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「ひぇ」
薄気味悪い地下墓所にやってきた私は、寒気と怖気に肩を抱いた。
領主会議を終え、魔導具の競売にも無事競り勝った私は、ようやく計画を進める決意をする。それは、ゲームの知識を最大限活用し、じき始まるたゆひつ本編に向けて行動を開始する――ということだ。
これまでは、ほとんど自分の知識と能力だけで生きていた。ゲームの知識を活用するのを避けたのは、それによって世界がどう変わってしまうか未知数だったからだ。
だが、本編が始まってもそのような生き方を続けていたら、もし主人公が、主人公じゃないにせよ、私以外の転生者が暴走した時に止めようがない。
その抑止力となるためには、どうしてもある程度はゲーム知識を活用せざるを得ない。だがプレイヤーしか知りようがない行動を取るというのは、総じて世界を変革することへと繋がってしまう。だから覚悟が出来なかったのだ。
「こ、ここここわくないし」
たゆひつの裏ルートでは死後の世界――冥界が舞台となる。だが、冥界に入れるのは陰属性魔法でも更に死霊魔法に適正があり、自分を仮死状態にして冥界を出入り出来る主人公だけの特権だ。
私の属性は金属性、それもお父様が魔法を得手としていないのもあって、最低限学園の高等部に編入出来る程度までしか教育を施されていない。
「さっむ……ほんとに錯覚……?」
ちなみに、当然だが目的地である地下墓所まで一人で来れたはずはない。お父様に内緒にしたわけでもなく、堂々と計画を話し、墓所の手前まで公爵家の馬車で乗り付けた。
ここは数百年前から使われていない墓所だ。冥界の入り口の一人であり、以前より目星を付けていた都合の良い(・・・・・)場所。
「ホント、都合よく公爵家縁の人のお墓があって助かったわ……」
いきなり娘が地下墓所に行きたいなんて言ったら、普通の親なら卒倒するかもしれない。だがご先祖様のお墓参りという名目があれば説得もしやすいのだ。
当然お父様はなんでいきなりと疑っていたが、私の言動が理解出来ないことは以前からあったのか、溜息交じりに送り出してくれた。
護衛として数人公爵家の者を連れて来ているが、彼らにはある程度の距離を保って着いてくるよう伝えてある。ちなみにクロードはお父様の仕事を手伝わせるため置いてきた。
「えっと、3、4,5……ここかな」
事前に入手しておいた地図と照らし合わせながら墓所を歩いていると、廃棄された棺が転がっているエリアがあった。
魔導具のライトで照らし棺を数え、棺に描かれた模様をじっくり観察する。
「……あった。槍に貫かれた騎士の紋章。これがそのまま残ってるってことは、主人公はまだここには来てないってことよね」
たゆひつ裏ルートのCGに映っていたままの棺を発見し、ほっと胸を撫で下ろす。
槍に貫かれた騎士は、旧タリア帝国貴族、カノーヴァ伯爵家の紋章だ。
ヴェッキオ公国の建国前に爵位を剥奪された貴族家だが、裏ルートではたいへん重要な役割を示す。その人柄(霊柄?)の良さから冥界の案内役を務める少年が、この棺に眠っているはずなのだ。
ライトを後ろに向け合図をし護衛らを呼び、棺を開けさせる。
彼らは「何故そんなことを」と言いたげな顔をこちらに向けて来たが、私がニッコリと笑顔で返すと、慌てた様子で工具を取り出し棺の解体を始めた。
こういう時顔が良いって便利なのよね。絶対お母様も使ってたわ。それはもう、精通前の少年の初恋と童貞と将来を奪っちゃうくらいには目一杯悪用してたわ。んんん、私も精通前のお父様に会いたかったなぁ……。私が精通させたかった……。
「お嬢様、これは……」
「ん、読み通りね」
棺には少年の骨が眠っていた。数百年前の骨のはずだが。湿気のほとんどない地下墓所は保存に適しており、風化することなく骨が残っている。
