転.第三の災い:聖女の嘆き
三度めの正直!?
さらに一週間が過ぎ、二度の災害によって王国はすでに滅びの瀬戸際に立っていた。それでも王は諦めなかった。城の大広間で、憔悴した顔に狂気の光を宿した王は、黄金の玉座に深く沈み込みながら呟いた。
「次こそ……次こそ聖女を呼び出す!」
王の声はかすれ、震えていたが、逆らう事は許さんっとばかりの力がこもっていた。そんな王に誰も反対の声をあげられなかった。もはや正気でない王に反対の声を上げればどのような目に合わされるかを考えたら、無理もない話である。
それでもなお、老賢者アルドが反対の声をあげた。彼は王の忠臣として、白髪を震わせながら前に進み出た。
「陛下、これ以上儀式を行えば、王国そのものが滅びます!すでに二度の災害で国力の五割が失われたではありませんか!」
その言葉に王は怒り狂った。玉座から立ち上がり、剣を抜きながら叫んだ。
「反逆者め!お前のような臆病者がいるから、わが国は発展しないのだ!聖女こそがすべての苦難を救うのだ!」
老賢者は即日処刑され、その首は城門に晒された。恐怖政治が始まり、誰も王に逆らえなくなった。廷臣たちは震えながら儀式の準備を進め、民衆は飢えと恐怖に喘いだ。
三度目の儀式は、前回の失敗も踏まえて正午に行われた。生贄は老賢者の連座で処刑された者たちを使った。広場には百人の魔術師が円陣を組み、王と共に古代語の詠唱を唱えはじめた。
「パーラ・ノードイ・フォーモー・ブルール・ネーイ・ヴァセ・イーダーイー・エイター・ナール・アイドール・ヘーブン・ン・ヘイル・イアイアンンマ ダイオミ ギーザ オージ ……」
詠唱に合わせて空が不気味な紫色に染まり、大地が低く唸る。これを王国民は三度目の災害の予兆と考え、恐怖に震えるが、王達は構わず最後の一節を唱えた。
「ブラゴザバルス!」
召喚陣が輝き、光と共に聖なる力を宿した小さな人影が降臨した。
「やった!ついに聖女が!」
王の目に涙が浮かんだ。二度の失敗による苦労が報われる瞬間だと信じていた。しかし、その喜びもつかの間、現れたのはまだ歩くことも話すこともできない赤ん坊の聖女だったのだ。
聖堂は水を打ったように静まり返った。魔術師と廷臣たちは息を呑んだ。王は茫然と赤ん坊を見つめ、言葉を失った。これが聖女なのか?この無力な存在が王国を救うというのか?っと自問自答を続けていた。
王達が呆気に取られてる中、ぱちっと目を覚ました赤ん坊。長い睫毛が震え、澄んだ青色の瞳が開かれる。彼女は、今自分が見知らぬ場所と見知らぬ人々に囲まれていることに気づいたようだ。冷たい石の床、不気味な詠唱の余韻、自分を見つめる無数の目――恐怖が少しずつ蓄積し、頂点に達した瞬間――
「うぁああああああん!!!!!」
泣き出した。
その泣き声は普通の赤ん坊のものではなかった。最初は小さかったそれは、次第に増幅し、物理的な破壊力を伴うようになった。スタンドガラスを粉々に砕き、聖堂の各所に深いひびを入れ、魔術師たちは壁まで吹き飛ばされ、廷臣たちは耳を押さえて倒れた。
「や、やめ……させろ!」
王は叫んだが、その声は泣き声にかき消されるだけ。その間にも赤ん坊がもたらす被害は拡大。彼はその場で蹲り、崩れ落ちる天井の破片から必死に身を守るしかなかった。
そんな赤ん坊の泣き声は、城を越え、街を越え、王国全土を覆い尽くした。
そして……
その泣き声に呼応するかのように、自然が荒れ狂った。
地震が家屋を破壊し、雷が塔を穿ち、熱波が草木を枯らし、竜巻が人々を巻き上げ、吹雪が大地を氷結させ、津波が海岸線を飲み込み、土砂崩れが山々を崩し、噴火が灼熱のマグマを呼び起こし、地割れが街を真っ二つに分断させた。
それはまさしく天変地異。
先の火の玉や光の奔流が慈悲であるかのような、ありとあらゆる自然災害が王国全土で同時に発生した。
人々は逃げ惑い、叫び、祈ったが、どこにも逃げ場はなかった。ありとあらゆる自然災害があらゆる方向から襲いかかり、王国を包囲殲滅したのだ。
災害自体は10分後……赤ん坊が泣き止むことで収まった。小さな体を震わせ、涙で顔を濡らした赤ん坊は、次第に泣き声を弱め、最後にはすすり泣きだけが残った。だがしかし、その10分間で王国全土を蹂躙した。城は半壊し、街は完全な瓦礫の山となり、田畑はわずかな雑草だけが残り、多くの人々の命が失われた。
元凶となった赤ん坊は泣き疲れてうつらうつらし始めた。長い睫毛が次第に重くなり、呼吸が深く穏やかになった。頬には涙の跡が光り、小さな手が無意識に握りしめられていた。
そんな赤ん坊の耳に、遠くから優しい声が聞こえてきた。
“ミシェル、どこいったの?そろそろお昼ご飯の時間よ”
それは母親の呼び声だった。温かく、包み込むような、どこか心配そうな声。赤ん坊の聖女はその声に導かれるように、目を細め、無意識に手を伸ばした。彼女の周りに柔らかな光が湧き上がり、産着が微かに輝いた。
ゆらゆらと光の中へ消えていった。まるで朝露が太陽の光に蒸発するように、あるいは夢が覚めるように、赤ん坊の姿は次第に薄れ、透明になり、最後には何も残らなかった。聖堂にはただ、崩れ落ちた石柱と割れたガラスの破片だけが残された。
残された者達は、ただひたすらに呆然とするしかなかった。
じしん かみなり つなみ たつまき さんせいう そして いんせき!
あらゆる しぜんげんしょうが 王国 を おそった!
王国は ひんし に なった




