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地下墓所から帰って早々、私は屋敷にある魔導具実験室で調合を開始する。ちなみに屋敷から墓所までは相当離れており、実に三日ぶりの我が家である。
まずは輝香水を鍋に移し半量になるまでとろ火で煮詰める。部屋いっぱいに広がる異臭は、香水臭ではあるがあまり好ましい香りではない。干からびた野草のような香りが近いだろうか。明らかに、生者が好む性質の香りではない。
香水を煮詰めたら命結晶をすり鉢で砕き粉末状にし、鍋に注ぎ入れ更に加熱を続ける。じきに黄色味がかっていた液体は青白く変わり、ばしゃばしゃだった液体はもったりと持ち上がるほどの濃度になっていく。水溶き片栗粉でとろみつけたような感じだ。
「……こんなもんかな」
それを小瓶に移し、たぶん完成だ。魔導具職人でもない私が作ったのではそこまで大した効果は生み出せないかもしれないが、素材が素材だ。主人公がはじめて作っても失敗しないようなレシピなので、作れはするだろうと思っていた。
「クロード、『鑑定』してみて」
銅像のようにじっと私のことを観察していたクロードに小瓶を手渡すと、クロードは黙ってコクリと頷いた。
ミミや他の使用人なら「何してるの」と聞いてきそうな調合だが、クロードは喋らないお陰で気にせず作業に没頭出来た。こういう時は無口で無関心なのも便利ね。
驚いた顔でも見れるかと思ったが、クロードは特に表情を変えることなく手持ちの羊皮紙に手を押し当てる。口で喋れば伝わるのに『転写』の魔法まで使うのは、まぁ分かりやすいからいっか。
鑑定魔法が使える者は屋敷の中に何人か居るけど、一番黙っていてくれそうなのがクロードだからこの場に連れて来たのだ。
羊皮紙に浮かび上がった文字は、鑑定魔法の結果を示している。
「『甦りの妙薬』、品質はB……初めてにしては上出来ね」
そう呟いても、クロードは無言だ。うん、別に返事が欲しくて喋ってるわけじゃないから良いの。顔は整っていて公国には少ない黒髪なのと無表情なのも相まってミステリアス感が素敵なキャラ――に見えるけど、お父様一筋の私にとっては別になんともない同年代の男の子ね。ちょっと、いやだいぶ扱いづらいところはあるけれど。
「瓶は今度加工して貰うとして……じゃ、クロード。換気と掃除お願い。終わったら仕事に戻って良いわよ」
雑用を押し付けられたにも関わらず、クロードは文句を言うことなく黙って頷いた。
(雑に扱ってる自覚はあるけど、好感度上げないよう意識するとどうしてもね……)
ルートに入ってからもキャラクターの本質が変化しないお父様はともかく、セブ様やクロードに関しては好感度を上げることで露骨に態度が変わってしまうキャラだ。
そういう相手と接する時はどうしても塩対応になりがちなだが、主人公に成り代わることだけは避けたいので、彼らに好かれるわけにはいかない。
勿論、主人公が誰かのルートに入った後なら問題ないだろう。けれど現状では、転生者の可能性は低いが誰のことを狙うかは分からない。本編の前から主人公と交友があるキャラは少ないし、居ても私の身近なところに居る男性陣ではないので認識範囲外なのだ。
(これがあれば、最悪のパターンは避けられる、かな……?)
魔導具『甦りの妙薬』。効果はその名の通り、死者を生き返らせることだ。
当然、そんなものが一般流通しているはずはない。素材は冥界にしか存在せず、死霊魔法の適正が高い主人公か、過去に死者と交流があった者しか手に入れることは出来ない。
予想出来る最悪のパターンは、主人公が暴走してバッドエンドに入ってしまうことだ。表ルートでは固有の属性を持たない主人公だが、選択肢やキャラクターの好感度によっては陰属性魔法を暴走させ、あたり一面死の海にしてしまうバッドエンドが存在していた。
そのエンディングを無理矢理通常ルートに戻すために使われるアイテムが、今私が作った魔導具、甦りの妙薬。死んだばかりの者限定だが、これを使うことで一定範囲内に存在する死者を全員甦らせることが出来る。
(まぁ、皆死んだなら誰がこれを使うのって話だけど……)
甦りの妙薬を所持していると、全滅系のバッドエンドを迎えた時、自分も陰の沼に沈んでいくイベントCGが出て、暗転すると同時に真っ暗な画面に『甦りの妙薬を使用しますか』という選択肢が現れる。まさに神の手によって使われるのだ。
そうなると、神の手がないであろう私がこのようなリセット魔導具を使うには、他人の手を必要とする。死後すぐにしか使えない甦りの妙薬を誰に渡してどのタイミングで使わせるかを考えておかなければならないが、一応バッドエンドに入るタイミングはいくつか記憶している。タイミングごとに適した人に渡しておけば良いかなと思考を切り替え、実験室を出た。
「あら、お父様。おかえりなさいませ。曾婆様の容態はどうでしたか?」
実験室を出たところでお爺様の部屋に向かって歩いていたお父様を見かけ声を掛けると、お父様は渋い顔をして立ち止まった。
「……芳しくない。寝言のように呟かれたが、何を言っていたかまでは分からなかった」
「左様ですか。ではお爺様にはどう報告をしますか?」
自分の予定についてはほとんどミミ任せだが、お父様の予定は頭の中に叩き込んである。お父様は昨日、私が墓所から帰ってくる前に屋敷を出、父方の曾婆様に会いに行っていたのだ。
だが、曾婆様の歳はこの世界の平均寿命を大きく上回るご高齢だ。体中弱り、常に寝たきりの生活をしていると知らされていた。当然ながら私は会ったことはない。たまには孫の顔でも見せて、ついでに様子を見ておこうと先日リディオさんとお父様が話していたのを覚えている。
「以前と変わらなかったと、伝えておくよ」
少しだけ寂しそうな顔になったお父様の正面に立ち、黙って手をぎゅっと握る。
お父様は、曾婆様だけでなく、お爺様の体調が悪いことも気に病んでいるのだ。私はお爺様がいつ亡くなるか知ってしまっているが、それが今罹っている病気のせいなのかは分からない。お爺様は最近自室からほとんど出ない生活を送っているが、ボケてるわけではないし思考は正常なのでたまに会うとハキハキ喋っているし、見た感じはそれなりに元気だ。話に聞く曾婆様とは違う。
「お父様も、無理だけはなさらないで下さい。屋敷のことは私が一人で回せますから」
「……エリサにそう言われると、父親として少し恥ずかしくなるよ」
お父様はそう言うと、私のことをぎゅっと抱きしめた。あっやだちょっと、いきなりなんですかお父様!? 発情しますわよ私!? よろしくて!?