頸椎が折れた痕跡があるが、それは少年の持ちネタのようなものなので、首がポロリと取れる立ち絵を思い出して小さく笑った。
骨を見ていきなり微笑む公爵令嬢を見てドン引きした護衛らのことは置いといて。
「お、お嬢様!?」
私が突然骨に手を伸ばしたから護衛の一人が声を荒げたが、私の手を掴むような無礼者は居ない。少年の骨が大事そうに抱えていた指輪を抜き取り、フゥと息を吐いて軽く埃を払うとライトで照らし、よく見る。
「……うん、確かにこれね」
「あ、あの、お嬢様? それは一体――」
「指輪よ。見て分からない?」
「あ、いえ、それは分かるんですが」
自分の指に嵌めようとしたが、丁度直径が合いそうな薬指にはなんとなく通したくなかったので、少しぶかぶかであるが小指に嵌め、じんわりと魔力を流す。
私の手持ちライトが魔力供給を絶たれ、静かに消えた。一瞬あたりが暗くなるが、護衛の手持ちライトがまだ残っているので完全な暗闇にはならない。
しばらく目を閉じて魔力を通し続けていると、護衛らの悲鳴が聞こえた。
「わっ!?」
「何だこれ!?」
「こんなの最初からあったか……!?」
ゆっくりと目を開けると、目の前に現れていたのは大きな黒い扉である。
「……私が入るしかないわよね」
中ですることを説明し、護衛の誰かに入って貰う手段がないわけではない。
だが、ただでさえ何か分からない扉に突然入れと言われ、まともな精神状態で任を全うできる者など居ない。居てクロードくらいだが、面倒なので置いてきたし。
正直、ここに来るのは極力避けたかった。けれど、学園ラブコメでしかない表ルートの知識を活用しても、攻略対象を効率よく落とす方法とバッドエンドの回避方法くらいしか分からない。しかし、殺伐とした裏ルートの知識なら別なのだ。
「死者の門……」
目の前に現れているのは、冥界への入り口である。
ここに入ることの出来るのは、通常は死者だけだ。主人公なら仮死状態になることで気軽に出入り出来るが、一般人には不可能だ。
――だが、そのための指輪、そのためのルートがある。
「あなたたち、15分待っても私が出て来なければ、ここで真実鏡を使いなさい」
「……ここで、ですか?」
「そうよ」
真実を映す鏡、『真実鏡』という魔導具の効果は、本質的には鏡ではない。
たゆひつの本編では好感度リセット用のアイテムとして使われていたもので、説明には『鏡に映したものを映した時間のまま切り抜くことが出来る』と書かれていた。
これは、私が冥界から帰れなかった時の保険である。
今この瞬間の私を映した真実鏡がここにあれば、仮に私が冥界で死んでも、今の私を現実世界に取り出すことが出来る。つまるところ、これから行うのは自己の複製だ。自分と同じ思考を持ち記憶を受け継いだ人間を、もう一人生み出すことが出来る魔導具、それが真実鏡である。
でも上げすぎたり下げすぎた好感度を調整するために攻略対象を複製する主人公って怖くない? でもそういうゲームだったし……。
「じゃ、行ってくるわ。必ず15分待つのよ。それより前には絶対使わないでよね」
真実鏡から自分を取り出すと、鏡に映る前の自分は消滅するらしい。だが、冥界と現実世界で二人の自分が存在出来る可能性は0とは言えない。それはぶっつけ本番で試すしかないので、覚悟を決め扉に手を掛ける。
――扉はあっさり開かれた。
一瞬にして視界が切り替わり、あたり一面が青白く染まっていく。
「ここが、冥界……」
指輪の効果で一時的に魂を維持出来ているだけで、通常は生者が入れる世界ではない。
ここが死後の世界とは思えないほど、そこは幻想的に見えた。
「正規ルートで入ったはずなのに、ロッコは居ないのね。まぁ予想はしてたけど……」
指輪に通した魔力を途切れさせないよう、気を付けながら歩く。
なんとなく地形は頭に入れていたが、実際に自分の目で見てみると記憶と多少違うように感じる。主人公が来るまでの1年で冥界のイメチェンでもしたのだろうか?
