第30話「ロサンゼルスの空気」
六月十日、火曜日。
出発は朝だった。空港まで家族で見送りに来ると交通費も時間もかかる。相談した結果、玄関先で別れることにした。
「気をつけてね」麻衣子が言った。
「行ってきます」
「お土産、NBAのやつ絶対だよ」蓮が言った。
「わかってる」
結衣がスーツケースを見た。
「それ、私の学校の文化祭で荷物運びに使うんだからね」
「借りるぞ」
「Tumiなんだからね」結衣は言った。「壊したら殺すよ」
「気をつける」
機内持ち込みサイズの小さいスーツケースだった。結衣に「アメリカの地下鉄、エレベーターもエスカレーターもないところが多いらしい」と聞いて家にあったのを貸してもらった。階段を自分で持ち運べるサイズでちょうどよかった。
玄関を出て、振り返った。
麻衣子と蓮と結衣が並んで立っていた。いつもの朝と同じ玄関だった。でも今日から、この家の父親はロサンゼルスに行く。
「行ってきます」ともう一度言った。
「行ってらっしゃい」麻衣子が笑顔で言った。
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小田急線から南武線、京急線に乗り継いで、成田空港に向かった。
調べに調べて出した、最安最短コースだった。片道、千円もかからなかった。
スーツケースの中身は着替えと、洗面用具と——大きな比重を占めていたのは、レトルトの煮物と佃煮とレンチンでご飯が炊ける鍋とお米,それに日本のウイスキーだった。
泊めてくれるダンサーへのお土産だった。豊川が彼は日本の居酒屋が大好きというので、飲み屋で出そうなお惣菜のレトルトを麻衣子と相談して選んだ。
豊川からウイスキー山崎を彼に渡してと預かった。
結局、サムのワークショップに同行して3週間滞在することになった。豊川は嫌な顔ひとつせずどころかニコニコして長期休暇手続きをしてくれた。有給は5日で残りはお給料を引かれる欠勤扱いだが有給と土日があるから10日ほどで済む。
お土産のたくさんのレトルトの袋の中に、封筒を一つ挟んだ。
三万円入っていた。
ひどい円安の今、ホテル代には全然足りない額だった。それでも、何も渡さずに世話になるわけにはいかなかった。
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十二時間のフライトを終えて、ロサンゼルス国際空港に着いた。
入国審査を抜けて到着ロビーに出ると、人混みの中に、ひときわ目立つ人がいた。
上下、真っ赤だった。帽子まで赤かった。白髪と褐色の肌に、赤がよく映えていた。
ブガルー・サムだった。
英二が近づくと、ブガルー・サムが両手を広げた。
「英二!よく来た!」
英語だった。英二も英語で答えた。
「お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」
ハグをされた。日本では経験しない距離感だった。でも嫌な感じはしなかった。
英二はブガルー・サムの服装を、もう一度見た。
真っ赤な上下。日本なら、目立ちすぎて浮くだろう。でもここでは——不思議と馴染んでいた。周りを歩く人々も、色とりどりの服を着て、堂々と歩いていた。
空気から違う、と英二は思った。
服装だけじゃなかった。歩き方、話し方、体の動かし方——すべてが、日本とは違う密度で流れていた。
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ブガルー・サムの車で、滞在先に向かった。
豊川の知り合いだというダンサー、名前はマーカスといった。ロサンゼルス在住のダンサーで、小さなアパートに一人暮らしをしていた。
到着すると、マーカスが玄関で迎えてくれた。
「翔から聞いてるよ。ようこそ」
「お世話になります」英二は日本から持ってきた袋を差し出した。「翔から居酒屋メニューが好きと聞いたので,お土産です。日本の食べ物です。電子レンジでご飯がすぐ炊ける鍋も持ってきたので、焼きおにぎりでも作って一緒に居酒屋メニューを楽しみましょう」
マーカスが袋を開けて、中を見た。
「これは何?」
「煮物と佃煮です。肉じゃが,けんちん汁,牛丼、ちりめんじゃこ,ひじき、...」
封筒に気づいて、マーカスが手を止めた。
「これは」
「お礼です」英二は言った。「多くはないですが」
マーカスが封筒を開けて、中を見た。少し驚いた顔をした。
「こんなことしなくていいのに」
「気持ちだけです」英二は言った。「ソファを貸していただくだけでも、本当にありがたいので」
マーカスがしばらく英二を見て、笑った。
