029
今日の一時限目が体育で、マラソンだ。
学校の周囲を走り回る、過酷な授業。
この裏山の近くも、マラソンコースになっていた。
青いジャージ姿の俺は、体育の授業をサボって裏山に来ていた。
何より、あいつには話したいことがあったからだ。
空は今日も、黒い渦模様。
俺にしか見えない黒い渦、空には渦がグルグル回っていた。
この渦は、この山の上空を中心にして怪しく回っていた。
(相変わらず、気持ち悪い渦だ)
空の黒い渦そのものが、唯一の違和感だ。
俺が見ていると、ベンチの上に光の球が発生。
そこから光に包まれた、赤ん坊が出てきた。
この日の赤ん坊は、黄色いパーカーを着ていた。
毎度毎度、着ている服が変わっている赤ん坊だ。
「望月……」
「お前、約束を破ったな」赤ん坊が、かわいらしく俺を睨んだ。
「約束、なんかしたっけ?」
「名前で、JKのあたしを呼ぶこと」
赤ん坊は『香美』と望月を呼ぶことを、ここでも強要していた。
だけど俺は、望月のオーラに絶えきれずについにその約束が果たされることは無かった。
というか、この赤ん坊はどうやって分かったんだろうか。疑問が一つ残った。
「無理だろ、望月はアイドルなんだから!」
「アイドルじゃ無いよ、普通の女子高生だし」
「でも、女と普段話したことが無い俺では……無理だ!
陰キャラの俺には、ハードルがめちゃくちゃ高すぎる」
「この、根性なし!」とうとう俺は赤ん坊に、罵倒されてしまった。
それでも、俺は両手を広げてため息をついた。
「名前を呼ぶことが、今回の目的じゃ無いだろ。
ユメッチ……いや『唐園 夢女』は、お前と三角関係じゃ無いか!
唐園はお前のことを、完全に恋敵を見ているような厳しい目で見ていたぞ」
「そんなはずは無い、無いことも無いけど……」
「どっちなんだよ?」
「うー、あたしだってわかんないよ!」
恋敵であることを、どうしても否定したがる赤ん坊香美。
歯切れが悪く、今にも泣き出しそうな赤ん坊。
仕方なく、俺は赤ん坊を慰めた。
「でも現実問題、夢女は望月 香美を恨んでいる。これは間違いない」
「そう……なるね」
赤ん坊香美も、俺の言葉を認めていた。
だとすれば、唐園が10月28日になにかを望月にしたのだろうか。
それが、望月の赤ん坊化に関係するのだろうか。
「唐園はどんな子だ?」
「うーん、おとなしい子」
「それだけ?」
「文学少女だし、頭もいいの。同じクラスで、ライバルだね」
「ライバル?」
「あたし、こう見えても頭はいいのよ」
「確かに、望月は頭がいいよな」
望月 香美は、クラス一、二を争う秀才だ。
先生達も、望月のことを優遇しているのがその所以だ。
見た目もかわいく、仕草もかわいく、頭もいい。
天は二物も、三物も与えてくれるらしい。実に羨ましい。
「自慢か?」
「自慢じゃ無いけど、常に努力はしているから」
「努力ねぇ……」
「あなたは、努力が足らないんじゃ無い?」
赤ん坊香美は、容赦なく俺を斬ってきた。
いつものことだけど、鋭い言葉が多くて俺は反論が出ない。
思い当たる節が、ないわけでもない所を巧についてきた。
「まあ、それはあるかもな。
でも大人になって……叶わないこと無理なことも分かってくるんだ。
いわゆる、経験則っていうヤツだ」
「ソレって、諦めでしょ。ダサイね」
「ああ、そうだな。ダサイよ」
認めてしまった、自分の弱さを。
受け入れてしまって、楽だと思えてしまう。
でもそれだけではいけないことを、この世界で教わった。
「だけど、最近は少し変わってきた。
やはり、お前の言うとおりだ。ちゃんと見て、動く努力はしてみようと思う。
望月と遊びに行くことだって、俺の僅かな変化だ」
「そうね、まあ……頑張っているわね」
「おう、任せろ。俺は褒められると、よく伸びるタイプだ」
俺は、笑って見せた。
その笑顔を、赤ん坊香美は携帯をいじって無視していた。
「あ、無視しただろ」
「で?今日はどうするの?」
「ああ、これから望月の家に行く」
「あたしの家に?なんで?」
急に言われて、慌てふためく赤ん坊。
赤ん坊香美とはいえ、女子高生香美と同じ人物だ。
自分の知らないところで自分の家に行くと言われて、驚かない方がおかしい。
「望月が体調を崩したからな、お見舞いだ」
「それって……今日の日付は?」
「え、携帯で見えるだろ」
「2004年10月22日、金曜日」
「なんかあるのか?運命の日まで後6日だろ」
「いや、この日の記憶もはっきり無いの」
赤ん坊は、難しい顔で言ってきた。
「記憶が無い?」
「うん、学校に行ったところまでは……覚えているんだけど」
「それは妙だな。今日の望月は、学校にすら来ていない。
葵が休みだって言っていたし、教室にもいなかった」
「変ね、あたしは二年の九月から一度も休んだことが無いわ。
失踪までのあの日まで……」
「それは確かなのか?」
「あたし、真面目だし、学校好きだし、休まないもん」
赤ん坊が、かわいらしく言ってきた。
しっかり否定してきたから、俺も素直に信じる事にした。
「うーん、だとしたらどうしてだ?」
「考えられるのは、過去の改変だろう。
お前の介入で、過去が変わったと思う」
「そうか、一周目で関わらなかった俺と望月が、こうして関わったから変わったのか」
「そうかもしれないわね。それが原因か分からないけど、空を見て欲しい」
赤ん坊が指さすと、空には相変わらず黒い渦が見えた。
ブラックホールのような渦が、時計回りに静かに回っていた。
黒い渦は、俺がこの時代に来たときから回っていた。
不気味な渦だけど、この世界で見えているのは俺と赤ん坊香美だけだ。
他の人がこの渦が見えたら、それだけでニュースで大騒ぎだろうな。だけど一つ気づいた点があった。
「渦の速度が……」
「早くなっている」
俺の目からも渦の周りが、早く回っていた。
グルグルと時計回りに回る渦に、俺は何やら不気味なモノを感じていた。
「何かが、変わっているかもしれない。気をつけなさい」
「ああ、言うまでも無い。とにかく俺は……望月を守る」
「ああ、頼むぞ。あなただけが頼りだから」
ここに来た時から俺は、覚悟ができていた。
望月と関わり、過去が変わった。
この調子でいけば望月の赤ん坊化も、止められるかもしれない。
「だが、その前に確認したいことがある」
「ん?」
「お前に、どうしても聞かないといけないことがある」
「何?」
「それはな……」
俺は赤ん坊に、一つの意志確認をしていた。
赤ん坊は、ためらいも無く俺に伝えていた。




