023
金髪男は、ハートと音符のピアスをしていた。
俺たちの誰よりも高く、百八十はあるだろうか。
水色のジャケットに黒のジーンズ、カウボーイブーツを履いた青年の男。
顎が短くて、日焼けした肌で、シャープな顔立ちの男だ。
「あたしですか?」
「そう、君」指さしてウィンクする男。
よく見ると、大通りのそばで車が一台駐車していた。
男の右手には、車のカギを指でくるくる回していた。
「ねえ、今から遊びに行かない?」
「え、困ります」望月は、首を横に振っていた。
なんだ、これは。望月を、ナンパしようとしているのか。
しつこい男は、それでも望月の顎を掴んできた。
「いいじゃん、遊ぼうよ。お兄さんが……」
「やめろ!」俺は叫んだ。
叫んだ俺をちらっと見た男、だけどすぐに望月の手を、ごく自然に握ってきた。
制服を着ていた俺は、明らかに無視された。
「大丈夫だって、ちゃんと帰りは送るから。
俺、こう見えても凄く紳士で通っているんだぜ」
「でも、困りますよ」望月は取り繕う笑顔を見せて、やんわりと否定をした。
「いいじゃん、大人が遊びを教えてあげるよ」
「やめないか!」俺は、そのまま強引に男の方につかみかかった。
勢いのままつかみかかる俺だが、すぐに男に投げ返された。
柔道のきれいな上手投げだ。
投げられると、そのまま地面のアスファルトに叩きつけられた。
幸いにも、背中から落ちているので頭には被害はない。
「いってぇ……」背中からまともに落ちたので、痛い。
俺の着ていたブレザーの背中の辺りが、土埃で汚れていた。
「悪いな、今女の子と話をしているんだ」
怖い表情で、俺を睨んでくる男。
なんだ、この男。柔道でもやっているのか、ものすごく強い。
よく見ると、この男の腕は太い。
細身だけど、筋肉質の体だ。細マッチョというのだろうか。
「お前……」
「次に邪魔したら、お前の右手を折るぞ。
俺、こうみえても柔道黒帯だから」男がつり目で俺に言い放つ。
「くそっ……なんで」歯を食いしばりながらも、それでも俺は立ち上がった。
だけど、足は震えていた。明らかに喧嘩をしても、勝ち目は無い。
それでも、俺はこの男に望月を簡単に渡すわけにはいかない。
(どうする、こんなにも強いヤツが……)
震えているのが分かった、恐怖だ。
俺は決して強くない、弱い人間だ。
弱いからこそ、強い人間と向き合うときに引っ込んでしまう。
自分に自信が無く、引け目を感じるからこそ立ち向かうことができない。
「さあ、どうす……」
だけど、次の瞬間、突然ピピピッと大きな音が聞こえてきた。
ブザーの機械音が聞こえると、男はうろたえた。
「な、なんだ?」
「ここに変な人がいまーす!」叫んだのは葵。
彼女の手には、防犯ブザーが握られていた。
葵が起動した防犯ブザーの音は、たちまち周囲に広まった。
葵のいきなりの行動に、ナンパ男は動揺が隠せない。
「くそっ、今日の所は……」
そういいながら無断駐車した車に、男は急いで乗り込んだ。
そのまま、赤い車を猛スピードで走らせて逃げていった。
男が逃げるのを見た後、葵は防犯ブザーを解除した。
葵の方に、望月が見ていた。
「ありがと、アオイン」
「ダメよ、カガミン。ちゃんと防犯ベルを持たないと。
これはJKの常識でしょ」
「そうね、今日は忘れちゃったのよ」
葵の言葉に、望月は照れ笑いをしていた。
この頃の女子高生も既に、防犯ブザーを持っているのか。なんとも、恐ろしい世の中だ。
「それじゃなくても、カガミンはかわいいんだから」
「そんなことないよぉ、アオインだってかわいいから」
「まあね、当然でしょ」
二人が、お互いに褒め合っていた。
背中を痛めた俺は、腰の土埃を落として立ち上がっていた。
そんな俺を見た望月は、眩しいほどの笑顔を俺に向けてきた。
「ありがと、学原君。
君は、アオインの言うとおりだね」
初めて望月が、俺に感謝の言葉を言ってきた。
その言葉と仕草は、やはり直視できないほどにかわいらしかった。




