り自席に戻る。


 天井から落下してくるクロードを魔法で受け止めたのは、リベリオだ。ありがとうリベリオきゅん、それアレな子だけどうちの子なの……。

 風魔法をクッションにお姫様抱っこでリベリオに受け止められた潰れたカエルじゃなかったクロードを黙って受け取ると、偶然空いていた私の左隣の席に乗せておいた。

 よし、これで大丈夫だ。あきらかに重傷に見えるけどそのうち自己回復するだろうからヘーキヘーキ。初日からサボってるのが悪いのよ。


 明らかに不真面目そうな中年のクラス担任、彼の名はエドガルド・バローネ。

 学園では魔法学のいくつかを教える一年一組のクラス担任だが、裏の顔は公国の守護者たる騎士団長――蒼きエドガルドと呼ばれ周辺国に恐れられている、公国の歴史上最も強いとされている男だ。

 彼の素顔を知っているのは騎士団に居る騎士だけだ。騎士団長として登場する時は仮面で顔が隠れているので、同一人物ということをプレイヤーが知るのは表ルートでは物語後半、騎士として会うセブルートと内戦の鎮圧で会うリベリオルートの二つだけなのだ。

 エドガルドルートは攻略対象の中でも特殊で、表ルートのキャラを全員攻略したデータではじめからプレイすることでようやく好感度を上げることが出来るようになる。

 だがそれでも、時折見せる苛烈さや果敢さから先生が只者ではないと主人公も感じており、エドガルドルートの存在がプレイヤー達に認識される前から、ネットの掲示板などでは話題に上がることの多かった人気キャラ。それが、私達のクラス担任なのだ。


(まぁ、普段はだらしない人なんだけど……)


 断れない依頼ならば嫌だろうが真面目にやるお父様とは完全に性質が違う、教師を無理矢理やらされている感がありありと出ているエドガルド先生は、ハァと大きな溜息を吐くと教卓に肘をつき、面倒臭そうに口を開く。


「あー、じゃあこっからは適当に自己紹介でもしとけ。俺はエド。魔法学で、えー、土とか聖とかそのへんをお前らに教えることになると思う」


 家名も本名も名乗らず、あとは勝手にやっておけと言わんばかりに手を振りながら先生は言い放った。

 それもそのはず、エドガルド・バローネは騎士団長という地位にありながら、平民の生まれである。騎士爵を持っているがそれは一代限りのもので、騎士団長ということを明らかにしない限りは貴族家子息である生徒達より位が低い。貴族を相手に平民が姓を名乗るべからず――貴族社会のヴェッキオ公国には、そんな風習があるのだ。

 クラスメイトはどうすれば良いか顔を見合わせしばらく誰も発言しなかったが、パンと手を叩く音が響き皆が一斉にそちらを向く。


「自己紹介、しましょうっ! 私は、ジーナ・バルトですっ! 趣味はお菓子作りと杖集め、嫌いなものは辛いものです! 宜しくお願いします!」


 皆がまだ意識をリセット出来る前から堂々と叫んだ主人公が勢いよく頭を下げると、少し遅れて小さな拍手が起こった。拍手は次第に空気を変えてくれたことへの称賛の意味を持ち少しずつ大きくなり、先生が「そろそろ次の奴ー」と言うまで続いた。


(あー、最初の台詞まんまね……)


 主人公は、徹底的に空気を読まない。読めないのではなく、読まないのだ。

だがその明るい性格と裏表のない――よ(・)う(・)に(・)見(・)え(・)る(・)その態度から皆に嫌われることなくクラスの中心に居られるような、そんなキャラクターである。


(裏ルートやんなきゃ、腹立つほどの良い子に見えるんだけどね……)


 私は主人公――ジーナ・バルトのことが嫌いではない。むしろ、結構好きな方だ。

 表ルートをプレイしていた頃は空気の読めない八方美人で聖女気取りのクソ女と思っていたのに、裏ルートをプレイして一気に好きになった、公式の思考誘導を受けた典型的な(テンプレ)ファンの一人。


(良い子ちゃんじゃないから良いのよね、この子は)


 皆がジーナに視線を向けていたから、私も同じように彼女を見る。こういう時、無関心を装いすぎると余計に怪しくなる。

 ジーナに指名された隣の席の女生徒が自己紹介をし、更に隣、更に隣と順々に自己紹介が回っていく。

ちょうど私の反対側から始まった自己紹介が私の番に回ってくるまで30分ほどを要し正直ほとんど名前も顔も覚えられていないのだが、それは後々覚えれば良いか。


「クロード、……です」


 左側から紹介の流れが回って来て、クロードの順番になった時には、潰れた黒い塊でしかなかったクロードは自己治癒魔法によって元のクロードに戻っていた。皆が意識をしていなかったうちに、少しずつ治癒していたのだ。

先程天井に放り投げられていたことを思い出したクラスメイトがクロードの全身を凝視しているが、服に汚れもなければ血の跡も残っていない。全て魔法によって治したからだ。流石天才ね。

 自己紹介を超短文で終えるのかと思えば、席に座らず私の方を見ていることに気付く。


(……あ、これ私との関係を話していいか聞いてるのかしら)


 たゆひつになかった展開だ。そもそもクロードが自己紹介の時にクラスに居る時点で知らない展開ではあるが、私に発言許可を求めてくるような殊勝な子だったろうか?

