039
再びエレベーターに、乗り込む。
落ち着いた顔で俺は、マンションの香美の家に向かった。
香美の家は、八階建ての七階。廊下から見える景色は、かなり高い。
地上も見えるが、高所恐怖症だとかなり怖い景観だ。
(何かがオカシイ……)
エレベーターの中でも、俺はずっと考えていた。
望月は、生徒会長が好きでは無い。
でも、望月は生徒会長と別れられずに迷っていた。その矛盾だ。
今、マンションにはその生徒会長が来ていた。
生徒会長が来る日ならば、赤ん坊香美でも覚えていそうな事だろう。
それでも、この日……10月22日の記憶がはっきり無いという言葉。
(何かが起ったんだ、この日?)
10月28日まで、まだ6日ある。
望月に対して、今まで別段大きな変化は無かった。
失踪しそうな不幸な事は、望月には起っていない。
だとしたら、これから起るのでは無いのだろうか。
あるいは、過去が変わったことで今日のこの日に彼女に変化が起るのかもしれない。
いろんな心配をしながら、マンションの外から渦の空が見えた。
そのまま、望月の家の玄関に辿り着いた。
「空いている……」
玄関はオートロックなのに、扉が開いていた。
あっさり入れたからこそ、俺は恐怖を感じた。
(何か……変だな)
望月のマンションは、七階だ。
マンション六階の玄関が空いていたことは、無用心ではあっても不思議では無い。
確かに、マンションの上の方は警備が緩やかになるというらしいから。
エントランスが、警備がしっかりしていて俺がいる通路の背後に防犯カメラがあった。
マンションの入り口管理は、極めて厳重になっていた。
入り口のエントランスも、住人の許可が無いと絶対に入れない。
「おじゃま……します」
俺は小声の挨拶で、部屋の中に突入した。
玄関を抜け、静かに廊下を歩く。
それにしても、音がしない。人気が無い。
しんと静まりかえっていて、空気が冷たい。
わずか数分前まで賑やかだったマンションの廊下は、しんと静まっていた。
それと感じられる、不思議な匂い。
(これは……甘い花の匂いだ。香水とは違うな)
分からないけど、匂いが奥から漂っていた。
だけど、このマンションの建物の匂いでないことだけは分かった。
恐る恐る廊下を歩く俺は、匂いがだんだん濃くなった。
リビングに通じるドアが、目の前に見えていた。
ドアを開けた瞬間、それは異様な光景が広がっていた。
「煙?火事か?」
リビングは、煙で包まれていた。
だけどスプリンクラーは、作動していない。
俺は思わず鼻を、押さえた。鼻を押さえつつも、目が痛い。
煙の匂いは、ずっと甘い香りがしていた。
煙が立ちこめる中だけど、リビングには人がいない。
(奥の望月の部屋から煙か?どういうことだ?)
この部屋は、火事にでもなっているのだろうか。
嫌なことが、頭をよぎっていた。
赤ん坊望月の記憶が無い、この日。
ここで何かが、起っているのは間違いない。俺は確信した。
思考を巡らせると、急に一人の人間が浮上してきた。
(蛭地生徒会長が、家に来てからだ。奥にいる……)
すれ違うように部屋を出たが、カップルだから見舞いに来るのは当たり前だ。
だけど彼がこの家に来て、急に煙が上がった。
それと、不思議な甘い匂いの煙。
ここでは、何かが起っていた。想定外の何かが。
「なんだ、これは!」
俺は叫んだ。
叫んだ瞬間、さらに奥の部屋から煙が出ているのが見えた。
方角的に、望月の部屋の方だ。
だけど、その煙を吸い過ぎたのか急にめまいがした。
「ううっ、グラグラする」
俺は、思わずしゃがみ込んだ。
目の前がグルグルと、回っていた。
三半規管が麻痺していて、思わずしゃがみ込んでしまう。
気持ち悪さが、体を支配した。
(ダルい、苦しい、気持ち悪い)
吐き気が、迫ってきた。
ジェットコースターにいきなり乗ったかのような、乗り物酔いのような感覚だ。
この煙に、何かこの効果があるのだろうか。だが、俺は理解した。
(分かったぞ、これは花だ……花、マタタビの花……)
分かったときには、既に俺は倒れていた。
リビングのフローリングの上で、無意識に倒れる俺。
意識が、ドンドン遠くなっていく。
思考も、もうまともにできなかった。
重くなる瞼、地面の低い視線のリビングが見えた。
最後に視界に入ってきたのは、フローリングの床。
(なんだ、この魔方陣は)
俺の視界に入ってきたのは、漫画とかでよく見る謎の文字が書かれた円形魔方陣が見えていた。




