038
迂闊だった。
蛭地生徒会長は、望月の彼氏だ。
彼が見舞いに来るのは、至極当然のこと。
むしろ無関係なクラスメイトの俺は、ここにいるのはオカシイだろう。
ましてや俺は陰キャラ、陽キャラの望月の家にいるのは違和感でしかない。
逃げるように、俺と葵は望月の家に出て行った。
彼氏の登場で、俺たちは強制的に退散するしか無かった。
エレベーターで降りて、俺と葵はエントランスにいた。
綺麗なホテルのようなエントランスで、俺たちの目の前には自動ドアがあった。
エレベーターを背に、俺と葵が歩いていた。
葵は、驚いた顔を見せていた。
「噂をすれば……来るとか、マジヤバすぎ」
「うん、驚いたね」
「アオイもビックリ!」
なぜか、葵が興奮していた。
その割には、連れてきた瞬間は冷静な顔をしていたくせに。
噂をすれば、主が部屋に来ていた。
彼氏と彼女の関係だから、俺と葵は邪魔できない。
修羅場に遭遇するわけにも行かず、このまま逃げ帰るしか無かった。
「やっぱり、二枚目じゃ無いね」
「それ、本人の前で直接言ったのか?」
「言えるわけ……ないじゃない」なぜか照れている葵。
蛭地生徒会長は、とにかく女子人気が高い。
顔立ちのいいイケメンでもなく、望月の言うとおり特別に頭も良くない。
ただ初めてじっくりと見たことで、俺は気づいたことがあった。
「なあ」
「ん?」
「生徒会長は香水を、つけていなかったか?」
「香水?そういえば、なんかいい匂いがするのよね。
学原は、そういうオシャレ……しなさそうだしね」
「悪かったね」葵が横目で見て、俺は話を切った。
だけど、なぜか葵が大爆笑だ。
「あははっ、香水しないって」
「男が香水するのは、オカシイだろう」
「そう?あたしはおかしくないと思うけどな。
あたしの元彼だって、みんな香水つけているよ」
「マジ?てか、ウチのクラスのアイツもか?」
「DKから、会社員まで……ね」
葵が笑いを抑えながら、はっきりと言っていた。
今、さらりと恐ろしいことを言わなかったか。会社員が彼氏とか。
「男も、身だしなみが大事って事よ」
「そういやあ、葵も……」
クンクン、やはり香水の匂いがしていた。
柑橘系の匂いだろうか、爽やかな匂いがしていた。
甘い香りが、金髪ギャルの葵からしっかり漂ってきた。
「でしょ。これ、一応ブランド品だけど、五千円なの」
取り出した香水の小瓶、これ1本五千円か。
「マジか!」
「もらい物なのよ、アオイの誕生日プレゼントの」
「ほへー、すげえな」
「感心していないで、学原もつけなよ」
そういいながら、香水を無理矢理俺にかけてこようとする葵。
「いや、いいよ。なるほどな、でも勉強になる」
「まあ、カガミンはあまり香水つけないけど」
「そうなの?」
「うん、カガミンはナチュラルにいい匂いするから。
今度、しっかり嗅いでみ?」
「遠慮する」
一瞬だけど、俺が望月の匂いを嗅いでいる絵を想像した。
やばい、単なる変質者に見えてしまう。俺の中身も、おっさんだし。
「そういえば、葵は今のところ恋人いるのか?」
「フリーよ、つきあいたいの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「望月と生徒会長は、どうなるんだろうね」
「応援はしていたの?」
「当然でしょ、学校でも一番有名なカップルだから。
ただ、ユメッチの気持ちも知っていたし」
葵の言うとおり、誰もが知っているカップルだ。
美男美女カップルとも言われるが、確かに二人の知名度は抜群だ。
「まあ、一番悪いのはユメッチだと思うし」
「告白していない?」
「うん、ユメッチは奥手だからね。あの性格で、ちゃんと告白すると思う?」
「確かに、そんな感じはするな」
初めて出会ったときも、感情が少し乱れているようだった。
無理して、言い争っているようにも見えていたからだ。
「でしょ、生徒会長は女子がみんな好きだし。
アオイの他の友達も、生徒会長とつきあおうとしていた人もいたから」
「マジでモテモテだな、生徒会長」
羨ましい武勇伝ばかりが、次から次へと出てくる生徒会長。
「で、どうなるんだろう?」
「カガミンと生徒会長の事?」
「断るのかなって?」
「わかんない、生徒会長は人気だから。
つきあうだけで、学校内ステータスが爆上がりだし」
「ああ、そうか」
望月の相手は、女子人気抜群の蛭地生徒会長だ。
生徒会長とつきあうだけで、周りの女子から一目置かれて目立つ。
有名なり、一つ上の立場になれる特別な存在。
望月は、そんな打算でつきあっているのだろうか。
だとしたら、望月はクソ女だ。
そんなことを、本当に望月が考えているのだろうか。
彼女の歯切れの悪い答えに、俺はいらぬ邪推をしてしまう。
間もなくして、エレベーターを降りて、自動ドアの前。
葵はそのまま通り過ぎるが、俺は葵から離れて自動ドアの中にいた。
「どうしたの、学原?」
「あっ、俺……カバンを望月の家に置いてきた」
「ちょっと、何やっているのよ!」葵が怒ってきた。
そのまま、葵を置いて背中を向けた。
そこには、俺の背中にはカバンがしっかり背負われていた。俺は嘘をついた。
「わるい、ちょっとすぐ戻るから待っていて!」
俺はそういいながら、葵から離れて反対方向のエレベーターに向かって行く。
自動ドアが閉まり、葵が俺を引き留めようとした。
だけど無視して俺は、エレベーターに乗り込んだ。
「もう、何やっているのよ!馬鹿っ!」
などとボヤきながら、葵が携帯電話で電話をかけていた。
電話をかけた相手は、カガミン。
しかし、かけた電話の相手はなぜか電話に出ることは無かった。