「あ、あああの」
「エリサも、体調を崩さないように気を付けなさい。いざという時の備えはあるが、心配するのは私だけではないのだから」
「は、はははははい」
「では、先日のお出かけの件に関しては、あとで話を聞くよ」
抱き締めていた腕を解き、笑顔でそう言うお父様。
あら、ひょっとして怒ってらっしゃいます? でも一応報告書には日程とかも書いてましたが……あ、実際の予定とは違うことをしていたのを帰ってきた護衛から聞いたとか? それは……困りましたわね。そういえばミッションコンプリートしたのに舞い上がって口止めするの忘れてましたわ。
「ひゃあい……」
抱き締められたのを忘れるほど、上手い言い訳を作るために思考を回転させる。
結局、魔導具を作るために冥界に行く必要があったと正直に話すと1時間ほど怒られたが、最後は私が無事帰ってきたことを喜び、二度とこのような無茶はしないと念書を書かされなんとか解放された。罰としてしばらくお父様にくっつくのも禁止と言われたので、まぁ明日くらいまでは我慢しようと思う。
ちなみに、主人公が暴走した時のため――とは説明しなかった。現時点では私にとってもお父様にとっても、たゆひつの主人公は特に面識のない貴族家令嬢でしかないからだ。
だが、別に甦りの妙薬は事故死などにも使うことが出来る。魂の形を元に肉体を再構築する効果があるので、たとえ全身が粉々になろうと死んですぐなら生き返るのだ。
事故で家族を失ったお父様は、死をなかったことに出来る魔導具の重要性を誰よりも理解している。結局使わないで済んだ真実鏡は屋敷の魔導具庫に戻しておいたし、あれだって条件はあるが死をなかったことに出来る性質を持つ魔導具なのだ。
執務室を出、今日分の作業をしようと文官達の元へ書類の回収に向かおうと歩いていると、どこからともなくリディオさんが現れて私の目の前に立つ。
「お嬢様、――自作したという魔導具を見せて頂くことは可能でしょうか」
どうやら執務室の外で話を聞いていたのか、真剣な表情でそう言われたので、隠すことなく手渡した。リディオさんは鑑定魔法持ちだったのか、じっと見つめると深く溜息を吐いた。
「……甦りの妙薬。実在したのですね」
「ご存知でしたか?」
「はい。以前ご当主様の子息が亡くなられた際、探していた魔導具の一つでした」
「左様でしたか」
神妙な面持ちで小瓶を見ていたリディオさんは、物憂げな目を私に向ける。
「お嬢様、どこでこれの作り方を知ったのですか? あの時は国中の魔導具職人に声を掛けましたが、作り方はおろか素材が何かすら誰も知りませんでした。実物を見たことがあるという者はおりましたが、その者も見せてもらっただけで詳細は分からないと言っておりました」
「……内緒です」
「内緒ですか」
「えぇ。っていうか、言っても分からないと思うので。ちなみに、お父様に怒られてしまいましたので、二度と作ることは出来ません。在庫は現物限りです」
ハッキリと告げると、リディオさんは小瓶を返してくれた。
あまり存在を公にしたいものではないので側近以外には見せたくなったものだが、リディオさんならむしろこちらから教えたいくらいだ。私の知らないところでお父様が事故に遭ったら使うことも出来るからね。
「畏まりました。引き留めてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ。そういえば、最近ミレーナさんと良い感じと聞きましたが」
「…………内緒です」
「内緒ですか」
小さく口角を上げてそう言われたので、少しだけ驚いた。いつも仏頂面なリディオさんが笑っているところを見るのは相当珍しいからだ。
先日ミミから、メイド長になったミレーナが最近リディオさんと良い感じになってるという噂話を聞いた時は笑って流してしまったが、この反応からするとあながち的外れではないのかもしれない。
歳は結構離れてると思うが、そのあたりは愛があればなんとでもなるだろう。ほら、血の繋がりあっても愛があればなんとでもなるしね!
「では、進展があったら教えてくださいね」
「はい。ご報告することがあれば、ですが」
頭を下げたリディオさんは、私が歩き出すのを見送ってから執務室に向かった。
ふと後ろを振り返ると、頭を下げたリディオさんの顔が少しだけ赤く染まっていたのを見逃す私ではなかった。からかうと本気で怒られそうだから、ミミには教えてあげないけどね!