 まぁ面倒ごとは避けたいので、小さく首を振って断った。

 クロードは頷くこともなく座ったので、皆が先程の沈黙の意味が分からず首を傾げているうちに、私も立って挨拶をする。


「エリサ・ヴァレンティです。宜しくお願いします」


 それだけ言って座ったが、クラスメイト達は一瞬の沈黙の後にコソコソと話し出す。「あれが……?」「こんな人だったの……!?」「噂の……」のような声が聞こえてくるのを無視していると、私に次いでリベリオが立ち上がる。


「リベリオ・バリーニです。中等部まではあまり出席していませんでしたが、これからは毎日出席すると思いますので、3年間よろしくおねがいします!」


 可愛らしい小動物のようなリベリオがそう言ってぺこりと頭を下げると、私の噂話をしていた女生徒は皆黙ってしまった。

うんうん、そうよそうよ。女の悪口よりかわいい男の子のかわいい仕草を眺めてた方が建設的よ。私もお父様一筋じゃなかったら今のは結構キ(・)てたわ。


 リベリオの後に自己紹介をしたセブ様のことを知らない生徒は流石に居なかったが、先生が少しだけ驚いた顔になったのを私は見逃さなかった。

 今のは騎士団長として数年前に会った時より丸くなっていたから驚いたってシーンだ。


(全体的には私が知ってる展開、だけどクロードのこととかちょっとだけ変ね……)


 私の存在がクロードに与えた影響は、あまり大きくないはずだ。

 クロードは表裏どちらのルートにも登場するキャラクターだが、内面描写が少なすぎるので、普段何を考えているかはよく分からない。

 主人公が図書館通いを始める前からクロードが登場しているのは、リメイクの影響なのか転生者エリサの存在の所為なのか――そのどちらかは分からないが、主人公の表情からは読み解けなかった。

 まぁ正直いきなりクラス担任の先生にボコボコにされて引きずられて現れる生徒が居たら誰でもビックリするよ。主人公じゃなくても同じ反応するでしょ。


 自己紹介が一巡すると、肩肘を突いてつまらなそうに待っていた先生が「えー」と口を開くので皆が一斉に静まり返る。先程の天井クロード投げを見てしまったからだろう。

 エドガルド先生は私の知ってる限りあんな暴力的じゃないはずなんだけど、クロードほんと何したの……?


「そこの黒い馬鹿を見たな? そいつは学年主席の癖に入学式に出ず初日からサボろうとしてた大馬鹿野郎だ。今後理由なく俺の授業をサボる奴は全員黒馬鹿の刑に処す」


 先生に杖で指されそう言われたクロードを見たクラスメイト全員が「え」と声を上げた。ちなみに私も滅茶苦茶ビビってる。

 皆が反応してるのはクロードが学年主席で入学したというところかもしれないし、黒馬鹿の刑とかいうわけのわからない処刑方法が開示されたからかもしれない。でも私からしたら、表ルートでは図書館でしか遭遇しないはずのレアキャラ、クロードがこれからも教室に居ることになったことの方に驚いていたのだ。


「お前ら全員を3年きっちり卒業させたい。――そんで俺は今すぐこの学園を辞めたいと思ってる。勿論協力してくれるよな?」


 先生が突然担任教師をやることになった理由は王太子であるセブ様を外敵から守るためなのだが、それが語られるのはエドガルドルートだけだ。

 皆が壊れた人形みたいに首を上下に振り続けるのを見て満足したのか、先生は面倒くさそうな態度を変えないまま学園の説明を始めた。

そのほとんどは入学式でも説明された、私が穴が開くほど読んでしまった入学パンフレットに書かれている内容であったが、行事の説明などで所々強い口調になった部分があったので一応メモしておいた。恐らく生徒に何かやらかされると担任に負担が行くタイプの行事なのだろう。

 クロードも真面目に聞いて――ないなこいつ。隣ちらっと見たら、ノートにメモしてるの先生の説明じゃなくて魔法式だ。大方図書館で調べものをしていたところを先生の襲撃にあい、中途半端になっていたのが嫌で今暇な時間に続きを書いているのだろう。

 魔法の才能があるとはとても言えない私にとってさっぱり意味の分からない文字の羅列だが、実技筆記共に満点を取れるクロードにとっては重要なことなのだろう。

 こんな堂々と先生の説明を無視出来るのも才能だと思うけど、たぶん説明を頭の中には入れてるのよね。聞いてないように見えるが、全く聞いていないわけではないのだ。いつもこんなだし。


