表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お父さんヒップホップで生きていくことにしたんだ  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/21

第17話「ゴリさんの圧」

 七月になった。


 六月のバトルから三週間が経って、英二の練習は新しいフェーズに入っていた。KENJIの課題は「仕掛け」から「圧」に変わっていた。


「SHINに一対二だった理由がわかりますか」とKENJIは言った。


「技術の差です」


「それだけじゃない」KENJIは言った。「SHINはフロアに入った瞬間から、圧があった。坂本さんの圧は、動き始めてから来る。それが一テンポ遅い」


「圧というのは、技術で作るものですか」


「技術と、体の使い方と、気持ちの全部です」KENJIは言った。「ただ——体の使い方で変えられる部分がある。今月はそこをやります」


 七月の第二週、橘のスタジオに見慣れない男が来た。


 大きかった。身長は英二より高く、肩幅があった。歳は四十前後に見えた。でも動きは、その体格から想像できないほど繊細だった。


 橘が紹介した。


「ゴリさんです。ポッパーです」


「ゴリさん」と英二は繰り返した。


「本名じゃないですよ」とゴリさんは言った。低い声だった。「見た目がゴリラみたいだからって、二十年前につけられた」


「ポッピングを二十年ですか」


「そのくらいになりますね」ゴリさんはフロアを見た。「KAITOから聞きました、坂本さんのこと。面白い人がいるって」


「KAITOさんから」


「あいつとは昔からの付き合いで」ゴリさんは英二を見た。「動いてみてください」


 英二はフロアに出た。


 ポッピングを中心にやった。波、ヒット、アイソレーション。KAITOに直してもらってから、波のつながりは格段によくなっていた。


 止めた。


 ゴリさんが腕を組んで言った。


「波、きれいですね」


「ありがとうございます」


「でも」ゴリさんはフロアに出てきた。「軽い」


「軽い、ですか」


「波を作るとき、何をイメージしてますか」


 英二は少し考えた。「体の中を何かが通る、というイメージです」


「何が通ってますか」


「……水、みたいなものです」


 ゴリさんが頷いた。


「水じゃなくて、鉄を通してみてください」


「鉄」


「重たいものを動かすようなイメージで波を作る」ゴリさんは言った。「やってみてください」


 英二はやってみた。


 最初はよくわからなかった。波を作る動きは同じはずなのに、鉄をイメージすると何かが変わった。体の中に抵抗が生まれた。その抵抗を押し動かすように波を通すと——


「止めてください」とゴリさんが言った。「今、何か変わりましたよね」


「変わりました」英二は言った。「重さが、出た気がします」


「出てました」ゴリさんは言った。「見てる側にも伝わる重さが」


 橘が壁際から言った。「全然違う、今」


 一時間、ゴリさんに教わった。


 水を鉄に変えるだけで、動きの質が変わった。波に重みが乗った。ヒットの瞬間、止まり方が変わった。体が小さくまとまらなくなった。


 練習が終わって、三人でストレッチをしながら英二はゴリさんに聞いた。


「それはいつ気づいたんですか、鉄のイメージ」


「十年前ですね」ゴリさんは言った。「それまでずっと波がきれいに出なくて、悩んでた。ある日、引っ越しの手伝いで重い冷蔵庫を動かしたとき、体の使い方が全然違うことに気づいて」


「引っ越しで」英二は少し笑った。


「ダンスのヒントって、意外なところにあるんですよ」ゴリさんは言った。「あとは」


「あとは?」


「圧をかけることです」ゴリさんは英二を見た。「重たいものを動かすとき、どうしますか」


「全体重をかけます」


「そう。波も同じで、体の重さを全部乗せて動かす。そうすると観ている人間に、圧として伝わる」


 英二は黙って聞いた。


「坂本さんの波は今、きれいです。でもまだ自分の中で完結してる。それを外に向けて押し出すイメージで」ゴリさんは言った。「フロアの端の観客まで、波を届けるつもりで」


 その夜遅く、英二はリビングで一人練習していた。


 鉄を動かすイメージで、波を通した。


 重かった。でもその重さが、体の外に出ていく感触があった。


 麻衣子が水を飲みに来て、英二を見た。


「なんか今日、違うね」


「何が」


「なんか——重い」麻衣子は少し首を傾けた。「圧迫感がある、いい意味で」


 英二は手を止めた。


「ゴリさんに教わったことです」


「ゴリさん」麻衣子は繰り返した。「いい名前だね」


「見た目がゴリラみたいだから、らしいです」


 麻衣子が笑った。


「でも本当に変わった。さっきまでと全然違う」麻衣子は言った。「なんか、怖いくらい」


「怖い?」


「圧がある、って感じ」麻衣子はコップを持ったまま英二を見た。「バトルでそれが出たら、相手びびるんじゃない」


 英二は少し笑った。


「それが目標です」


 麻衣子が「じゃあおやすみ」と言って廊下に向かった。


 戻り際に振り返って言った。


「ゴリさんに、ありがとうって言っといて」


「機会があれば」


「機会を作って」麻衣子は言った。「そういう人に、ちゃんと伝えないと」


 翌週の木曜、初心者クラスで田村さんに会った。


 ウォームアップをしながら田村さんが言った。


「坂本さん、なんか変わりました?」


「変わりましたか」


「なんか——立ってるだけで、前より存在感があるというか」田村さんは言いにくそうに続けた。「近づきにくい感じがして、最初びっくりしました」


 英二は少し笑った。


「それは褒め言葉ですか」


「褒め言葉です、たぶん」田村さんも笑った。「ダンスって、立ち方まで変わるんですね」


「変わるみたいです」英二は言った。「私も知りませんでした、半年前まで」


 七月の終わり、KENJIが次のイベントを告げた。


「九月に出てください」


「どんなイベントですか」


「招待制です」KENJIは言った。


 英二は少し驚いた。「招待、ですか」


「主催者から声がかかりました。坂本さんに出てほしいと」


「私に?」


「六月のイベントで、坂本さんのことが話題になってたみたいです」KENJIは言った。「四十五歳で、あのレベルのバトルをやる人間がいると」


 英二は黙った。


「SHINも出ます」KENJIは言った。「リベンジの機会です」


「リベンジというより」英二は言った。「六月より成長できてるかどうか、確かめる機会です」


 KENJIが少し笑った。


「同じことです」


 その夜、英二はスマートフォンを開いた。


 結衣が六月に上げたインスタの投稿を見た。三回戦の動画だった。いいねが、じわじわと増えていた。コメントが何件かついていた。


この人何者?


45歳って本当に?


ポッピングのレベル高い


SHINと渡り合ってる


 英二はコメントを読んで、スマートフォンを置いた。


 九月まで、あと二ヶ月だった。


 鉄を動かすように、波を通した。


 重かった。


 その重さが、今の英二には一番しっくりきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