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お父さんヒップホップで生きていくことにしたんだ  作者: はまゆう


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第25話「技術以外の話」

 二月の第一週、だーよしさんから連絡が来た。


*今週末、時間ありますか。soukiも来ます。*


 英二は*あります*と返した。


---


 場所は代々木のカフェだった。


 だーよしさんとsoukiが先に来ていた。コーヒーを飲みながら、スマートフォンの画面を二人で見ていた。


「坂本さん、ちょうどよかった」だーよしさんは言った。「見てほしいものがあって」


 英二が座ると、だーよしさんがスマートフォンを向けた。


 インスタの画面だった。あるダンサーのアカウントだった。フォロワーが十万を超えていた。


「このダンサー、知ってますか」


「知らないです」


「技術は普通です」だーよしさんは言った。「でもフォロワーがこれだけいる」


 英二は画面を見た。投稿を流し見すると、確かに技術より、雰囲気や世界観が統一されていた。写真の色味、キャプションの言葉、他のダンサーとのコラボ動画——全部が、一つのイメージを作っていた。


「なぜだと思いますか」とsoukiが聞いた。


 英二は少し考えた。


「技術以外の何かが、人を引きつけてる」


「そうです」だーよしさんは言った。「SNSの雰囲気、人柄、他の人と並んだときの絵になるかどうか——技術以外が、選別の大きな要素になってる」


「選別、ですか」


「ワークショップに呼ぶとき、コラボの声をかけるとき、海外の舞台に誘うとき」soukiは言った。「技術は前提です。でも技術が同じくらいの人間が並んだとき、何で選ばれるかといったら——この人と一緒にいると絵になるか、この先幅が広げられる人かどうか、人柄がいいかどうか」


 英二は黙って聞いた。


「マドンナのバックダンサーのオーディションのとき」だーよしさんは言った。「技術で落とされる人はほとんどいなかった。全員うまかった。でも最後に残るのは、カメラの前に立ったときの存在感と、現場での人柄だった」


「技術は入場券、ということですか」


「そうです」だーよしさんは言った。「入場券を持ってからが、本当の勝負」


---


 soukiがコーヒーを一口飲んで言った。


「坂本さんのインスタ、見ましたよ」


「結衣が管理してるやつですか」英二は言った。「私はほとんどわかってなくて」


「それが問題です」soukiは言った。あっさりと。「自分のSNSを娘さんに任せてる場合じゃない」


「何をすればいいんですか」


「まず自分で発信する」soukiは言った。「練習の動画、日常のこと、ダンスへの思い——全部コンテンツになる」


「私の日常が、コンテンツになりますか」


「なります」だーよしさんは言った。「四十五歳の元営業部長が、ブガルー・サムの巡業のアテンダントをしながら整体院で働いて、夜ポッピングの練習をしてる——それだけで十分コンテンツです」


 英二は少し考えた。


「でも私は、踊ってる動画しか上げたことがなくて」


「それだけじゃもったいない」soukiは言った。「人柄が伝わるコンテンツが必要です。坂本さんがどんな人間か、どんな気持ちで踊ってるか——それが伝わったとき、フォロワーがファンになる」


「フォロワーとファンは違うんですか」


「全然違います」だーよしさんは言った。「フォロワーは数字。ファンは人間です。ファンは坂本さんがバトルで負けても応援する。フォロワーはうまい動画が来なくなったらフォローを外す」


---


 英二は少し黙って、コーヒーカップを見た。


 営業部長として十七年間、数字を追いかけてきた。売上、顧客数、成約率——全部、数字だった。でも本当に大事にしてきたのは、数字の向こうにいる顧客一人ひとりだった。


 フォロワーとファン。数字と人間。


 同じことだと、英二は思った。


「坂本さん」とだーよしさんが言った。「証券会社で、顧客との関係をどうやって作ってきましたか」


「数字の話だけじゃなくて、その人の話を聞いて。家族のこと、趣味のこと、不安なこと——全部聞いて、信頼関係を作ってから、初めて提案する」


「それです」だーよしさんは言った。「SNSも同じです。踊りを売るんじゃなくて、坂本さんという人間を知ってもらう。そうすると、踊りが売れる」


 英二は「なるほど」と言った。


 十七年間の営業経験が、全然違う場所で使えると気づいた。


---


 soukiがスマートフォンを操作して、英二に向けた。


「これ、見てください」


 画面には、あるダンサーの投稿があった。練習動画じゃなかった。朝の公園を歩きながら、ダンスへの思いを話している動画だった。技術的な話は一切なかった。でもコメント欄が溢れていた。