「日本人は律儀だって聞いてたけど、本当だな」
「翔にもよく言われます」
「あいつ、元気か」
「元気です。山崎は翔からのお土産です。ロサンゼルスに来られなかったことを、少し悔しがってました」
マーカスが頷いた。「また今度、俺が日本に会いに行くよ」
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翌日から、ワークショップの会場でのアテンダント業務が始まった。
ブガルー・サムのスケジュール管理、会場との調整、参加者の案内——日本での巡業と同じ仕事だった。レッスンだけのつもりだったが、報酬を出せるからアテンダントしろとサムに言われた。レッスンにも参加させてもらえることになっていた。
初日のレッスン、英二は最後部ではなく、前から三列目に立った。
「今日は生徒として来い」とブガルー・サムに言われていた。
基本のステップから始まった。
英二は驚いた。
フレズノというステップがあった。日本で習ってきたやり方と、根本から違っていた。
日本のスタジオでは、足を右、左、左、右と順番に動かして体重移動を作る、と教わっていた。順番と方向を覚えて、その通りに足を動かす。
でもブガルー・サムのやり方は違った。
「骨盤を動かせ」ブガルー・サムは言った。「足はその後についてくるだけだ」
ブガルー・サムが実演した。
骨盤が先に動いた。重心が移動した。足は、その移動の結果として、自然に動いていた。順番を意識している様子は、まるでなかった。体の中心の動きが、末端の足を勝手に連れて行っていた。
英二はやってみた。
最初は、頭で覚えた「右左左右」の順番が邪魔をした。足から動かそうとしてしまった。
「違う」ブガルー・サムが言った。「骨盤から」
もう一度やった。
骨盤を先に動かそうとすると、体の使い方の順番が、根本から変わった。足の動きは、勝手についてきた。むしろ、足を意識しないほうが、自然な動きになった。
「そうだ」とブガルー・サムが言った。
英二は動きを止めて、少し呆然とした。
十七年前も、この半年間も、フレズノを「足の順番」として覚えていた。でもここでは、最初から「骨盤と重心の移動」として教えられていた。
同じステップのはずなのに、体の中の設計図が、全然違っていた。
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休憩中、英二はブガルー・サムに聞いた。
「日本では、足の動きの順番として教わることが多いです」
「知ってる」ブガルー・サムは言った。「アジアで教えると、みんなそう言う」
「なぜ違うんですか」
「順番で覚えると、形は真似できる」ブガルー・サムは言った。「でも音楽が変わったとき、対応できない。骨盤と重心から動けば、どんな音楽でも、体が勝手に反応する」
英二は頷いた。
「基礎から、考え方が違ったんですね」
「基礎こそ、一番大事だ」ブガルー・サムは言った。「表面の形を真似るのと、体の使い方の根本を理解するのは、全然違う」
英二は手帳を出さなかった。ここでは、体で覚えるしかないと思った。
もう一度、骨盤から動いてみた。
少しずつ、感触がつかめてきた。
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その夜、英二はマーカスのアパートのソファで、スマートフォンを開いた。
インスタに投稿した。
空港での写真、真っ赤なブガルー・サムとのツーショット、そして今日習ったフレズノの動画。
*ロサンゼルスに来ました。基本のステップから、根本的な体の使い方の違いに気づかされています。骨盤から動く。足はその後についてくる。十七年間、そして半年間、間違った順番で覚えていたわけではないけれど——もっと深いレイヤーがあることを、今日知りました。四十五歳、まだまだ学ぶことがあります。*
投稿した。
麻衣子からメッセージが来た。
*着いた?*
*着きました。ブガルー・サムが空港まで迎えに来てくれました。真っ赤な服で。*
*目立ちそう笑*
*ここでは馴染んでます。空気が違うんだと思います。*
*そう? 体、気をつけてね。*
英二は少し考えて、返信した。
*ありがとう。行けてよかった。*
それだけ送って、スマートフォンを置いた。
慌ただしくて麻衣子に到着後すぐに連絡するのを忘れていたのに、麻衣子は怒ったり、責めたりしない。つくづくありがたい伴侶だと思う。
窓の外に、ロサンゼルスの夜が広がっていた。
骨盤から動く。
その感覚を、体に染み込ませる。
三週間、ここでやることが、たくさんあった。