「おいそこの黒馬鹿、今俺が説明してたこと聞いてたか」


 突然名差し――いやクロードの名前は黒馬鹿ではないが――されたクロードは、顔を上げると入学パンフレットに手も触れず「23ページの7行目」と即答した。

 先生は「チッ」と舌打ちしたが、まぁクロードが他事していたのは間違いないので、話を聞いていないと疑ったのは的外れなわけではない。

 そこからはクロードの態度を無視して先生が説明を続けていく。時折質問コーナーが設けられたが、誰も質問はしなかった。質問されたくないオーラがガンガンに出ていたから仕方ない。知りたいことがあったら今度他の先生に聞いた方が良いだろう。


*


(……変わらんな)


 セヴェリアーノ・ヴェッキオは、後ろの席からずっとエリサ・ヴァレンティの様子を伺っていた。

顔と身体は満点なのに、どうしてか好きになれない女。嫁か妾かという側近の言葉に「男より前に出る女は好かん」と返したことは何回あったか。

 だが、セヴェリアーノはエリサのような女に会ったことはない。故に、どういう感情で彼女を見て、どう扱えば良いのか、出会って数年経つ今でも分からないでいた。


(おだてても喜ばん。地位も名誉も欲しがらんし、権利を主張するでもない……)


 エリサはセヴェリアーノにとって未知の存在だったが、貴族家の人間として見ても理解不能な存在だったのだ。

 ふつう、貴族家に生まれた人間ならば家のことか自分のことを考えて生きるものだ。

 エリサのように実績のある者ならば、叙爵を求めたり王宮に口利きをしたり、場合によっては個人的な金銭――裏金を求めてくるのが一般的である。だが彼女はそれらを何も求めず、しかし無償の供与でなく求めて当然の対価だけを請求してくる。

 家のことを考えれば、大金を請求してもおかしくはない。自ら率先して王宮の財務や監査の改善案を上げていく癖に、相応の対価を求めることをしないのだ。

 エリサが求めるのは、常に最低限。時間的拘束をしたことによる時給(・・)のみである。

 王宮には、エリサの言う時給という概念は存在しない。本質的に労働者でない貴族にとって、自分の時間を切り売りするという感覚がないからだ。


(娼館育ちのせいなのか? 本当にそれだけなのか……?)


 セヴェリアーノは国民にわがまま王太子と見られているのを自覚している。そのように振舞っているから当然だ。だが、知らぬ世界を知らぬというだけで否定するような歪んだ性格の持ち主ではない。

 エリサが娼館育ちであろうと娼婦の娘であろうと貴族家の養子であろうと、実力のある者は実力を発揮出来る場所で使うべきだという為政者の思考を持っていた。

 それは長年の情操教育の賜物であろう。妾の子であろうと、彼は王になるべくして生まれた男なのだ。


(宰相はエリサを目に見えるところに置けるチャンスだと語っていたが……まさか学園にまで干渉してくるとはな)


 学園のクラス分けはランダムではない。学力や実力に応じて適したクラスになるよう配慮されているのだ。

中でも一組は基本的に成績上位者か平均より上の者しか居ない――はずだが、エリサの学力も魔法の実力も、そのどれも平均以下である。

 半年ほど前に行われた学園高等部への編入試験でエリサが取った点数を宰相に聞かされた時はたいへん驚いたものだ。

 エリサはその時既に王宮である程度の発言力を持つ存在となっていたから、学生レベルの問題など容易く解ける頭脳を持っているのだと思っていた。だが、実際はそうではない。手抜きをしている様子もなく、真面目に解いた上で平均を下回っていた。

 魔法に関しては平均程度の実力はあるだろうが、ヴァレンティ公爵家は元から魔法に秀でた家系でないので、そこは重要視していなかった可能性がある。


(それにしても、あぁも優れた人間の学力が低いということは本当にあるのか……?)


 セヴェリアーノは知らなかった。学生時代に優等生だった者が社会に出てからも優れた社会の構成員になれる保証はなく、学生時代に勉強の出来ない馬鹿だと扱われていた者が社会に出たら活躍するというのは然程珍しいことではないことを。

 王宮で働く者は皆高度な教育を受け、優秀な成績を収めた者しかそこには居ないので、エリサのような例を知らないのだ。

 だがエリサとは逆の成績を収めた男、彼女の隣に座る黒馬鹿――もといクロード・ラプラスの評価もセヴェリアーノは知っていた。

 騎士団長には及ばないにせよ並みの公国騎士よりも実力があると噂されており、更に研究者としても、文官としても優秀な完璧人間、それがクロードの王宮からの評価である。

 そんな男が先程ボロ雑巾のように運ばれてきたということは、エドと名乗ったあの担任はそれほどの実力者なのだろうか? 40を過ぎたであろうその年齢からして騎士ではない。もしかしたら騎士崩れなのかもしれないが、宰相から担任について教えられたことは何一つとしてなく、それがまた逆に怪しく思えてしまう。


(他にも――)


 年一度の舞踏会でしか顔を合わせたことのない者が多い。

 セヴェリアーノも学園の初等部から在籍しているが、初等部と中等部は学力基準でなく爵位や派閥でクラス分けされているので、他所の派閥の生徒と関わる機会は少ないのだ。


 新たな出会いが少しだけ楽しみなセヴェリアーノが珍しく上機嫌そうであったと、彼の補佐官をしているクラスメイトは後に語る。

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