冥界の案内役であるロッコが居ないのは、予想していた。ロッコは攻略対象ではないが、裏ルートで交友を重ねていくうちに好感度が上がり、特殊イベントがいくつか発生するキャラである。
彼に会えないのは悲しい気持ちもあるがしょうがない。私が主人公ではないからだ。
「勝手に使っちゃってごめんって謝りたいところだけど、居ないなら仕方ないわね」
ロッコは、先程開けた棺に眠っていた少年なのだ。
裏ルートに入ると、まず誰かを攻略する前にロッコの無念を晴らすイベントが発生する。彼は何者かによって謀殺されており、その犯人を捜す、というものだ。
そのイベントを経た主人公は死霊魔法を使いこなせるようになり、自由に冥界を行き来出来るようになる。
私が今装着している指輪は、死霊魔法が使えるようになる前から冥界に入るためのお助けチュートリアルアイテムのようなものなのだ。ゲームではとある謎解きをしなければ手に入らないが、棺の場所を最初から知っていた私には関係ない。
「あった、この扉ね」
冥界第二の門。これはとあるイベントで謎解きをした後で通れるようになる扉だが、鍵穴が存在することは記憶していた。そして鍵穴があれば――
「永遠鍵穴……ってホント、財力チートよね」
魔導具『永遠鍵穴』。公爵家の財力で手に入れた二つの魔導具のうち一つ。
普通に生きていたら何に使うかもよく分からない真実鏡とは違い、これは明確に誰でも活用出来るものだ。
効果は単純。全ての鍵を開ける――ただそれだけ。
「……使い捨てってのが玉に瑕だけど」
日本円で億単位の資金を投入して落札した永遠鍵穴は、なんと音結晶と同じように使い捨ての魔導具なのだ。何故使い捨てかと言うと、何度も使えたらとんでもない悪党にもなれてしまうからだと言われている。
公国の一級魔導具職人が一つ作るのに数か月かかると言われており、由緒正しい家柄でないと購入するための競売に参加することすら出来ない。犯罪に使ってはいけないと念書まで書かされるこれは、それほどまでの価値があるものなのだ。
細長い棒状の永遠鍵穴を差し込んだ鍵穴から音が鳴る。無事開錠されたようだ。
「さ、ここからが本番ね」
扉に手を掛けゆっくりと押し開くと、あたり一面が真っ白に染まった。
「トジャワラナ、スワ?」
「ワラ、ウラタ、テバスト?」
「トラレ、トジャワラナ?」
はっきりと声を認識出来ない人型の何かが、私に付きまとってくる。
――霊体だ。死霊魔法に適性のない私では、話しかけてくる霊が男なのか女なのか何を言っているのかもさっぱり分からない。だがそれでも、少なくとも好意を向けられているわけではないことくらい分かる。
冥界の入り口だった第一の門と違って、第二の門に住むのは死者だけだ。そんなところに突然生者が現れたのだから、彼らが訝しむのも当然だろう。
だが私には明確な目的地があるので、付きまとう霊をガン無視して歩き続ける。どれだけ付きまとわれても気にしないフリをして、脇目も振らず一目散に歩く。
「……着いた」
時計を見るに、第二の門を通ってから1分程度しか経っていない。だが私は既に数十分歩いた時のような疲労を感じていた。冥界の魔力が濃すぎるからだ。
こんなところで深呼吸して気持ちがいいと呟く主人公は狂ってる。ロッコにドン引きされていた主人公の言動が、ここへ来て私にもようやく理解出来た。
感覚としては、息を吸っても全然酸素を吸えた気がしない、スキューバダイビング中に近いものだ。学生時代に入ってた漫研、割とアクティブだったから漫画に触発されて皆でダイビングのライセンス取ったのよね、懐かしいなぁ……。
と思考が逸れた。辿り着いたのは道具屋だ。冥界の住人が使う、ごく一般的な生活雑貨を扱う店。ここの店主は――