*この人の動画、いつも励まされる。*

*踊ったことないけど、この人のことが好き。*

*次のバトル、絶対応援に行きます。*


「技術の動画じゃないのに、コメントがこれだけある」soukiは言った。「人柄が伝わってるから」


「私には、こういう発信ができるかどうか——」


「できます」だーよしさんは即答した。「坂本さんのストーリーは、誰でも持ってるものじゃない。四十五歳で、家族がいて、証券会社をやめて、ポッピングで生きていこうとしてる。それを正直に話すだけでいい」


「正直に、ですか」


「飾らなくていい」だーよしさんは言った。「うまくなくていい。坂本さんの言葉で、坂本さんのペースで」


---


 帰り道、英二は一人で歩いた。


 技術以外の話を、これだけ真剣にされるとは思っていなかった。


 スマートフォンを取り出して、自分のインスタを開いた。結衣が管理しているアカウントだった。フォロワーは少しずつ増えていたが、投稿は踊りの動画だけだった。


 英二は少し考えて、カメラを開いた。


 夜の道を歩きながら、自撮りで動画を撮った。


 うまくなかった。カメラの向け方もわからなかった。


 でも話した。


「今日、だーよしさんとsoukiさんに、技術以外の話を聞いてきました。SNSの雰囲気、人柄、絵になるかどうか——踊りがうまいだけじゃ、この先幅が広げられないと。四十五歳、まだ知らないことだらけです」


 三十秒くらいの動画だった。


 投稿ボタンを押す前に、少し迷った。


 押した。


---


 家に帰ると、結衣がリビングにいた。


 スマートフォンを見ていた結衣が、顔を上げた。


「お父さん、インスタ投稿した?」


「した」


「自分で?」


「自分で」


 結衣がスマートフォンを操作した。英二の投稿を見た。


 しばらく黙った。


「……下手くそ」


「知ってる」


「カメラ、もう少し上に向けないと」


「そうか」


「あと逆光になってる」


「そうか」


 結衣がスマートフォンを置いた。


「でも」結衣は言った。少し間を置いて。「なんかよかった」


「何が」


「お父さんの声で、お父さんの言葉で話してたから」結衣は言った。「踊ってる動画より、なんか——近い感じがした」


 英二は結衣を見た。


「それでいいんだな」


「それがいいんだと思う」結衣は言った。「私が動画撮って上げるより、お父さんが自分で話すほうが、ぜったいいい」


 英二は「ありがとう」と言った。


 結衣が「別に」と言って、またスマートフォンを見た。


 でも口元が、少し動いていた。


---


 寝る前、麻衣子に話した。


 だーよしさんとsoukiさんに言われたこと、技術以外の話、インスタに自分で投稿したこと。


 麻衣子が聞きながら言った。


「技術は入場券、か」


「そうです」


「なんか」麻衣子は少し考えた。「英二さんが証券会社で顧客と信頼関係作ってたのと、同じじゃない」


「同じだと思いました」


「じゃあできるじゃん」麻衣子は言った。あっさりと。「十七年かけてやってきたことが、ここでも使えるんなら」


 英二は麻衣子を見た。


「そうですね」


「無駄じゃなかったんだよ、あの十七年も」麻衣子は言った。「遠回りしてきたけど、全部持ってきてるじゃない、ここに」


 英二は答えなかった。


 窓の外に、二月の夜空が広がっていた。


 遠回りしてきたけど、全部持ってきてる。


 麻衣子の言葉が、静かに胸に落ちた。


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