「ん? おんや人間かい。珍しい客も来るもんだ」
歳を取った老婆が、店に入った私に気付くと目を丸くしてそう言った。
そう、この老婆は生者の言葉を喋ることが出来るのだ。死霊魔法を使えるようになったばかりの主人公は霊体が何を喋っているか理解出来ないが、この老婆にどうやって言葉を聞き取れば良いか教えてもらえる、というイベントが存在した。
「単刀直入に失礼します。バルトの娘を知っていますか?」
「バルトぉ? んー……500年くらい前にバルトを名乗る男に会った気はするが、娘は知らないね。知り合いかい?」
「……いえ、知らないなら大丈夫です」
老婆に会っていないということは、やはり主人公はまだ冥界に足を踏み入れていないということになる。もう本編開始まで1年を切ってるのに冥界に入っていないということは、転生者ではない説が濃厚かもしれない。
裏ルートに興味ないだけの転生者の可能性も捨てきれないが、知識があればとっくにここへ来ていてもおかしくないのだ。
「欲しいのは命結晶が三つと輝香水が二つです」
「…………何だい、神様の墓参りでもするのかい」
疑いの目を向ける老婆。道具屋である彼女との取引は、実は相当難しい。選択肢がいくつもあり、一つでも外れを選ぶと数日何も売ってくれなくなるからだ。
当然、ここの住人である死者にはそんな問答なく販売してくれるのだが、生者は別だ。
「エッテ・ロパンのお墓参りに、小麦のパンと彼女の好きだった香水を備えたくて」
「古い詩を知ってるね。まぁ、良いとしよう。対価は何で支払う? 魂かい? それとも身体を売ってくれるかな?」
「…………これで、どうですか」
私は、冥界の通貨など持っていない。生者は皆そうだ。主人公だってそれを持たず、そして一生手に入らない。自らの肉体を捨てた死者にしか、冥界の通貨に触れることは出来ないからだ。だが、それでも抜け道というのは存在する。
「ほぉ……アントロアの柚子かい」
「あなたがお好きだと聞きまして」
「誰に聞いたかは、この際聞かないでおいてやるよ。じゃ、今回限りだ」
老婆はそう言うと、命結晶と呼ばれる小指ほどの大きさの石と、小さな小瓶に入った輝香水を机に置いてくれた。代わりに青白い柑橘――柚子を渡し、取引が成立する。
「……すみません、お礼はいつか必ず」
「要らないよ。どうせ二度と来ることはないだろう。とっとと帰りな」
道具屋の主、バジリア――彼女の墓標には、生前大好きだった柚子が植えられていた。
そんなイベントシーンを記憶していた私は、ヴァレンティ公爵家の財力と情報収集能力を駆使し柚子の品種を調べ上げ、今回持参したのだ。
なんとか交渉が出来て助かった。これで断られたら魂をちょっと切り売りすることになってしまうので、寿命を減らさないで済んで助かった。
「急がなきゃ……!」
残り時間は3分。走れば、まだ間に合う。戻る前に真実鏡を使われてしまえば、冥界での出来事を何も経験していない私に戻ってしまう。それも、記憶を全て失くして。
だが、私の記憶が無くなっても道具屋の老婆には私と話した記憶が残るし、同じものを二度売ってくれるとも限らない。今回限りだと言われたので、きっと二度目は無理だ。
15分でなく20分とか30分にしておきたいところではあったが、私の魔力貯蔵量から計算するに15分で限界と予想していた。冥界は魔力濃度が高すぎるので、指輪で守られているといえど適性のない者が長居することは出来ないのだ。
「セーフ!! ――ッあぁあ!!」
行きはのんびり降りて来た階段をダッシュで駆け上がり、第一の門を潜り現実世界に舞い戻った私は、扉の前で半泣きになりながら懐中時計を凝視していた護衛の男とあやうく正面衝突しかけ、回避に失敗し盛大に転倒したのであった。




